コラム

かつて“怪物”と呼ばれた少年。耳を傾けたい先人の言葉

2016年10月12日

サッカーから離れた浪人時代が仇に

 その間、毛利は人生で初めて体たらくな生活を過ごした。髪を金髪に染め、耳にはピアスを開け、昼夜逆転の生活を送っていた。サッカーから完全に離れてしまった。それは高校までのサッカー漬けの生活の反動かもしれなかった。一度サッカーから解放されたかったのだ。

 毛利がかけた電話番号が誤りだったのに気づいたのは数ヵ月後のことだった。慌てて正しい番号にかけ直すと「一度、練習に参加してほしい」と言われた。毛利はトレーニングなどほぼしていない、ウェイトオーバーの身体で練習に参加した。結果は不合格。失意のなか、翌年、地元の白鴎大学に入学してサッカーを続けたが、もう何かが違っていた。

「高校を卒業して浪人した時点でプロになる目標は萎んでいました。大学でもサッカーはしていたけど、もうプロの世界を目指せる状態にはなかった」

 それはかつて「怪物」と称された毛利少年が、怪物ではなくなったことを意味していた。

 毛利は大学卒業後、当時JFL(日本フットボールリーグ)を戦っていた地元の栃木SCに加入し、アマチュアのトップでサッカーを続けた。毛利には、地元の関係者たちに拾ってもらった、という感覚があった。身体のシェイプも、ウェイトもサッカー選手として戦える状態にはほど遠かった。

 ただ、栃木SCでプレーした5年間は思いのほか充実していた。

「昼間仕事をしながら夜練習をする、という生活サイクルはきつかったですが、メンタル面は充実はしていました。それまで自分と同じレベル以上のうまい選手と出会う機会がなかったんです。でも栃木SCにはそれがあった。最初は下から数えたほうが早いくらいだから戸惑いましたが、でも楽しかった。

 浪人して、サッカーから解放されて世間を知って、遊びを覚えて、色々と考え方が変わって、もしかしたら大人になって丸くなったのかもしれない。栃木SCではチームとしてどうあるべきか、を考えられるようになっていました。ポジションもフォワードからどんどん後ろに下がって、ボランチをこなすようになった。人が足りなければディフェンスに入ることもありました」

栃木SCで5年間プレーを続けた毛利は2007年末、クラブがJリーグ入りを目指してプロ化を進めるなかで退団を余儀なくされた。第一線で突っ走ってきたサッカー人生が突如終わりを告げた。

VOL44

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