コラム

“ヤンチャ少年だった”原口元気選手。家族で支え合いながら育てた“原口家”から子どものサポート法を考える

2017年03月03日

現在、ドイツや日本代表で活躍する原口元気選手。いまでは、日本を代表する選手となった原口選手は、幼少期やジュニア時代に、両親からどんなサポートやしつけをされたのでしょうか。最新号『ジュニアサッカーを応援しよう!VOL.44』(2017年3月6日発売号)では、原口選手のご両親にインタビュー。今回はその一部を紹介します。

取材・文●元川悦子 写真●Getty Images

ジュニアサッカーを応援しよう!VOL.44』より一部転載


子育てするうえでしっかり方針を決める

Borussia Dortmund v Hertha BSC - DFB Cup Round of 16

――小さい頃の子育てで印象的なことは?

母・玲子さん(以下、玲子さん) 当時の住宅事情の関係で、4つ下の妹を含めた家族5人が12畳の大きな部屋で寝る形になっていました。私は病院が忙しく、なかなか子どもたちと一緒にいてやれないので、お風呂に入って寝かせることだけは絶対にやることにしていました。そこで本を読んであげると元気はよく泣いていました(笑)。そういうコミュニケーションの時間も大事かなと思います。【※編集部注:母・玲子さんは獣医】

父・一さん(以下、一さん) 母親が子どもたちを寝かせること以外にも、子育ての方針がいくつかありました。1つは休みの日には必ず外に出て遊ぶこと。サッカーがないときは山や川によく出かけました。元気は最初、山登りが好きじゃなかったけど、群馬の榛名山や赤城山へ行っているうちに好んで行くようになり、自然を愛する子になりました。台風の日も芝生で犬を交えてボールを蹴ることもあったくらいです。

 食事を3食きちんとバランスよく食べるというのも重要なルール。タンパク質、野菜、豆類、果物、牛乳は毎日必ず料理に使うようにと妻にも言っていました。野菜は味噌汁に入れるのが一番簡単な摂取法。まるで野菜汁みたいな味噌汁だったと思います(笑)。カップ麺や炭酸飲料、お菓子ももちろん食べさせなかった。代わりに妻が野菜入りのホットケーキをよく作っていました。

 お昼に弁当を持たせるときは、バランスはもちろん量も多くしました。子どもたちの学校で給食を食べる機会があったんですが、ウチの朝食の3分の1くらいしか量がなくてビックリしたことがあります。やはりたくさん食べないとアスリートは育たない。そう考えて子どもたちには食べさせました。ただ、我々両親が忙しいんで『早く食べろ』と言いすぎたせいか、子どもたちの食べ方があまりキレイじゃない(苦笑)。そこは反省点です。

――お母さんがお忙しい分、生活面のサポートは大変だったと思いますが。

玲子さん おじいちゃんとおばあちゃん(一さんの両親)が近くに住んでいたので、小学校時代の平日はサポートをお願いしていました。お兄ちゃんは熊谷西サッカー少年団という通える範囲のチームに入っていたのでよかったですが、元気の江南南は遠かった。火・木・土・日曜日に活動があったので、平日の送りはおじいちゃん、迎えは両親のどちらか、夕食はおばあちゃんという分担になっていました。

 元気が浦和レッズジュニアユースに進んでからは自転車で片道1時間半以上かけて往復し、練習後の食事はクラブが定食屋さんと提携して食べられる環境を作ってくれたのでありがたかったです。高校生の頃は寮生活でしたが、寮母さんがしっかりしつけをしてくれたので助かりました。

 週末の試合はよく行きました。小学生の頃は幼い妹を連れて出かけましたが、女の子は1日中サッカーを見ていられない。お父さんはずっと試合を見ていたこともありましたけど、私は元気の試合の後、少し抜けて後片付けや掃除に戻ってくるのが多かったですね。掃除当番もありましたが、それは欠かさず行きました。お兄ちゃんの少年団も2カ月に1度、お茶出し当番があって、それも忘れずに顔を出しました。

 少年団にはママ友同士の付き合いがあったと思いますが、私はとにかく忙しかったので深くは関われなかった。周りのことを気にしていたら仕事と子育ての両立は成り立たないので、いい意味で割り切っていました。『原口さんのお母さんは共働きで大変だから』とみなさんに配慮してもらえたんで、正直言ってかなり助かりました。

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