コラム

小6で「大人のようなサッカーをしていた」。ガンバ大阪に見いだされた“井手口陽介”という才能

2017年09月01日

はじめて味わった挫折から「目の色が変わった」

 小学6年生時に移籍した油山カメリアーズの加藤義裕監督は、静岡学園高から福岡大学を出てサッカー指導の道へ踏み出したという経歴の持ち主で、高校サッカー界の名将・井田勝通監督(現バンレオール岡部GM)の薫陶を受けていた。足元のテクニック重視は恩師仕込みで、トレーニングの半分をリフティングやフェイント、ドリブルなどに割いていた。それが陽介少年の琴線に触れたのか、彼の技術はグングンアップしていった。

「少年時代の陽介はティエリー・アンリ(元フランス代表)に憧れていたみたいですけど、それを意識したプレーをしていましたね。ボールを持ったらガンガン行くFWで、年間で奪ったゴール数は数えきれないほどです。ウチに来てからはトップ下でもプレーしてもらいましたけど、頭抜けたパスセンス、ゲームメークを見せてくれました。あんなに冷静に周りを見て状況判断ができる小6の選手は見たことがなかった。

 性格的には少し人見知りのところはありましたけど、子どもたちの間ではいつも中心で、陽介にボールが集まってきていました。本人にとっても楽しくプレーできる環境だったのかなと感じます」と加藤監督は懐かしそうに振り返る。

 井手口自身も油山時代のトレーニングや試合がプラスになったと考えている。「油山に移ってからは、コーンを使ってドリブルする練習も増えたので、家の近くの公園でも自主トレするようになりました。僕は技術的なことがあまりできていなかったので、すごく面白く感じました。

 フットサルをやったことも楽しかったですね。雨の日は体育館でボールを蹴ることが多かった。サッカーとは違った部分があって新鮮でしたし、技術も磨かれたと思います」と本人も充実した1年間だったと認めている。小学生のときにクラブを移る場合はリスクも少なくないが、陽介少年の場合は全てがプラスに出たようだ。

 ナショナルトレセンU-12九州にも選ばれるなど、地元では相当に知名度の上がっていた彼がどの進路を選択するか。それは多くの関係者にとっても気になる点だった。加藤監督は「高いレベルへ行かせた方がいい」と考え、JFAアカデミー福島の受験を勧めたという。

「ちょうど熊本県宇城市にもアカデミーができるタイミングだったと思います。陽介は本校の福島を受けたのですが、まさかの不合格になってしまった。その原因はよく分かりませんが、本人はショックだったようです。その日を境に練習に早く来てグランドの周りを走ったり、自主的にテクニック練習をしたりと、目の色が変わりました。ちょうど小6の9~10月だったと記憶しています」(加藤監督)

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