コラム

“神童”と呼ばれたFC東京・品田愛斗「小学生のうちにやらないといけないことは人それぞれ」/ユースプレーヤー成長記

2018年02月05日

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(写真●山本浩之)

中村駿太選手の活躍が、品田選手の力を測る物差しに

 品田選手は、左右のどちらの足からでも正確に放つことのできるキックに定評がある。ボールを蹴り始めたばかりのときに、父親から両足を均等に使って蹴るようなトレーニングを受けている。「まだ自分の感覚的にどっちが利き足だか分からないような頃だった」ことから逆足に対する苦手意識が芽生えることはなかった。

 品田選手の技術力を、一学年下である榊原彗悟選手(現:横浜F・マリノスユース)も「コーナーキックを両足で蹴り分けていました。こんな選手がいるのかというぐらい驚いた」と評する。榊原選手はレジスタ時代に「全農杯チビリンピック」では全国優勝、「ダノンネーションズカップ」では世界大会で準優勝。2016年にはU-16日本代表に召集されるなど経験値の高いプレーヤーである。2009年のマリノスカップでも、3年生ながら品田選手らと一緒にメンバー入りしている。

 話しは、そのマリノスカップへと戻るが、ここで品田選手はMVPと得点王を獲得している。このとき同じく18得点をあげてタイトルを分け合ったのは、東京ヴェルディジュニアの福元友哉選手である。福元選手は横浜F・マリノスジュニアユースから市立船橋高校に進学し、2018年シーズンからファジアーノ岡山への加入が決まっている。

 レジスタFCの金杉氏は「マリノスカップにはU-10の年代で有力なクラブや選手が多く集まっているので、品田選手はそこで活躍したことで名前が広まった」と教えてくれた。以降に対戦するチームの指導者、選手たち、あるいは保護者から「レジスタの10番・品田愛斗はすごいらしい!」と注目されるようになり、結果を残して当たり前、見せ場がないときには、その程度のものかとみられる。しかし、品田選手は意に介していなかった。それなりの結果を残していたという自負があったからだ。

「小学校のときは、自分と、全少で得点王になった中村駿太選手が同じぐらいの注目を受けていたと思います」

 柏レイソルU-12の中村駿太選手は、8人制が採用された初年度にあたる2011年の「第35回全日本少年サッカー大会」で23ゴールを決めて大会新記録を打ち立てた。高校2年生まで柏レイソルのアカデミーで過ごすと、3年生になって青森山田高校に編入学。モンテディオ山形でプロとしてのキャリアをスタートさせる。

 品田選手は「中村駿太選手の活躍が、自分の力を測る物差しになっていた」と話すと、自身のジュニア時代を振り返りながら、プロ選手を夢見てサッカーに取り組んでいる小学生のプレーヤーに向けて、こんなメッセージを贈った。

「(小学生のうちに)やらないといけないことは、人それぞれ違うと思いますが、本当にたくさんあります。ただ、その状況(何が必要なのか)に気がつくことが本当に難しいんです。いろんなチャレンジをしないとそういう状況にぶつからないので、チャレンジをすることが大切なんだと思いますね。サッカーに対する厳しい取り組みについても、厳しさがなくても進んでいけるのであれば必要ないでしょうし、追い込まなければ自分が変われないのであれば小学生のうちからでもやったほうがいいかもしれません。全員が同じ答えというのはないので難しいところですけれど、それぞれに適した環境でサッカーに取り組めることが大切です」

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【写真左からモンテディオ山形へ加入する中村駿太選手とFC東京のトップチームへに昇格が決まった品田愛斗選手(写真●山本浩之)】

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