【第37回全日本少年サッカー大会】決勝大会ジュニサカ取材日記③「大会を盛り上げる12番目の選手の健闘ぶり」

2013年07月31日

大会を盛り上げる12番目の選手の健闘ぶり

 大会は3日目を迎えました。初日は雨、2日目は晴れ時々曇り。3日目は晴れ時々雨。いつも雲が多いため富士山が見えないのは残念ですが、時折強い日差しが降り注ぎ、夏の熱気を感じます。大会は1次ラウンドを終え、2次ラウンドに進むチームとドリームリーグを戦うチームとに分かれました。今回は、そのどちらの道でも戦い続けている「12番目の選手」の健闘ぶりをお伝えしたいと思います。

 「走れ走れ、走れ帝人!」――大会会場のどこにいても聞こえてくるのは、帝人SS(愛媛県)の応援です。保護者会のメンバーを中心に約50人がチームカラーである赤色のグッズを身につけ、惜しみない声援を送っています。高橋和昭監督も「ビックリしましたね。公式戦はいつも多くの保護者の方が来てくれますけど、あんなに声を出して応援してくれるのは県大会の決勝戦ぐらい。メンバーに入れなかった子どもの親御さんも応援に来てくれているのが嬉しいですね」と驚く光景の裏側には、チームを愛する人々の情熱があります。保護者会長の高岡晃仁さん(47歳)が「中等部の選手やOBの子が応援に来て、ホームの雰囲気を作ってくれた」と振り返ったのは、愛媛県大会の決勝戦。当時の試合のような雰囲気を再現しようと、全国大会に向けて保護者たちが準備をしてきたそうです。応援練習をリードしてきた日野貴浩さん(38歳)は「全国大会ではみんなであの応援をやろうということで、一部をアレンジしながら少し練習をして来ました」と明かしてくれました。プロのようにスタジアムで試合をするわけではなく、会場内では対戦相手と隣り合わせになることも少なくない大会ですが、大会初日には対戦相手のベガルタ仙台ジュニア(宮城県)とフェアな応援合戦を行うなど、熱い雰囲気を生み出していました。

 富山県代表の水橋FCもお母さんたちが次々に同じコールを飛ばすやまびこのような応援など、頑張り選手に熱いメッセージを送っていました。監督の奥様であり選手のお母さんでもある久呂美奈さん(41歳)は「父兄の熱さだけは負けないように頑張りましょうと言い合っていますし、前向きで明るい応援を心がけています」と話してくれました。意識しているのは、2011年になでしこジャパンが女子ワールドカップを優勝した際、緊張度が最高に達する決勝戦のPK戦を前に佐々木則夫監督が「思い切り楽しんで来い」と言って送り出したことで知られるペップトーク(意欲を掻き立てる短い激励の言葉)。1次ラウンドを無得点の全敗で終えた後も30名ほどが残って応援を続けました。久呂さんは「ドリームリーグの初戦で初得点ができたので、初勝利を目指してほしい」とあくまでも前向きに応援を続けていました。ドリームリーグの初戦でチーム初ゴールを決めた尾塩海斗君は「負けたのは悔しいけど、1点が取れて嬉しかった。応援してくれる気持ちに応えたい。県大会の決勝でもすごく応援してもらって嬉しかった」と応援を力に変えているようでした。

 そして、応援団は親御さんばかりではありません。大宮アルディージャジュニア(埼玉県第2)には、小さな小さな応援団長がいました。バリエーション豊富な応援歌を次々に歌いあげていたのは、田中榛君(4歳)。時々、トップチームで活躍するプロ選手の名前をコールしてしまったり、試合後に歌うはずの凱歌を試合中に歌ってしまったりするのはご愛敬。お兄ちゃんの颯太君は疲労骨折で出場の機会がありませんが「仲間のみんなが頑張っているのでチームを応援しないといけないと思って来ました」と話すお父さんの雅士さん(44歳)に連れられて試合を観戦。「颯太がスタジアムに行ってトップの試合を見たり応援を聞いたりして帰ってきて歌っているので、榛が覚えたみたいです。私よりもいろんな応援歌を知っていますよ」とお父さんも驚く榛君の応援は、いつも元気いっぱい。出場選手の名前もしっかり覚えていてコールしてくれます。メガホンを離さず常に先陣を切ってコールし、チームがピンチに陥っても関係なく明るく歌う姿は、サポーターの鑑。「みんなが上手だから、サッカーは見ていて楽しい」と少し恥ずかしがりながらインタビューに応えてくれました。

 大会は、8月1日から決勝トーナメントに突入します。繰り広げられる激戦と、マナーを守りながら交わされる熱い応援合戦に今後も期待ができそうです。

(文・写真●平野貴也)

VOL44

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