原口元気選手が乗り越えてきた壁。中学時代に訪れた心と身体の変化

2016年11月16日

コラム
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『お山の大将』からの卒業

 1ヶ月の休養期間でそんな自分を客観視したことで、その後の元気はサッカーへの姿勢や仲間への態度がずいぶん変わった。彼の同学年には『元気、そんな言い方しちゃダメだよ』と堂々と言える人間が何人かいて、うまく彼をしてくれたのも大きかった。中1の元気は『自分はお山の大将のままでいたらダメなんだ』と切実に感じることができたのかな。彼にとってはいいタイミングだったと思います」と淀川氏はしみじみ語る。

 彼らコーチングスタッフの気遣いや配慮を原口本人もありがたく思っている。

「淀川さんも2年から教わったノブさん(池田伸康=現浦和レッズU−18コーチ)も本当に先生みたいな人だった。挨拶から何から何まで愛情を持って教えてくれました。

 淀川さんに一番言われたのは、『うまくいかないときに人のせいにするな』ってこと。苛立った自分が仲間に文句を言って、ピッチの外に出されたときもありました。当時の僕は意味が分からなくて『何でだよ』とコーチにぶつかってましたけど、そういう自分を淀川さんたちは真正面から受け止めてくれた。少年団のときと同じスタンスではいけないんだとよく分かりました」(原口)

 心境の変化が訪れると同時に、身体的な成長も進み、原口は中2からはジュニアユースのトップチームの試合に出られるようになる。1学年上の山田直輝、高橋峻希という身近な目標がいたことも、闘争心をより一層、掻き立てられた。

「直輝と峻希が一緒にいたのは自分にとって大きかった。2人は憧れであり、ライバル。彼らに追いつく、彼らより活躍することが毎試合の目標でした。直輝は自分にはない際立った状況判断力を持っていたし、峻希も局面局面で戦える選手だった。僕は2人にないところで勝負しようと思って、細かいテクニックを磨いたんです。その結果、自分が中2のときには高円宮杯(全日本ユースU−15)などすべての主要大会で優勝できた。そこに自分も混ざることができて、本当によかったなと思いますね」と原口は約10年前の思い出を振り返る。

 淀川氏も「元気はドリブルでは誰にも負けないものがありましたけど、いい判断力や戦術理解力が加わればもっとよくなると感じていた。直輝と峻希に対抗する気持ちが、自分に足りない部分を伸ばすことにつながったのかなと思います」といい相乗効果があったことを認めていた。


プロフィール
原口元気(はらぐち げんき)

少年時代:江南南サッカー少年団
中学時代:浦和レッズジュニアユース
高校時代:浦和レッズユース

1991年5月9日、埼玉県生まれ。幼い頃からサッカーに親しみ、江南南少年サッカー団で小学生時代はプレーする。小学6年時は「全日本少年サッカー大会」と「バーモントカップ全国少年フットサル大会」の2冠に大きく貢献。中学進学とともに、浦和レッズジュニアユースに所属。その後、ユースに昇格して、2009年にはクラブ史上最年少でプロ契約を結ぶ。2014年まで浦和レッズでプレーし、さらなる飛躍のために2014年6月にヘルタ・ベルリンへ完全移籍。今シーズンからはハノーファーでプレーする。


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