脳に悪影響? 利き手矯正の弊害
2018年11月24日
メンタル/教育左利きから右利きへ。大人の価値観により、強制的に利き手を矯正させられた子どももいる。「利き手というものは、身体成長の過程で〝決まる〞ものというより、むしろ、最初から脳機能にプログラムされていたものが〝徐々に現れて、はっきりとしてくる〞ものであり、〝直す〞ものではない」そう語るのはスポーツ科学の第一人者、深代千之氏(東京大学大学院・総合文化研究科・教授)。この言葉の真意とは。『子どもの学力と運「脳」神経を伸ばす魔法のドリル』より一部転載して紹介する。
『子どもの学力と運「脳」神経を伸ばす魔法のドリル』より一部転載
著●深代千之 写真●Getty Images
昔は「右手で書くべき」という価値観が根強かった
スポーツでは、とくに球技において、左利きは有利といわれています。メジャーリーガーのイチロー選手や現役時代の松井秀喜氏はもともと右利きですが、野球では「右投げ・左打ち」です。右投げのピッチャーが多いので、球種を見やすい左打ちに矯正しているそうです。サッカーでは、両脚でボールをコントロールできれば攻撃範囲が一気に広がるため、両脚を使えるように練習しています。
一般社会において、左利きを個性として尊重する流れが強くなっています。ただ、数十年前は「文字は右手で書くべき」という価値観が根強く、小学校入学と同時に強制的に、書字と箸の持ち方を右手に矯正させられたという人もいます。
実際に、矯正されたという知人に話を聞くと、「書字は今も右手だけど、箸はその後左利きに戻った」といいます。中学生あたりから「気づいたら左手で箸を持っている」ことが増え、最初はいちいち右に持ち替えていたそうです。
あるとき、「左を使う方が自然なのに、なぜ右でなくてはいけないのだろう」と疑問を持ち、身体が動くように身を任せたところ左利きに戻ったのだそう。「無理して右を使わなくてもいい」と思えたときのすっきりした気持ちは今もはっきりと覚えていると話していました。
利き手矯正は身体発達に悪影響がある!?
利き手の矯正に関しては、「幼児期に変更することで脳機能のパターンが変わるので無理のない利き手の矯正は可能」という報告もあります(Lenneberg,1969)。
しかし、無理に利き手を矯正したことによる、 成長過程の身体発達におけるデメリットが大きいという報告も多くあります。利き手の矯正は吃音(きつおん)の原因になるという研究結果をはじめ、読書能力や視覚認知能力への悪影響も指摘されています。
利き手矯正が手指運動の巧みさにどのような影響を与えるかを研究したフーサインは、被験者を右利き群・左利き群・両利き(右利きに矯正された)群の3つのグループに分け、タッピング実験を行いました(Hoosain,1990)。
大学生を対象に第2指のタッピングを20秒間、利き手と非利き手を5回ずつ行った結果、右利き群の平均は右手132回、左手117回となり右手優位、左利き群は右手115回、左手130回となり左手優位になりました。これに対し、両利き群は右手118回、左手117回で左右差が見られませんでした。右利き・左利き両群では利き手での成績の方が優れていましたが、両利き群の成績は左右差が見られないだけでなく、右利き・左利き両群の非利き手での成績程度だったということがわかります。
この結果は、利き手の矯正によって左右ともに十分に発達できなかったことを示唆しています。この結果に対して、フーサインは、次のように指摘しています。
「仮に左利きのままでいたのなら、はるかに優れた機能・能力を持てたかもしれない。矯正によってそれを十分に発達させることができなかったのだとしたら、利き手を矯正された子は、矯正によって脳機能の住み分けがはっきりしなくなったため、ある行動を起こす際に認知過程で混乱が起き、右利きの子よりもいろいろな場面でややワンクッションおいた行動になりがちになるのではないかとも推測できる」
左利きの矯正の身体発達への影響についても研究が進められています。今回、①左利きを矯正しなかった者3名、②矯正経験(両利き)者2名(書字のみ右、書字と箸の持ち手のみ右)、③矯正経験者2名(すべて右)の計7名の被験者による結果をもとに検討してみると、全矯正経験者4名のうち3名は、 「とっさに右と左がわからなくなり混乱する」と報告しており、このような報告は左利きを矯正しなかった者3名には見られませんでした。
中部大学心理学科の松井孝雄教授は2001年に、「左右の混乱は、空間認知能力や言語理解能力だけの問題ではなく、脳のいろいろな機能が複雑に絡み、左右の区別と別のシンボリックな表現(言葉)とをマッチさせることができないため混乱が起きるのではないか」と予想しています。
今回、報告のあった矯正経験者の左右の混乱も、脳機能を十分に発達させられなかったことが原因で起きている可能性もあるでしょう。今後、さらに検討されてゆくべき研究課題であると考えられます。
本人に動機がない場合の「矯正」はストレスがかかる
以上の数々の研究結果により、無理な利き手の矯正は成長過程における身体発達や認知能力に影響を及ぼすと考えられます。ただ、そこには、心理的なストレスが伴う点も指摘しておくべきでしょう。大人になってから病気やケガなどで利き手矯正をしなければならない場合は、本人に明らかな動機があります。
一方、左利きの子どもの矯正は、大人の価値観の押しつけによるものがほとんど。本人に動機がない場合の「矯正」は、かかるストレスが大きくなると考えられます。
ただ、今回の被験者からの報告では、書字・箸の持ち手以外の利き手すべてを右利きに矯正をした 2 名は、「矯正中にストレスを感じる経験が全くなかった」とありました。心理的ストレスには個人差があり、矯正される子どもの性格・利き手の程度などの個人差が、矯正の完成度・矯正体験への評価に大きく影響することも考えられるでしょう。
利き手というものは、身体成長の過程で〝決まる〞ものというより、むしろ、最初から脳機能にプログラムされていたものが〝徐々に現れて、はっきりとしてくる〞ものであり、〝直す〞ものではないというのが筆者の見解です。
利き手は後天性の癖や習慣とは違い、「生まれたときから利き手が左である人」というだけではないでしょうか。このような考え方は、最近広く支持されるようになってきており、左利きを個性のひとつとして認める価値観の広がりは、歓迎すべきものだと思っています。
<プロフィール>
深代千之(ふかしろ せんし)
1955年生まれ。東京大学大学院・総合文化研究科・教授。東京大学大学院・教育学研究科博士課程修了、教育学博士。(一社)日本体育学会会長、日本バイオメカニクス学会会長、国際バイオメカニクス学会元理事。スポーツ動作を力学・生理学の観点から解析し、動作の理解と向上を図るスポーツ科学の第一人者。
【商品名】子どもの学力と運「脳」神経を伸ばす魔法のドリル
【著者】深代千之
【発行】株式会社カンゼン
四六判/208ページ
価格:1,620円(税込)
☆6歳~12歳こそ、「運脳神経」を伸ばす適齢期
身体を動かして、脳にたくさんの神経パターンの引き出しを作る力。これを「運脳神経」と呼んでいます。
運動神経ではなく“運脳”神経という造語で表現するその定義は、「思い通りの身体の動かし方を身につけるための脳と身体の協調性」です。脳と身体の“協調性”は6歳~12歳の間に磨くのが最適です。本書で取り上げた7つの動き40のドリルを参考に「運脳神経」を伸ばしてください。勉強も運動もできる、スーパーキッズの土台を築くことができるはずです。
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