日本人選手に立ち塞がる“スペインの壁”。久保建英はどう乗り越えるか
2019年11月07日
読んで学ぶ/観て学ぶ今夏、多くの日本人選手がJリーグから欧州のチームへ羽ばたいていった。その中でも満を持してリーガ・エスパニョーラの舞台へ挑戦を決めた久保建英に注目は集まる。だが、所属するマジョルカは、チームの戦力上守備的なサッカーをせざるを得ない状況が多く、彼が攻撃で価値を見出すことが少ない現状である。かつて中村俊輔や家長昭博などの名手までもがぶつかった”リーガでは日本人選手が活躍できない”という壁を彼はどう乗り越えていくのか。
『フットボール批評 issue26』より一部転載
文●小澤一郎 写真●Getty Images
多くの日本人選手がリーガの壁にぶつかった
1部に乾貴士(エイバル)、久保建英(マジョルカ)、2部に香川真司(サラゴサ)、柴崎岳(デポルティーボ)、岡崎慎司(ウエスカ)と代表クラスの日本人選手が5人もプレーする19‐20シーズンのラ・リーガ。99‐00シーズンの冬にバジャドリードへローン移籍をした城彰二から始まり、西澤明訓(エスパニョール)、大久保嘉人(マジョルカ)、中村俊輔(エスパニョール)、家長昭博(マジョルカ)、ハーフナー・マイク(コルドバ)といった選手が1部に挑戦するも、成功と呼べるほどの結果とインパクトを残した選手は誰ひとりとして現れなかった。長く日本人にとって鬼門、難関となっていたラ・リーガの壁を越え、たしかな結果と評価を得た初めての日本人選手が15年夏にエイバルへ移籍をした乾である。今夏に香川、岡崎という日本サッカーの中心にいたビッグネームがラ・リーガ2部に移籍した事例からもわかるように、いまだにスペインは日本人選手にとっての憧れの地だ。
10月のカタールW杯アジア2次予選に向けた日本代表23人中20人が欧州組となっている現状からも、今やA代表のレベルにある日本人が欧州でプレーするのは当然の流れだ。それどころか、今夏に久保、中村敬斗(トゥエンテ)といった10代の若手タレント、20代前半の食野亮太郎がマンチェスター・シティに買われた流れ(その後ハーツにローン移籍)を見れば、A代表のレベルに達する前段階、かつ23歳以下で欧州へ渡り、まずはオランダ、ベルギー、ポルトガルのような4大リーグへのステップアップが可能なリーグで欧州のサッカーに適応する戦略がスタンダードとなるはず。日本人の欧州移籍のトレンドが変わりつつある中で改めて欧州組の現在地を見つめると、4大リーグでレギュラーとしてコンスタントにプレーできているのは吉田麻也(サウサンプトン)、冨安健洋(ボローニャ)、乾(エイバル)、長谷部誠、鎌田大地(フランクフルト)、大迫勇也(ブレーメン)など数人しかいない。
たしかに今季のCLでは、南野拓実(ザルツブルク)、長友佑都(ガラタサライ)、伊東純也(ヘンク)がスタメンで出場し、南野にいたってはリバプール相手にゴールを決める見事な活躍を見せているが、日常的なプレー環境、対戦相手のレベルは4大リーグと比べると落ちるのが実情だ。欧州組の数は増えたが、例えば日本がW杯でベスト8以上を狙うのであれば、4大リーグに所属しながらCL出場を果たすチームでレギュラーとして活躍する選手が必要不可欠。その点から見れば、ドルトムント時代の香川、シャルケ時代の内田篤人、レスター時代の岡崎など、14年のブラジルW杯前後の日本代表の主力には常にそうしたレベルの選手が控えていた。中島翔哉(ポルト)、堂安律(PSV)のように国内の強豪クラブにステップアップ移籍を果たした選手が出てきたのはいい傾向ではあるが、選手任せではなく日本サッカー界全体で〝4大リーグ所属のCL常連クラブ〞に選手を輩出していく戦略やシステムを考えていく必要があるだろう。
ただ、4大リーグにはそれぞれの特徴があり、簡単に4つのリーグのレベル差、順位を一括で語ることはできない。間違いなく現状ではプレミアリーグが世界最高であると認識しているが、選手を送り込む側の視点で見れば労働許可証の基準が厳しいことから、まだA代表に定着していない若手の移籍は難しい。守備を鍛えるという意味ではトルコ移籍前までの長友、今の冨安のようにセリエAで研鑽を積むのが望ましい。トランジション(切り替え)、ゴールから逆算されたカウンターが重視されるドイツでは内田、酒井宏樹、酒井高徳のようなサイドバック、原口元気のようなサイドアタッカーが評価を受けやすい。
では、いまだ日本人が強く憧れるスペインはどうか。乾や香川が強い憧れから年俸などの条件面を下げてまでラ・リーガにやってきたように、2列目が主戦場のアタッカーには大きな試練と学びを与える場だ。また、柴崎のように配給や戦術眼が特長と言われるようなボランチにも成長の機会を与えるリーグであろう。あくまで4大リーグの中にも各リーグの特徴があり、ポジションや選手の特徴によって〝選手としての成長を促す度合い〞が変わってくることを前提に、今回は筆者が9月末から2週間に渡りスペインで取材をしたラ・リーガでプレーする日本人のリアルな現在地、そこから浮き彫りとなる〝日本サッカー界の現在地〞についてリポートする。
守備に追われる久保建英
9月25日に日本を発って筆者がまずたどり着いた先はマジョルカ島。ラ・リーガ 1 部第6節のマジョルカ対アトレティコ・マドリードを取材した。マジョルカの久保建英は右サイドハーフで先発フル出場。後半開始早々にはポストを叩く決定機を生み出すなど、攻撃の中心として存在感を発揮した。しかし、試合内容はチーム、個人としてのレベル差、特に前線の決定力の差を如実に感じるものでアトレティコが2‐0で勝利した。
その後、スペイン全土を回って最後にまたマジョルカ島に戻り、第8節のマジョルカ対エスパニョールを取材した。“久保対ウー・レイ”というアジア人ダービーとして、現地の正午キックオフに設定された試合で久保はベンチスタート。57分から交代で左SHに入り前半に奪った1点のリードを守るべく、マジョルカは久保とダニ・ロドリゲスの両SHが相手のサイドバックにマンマークで対応し、6バック形成も辞さない守備的なサッカーを徹底した。結果として後半にマジョルカが1 点を奪い開幕戦以来となる今季2勝目をあげたが、久保の良さが消える戦術で勝ち点3を奪った点については複雑な心境も残った。
エスパニョール戦での久保投入時にはスタンドから「クボ、クボ」と久保コールが鳴り響き、現地メディア、記者の評価や期待も非常に高いのは間違いない。日本だけが加熱報道しているわけではなく、現地もレアル・マドリードの次期スター候補がやってきたということで相当な歓迎ぶりであったが、エイバルとの開幕戦で勝利して以降6試合未勝利だったことでビセンテ・モレーノ監督は守備、特に前線によるプレッシャーのかけ方を少し変えた。
開幕戦から右SHで使われてきた久保は、この試合ではラゴ・ジュニオールに代わり左SHでプレー。守備では相手右SBコルシアの上がりを常に警戒してこまめなポジション修正で上手く対応していたのだが、68分に背後のスペースを突かれてコルシアに決定的なクロスを入れられている。守備によってポジションを下げる分、攻撃に移り変わるときのスタートポジションも当然低くなる。前線にはFWブディミル1枚しかいないため久保はドリブルで局面打開を図ろうとするも、1部レベルになると攻撃時における選手の距離感が良く、失ってからのトランジションの強度も高い。コントロールが大きくなり即時奪回されるシーン、ファウルを受けてカウンターの芽を潰されるシーンがほとんどだった。この守備のやり方であれば、サイドよりもトップ下でブディミルとの前線2枚でプレッシングを形成するほうがより久保の持ち味が出る。さらに攻撃の起点作りもできると思うが、サイドで起用される限りは今のやり方、監督の戦術タスクを受け入れた上で、自分の良さを出すためのプレーを心がける必要がありそうだ。
続きは発売中の最新号『フットボール批評 issue26』からご覧ください。
<プロフィール>
小澤一郎(おざわ・いちろう)
1977年9月1日生まれ、京都府出身。早稲田大学卒。スペインでサッカージャーナリストとしての活動を開始し、2010年帰国。著書に『サッカー選手の正しい売り方』(カンゼン)、『アギーレ 言葉の魔術師』(ぱる出版)、訳書に『ネイマール 若き英雄』(実業之日本社)、『ルイス・エンリケ』(カンゼン)。『サッカー新しい攻撃の教科書』(同)を構成
【商品名】フットボール批評 issue26
【発行】株式会社カンゼン
2019年11月6日発売
今号は 中毒性の高い“面白いフットボール”の正体を暴く。
「勝利に優る面白さなどない」と謳われてしまえばそこで話は終了する。フットボールがここまで繁栄したのは、合法的にキメられる要素がその内容にあるからではあるまいか。Jリーグウォッチャーであれば現在、横浜F・マリノスが快楽的なフットボールを求道しているのはお分かりであろう。
では、“面白いフットボール”を披露する境地とはいったい何なのか?
選手、コーチの目線を通して“ポステコ病”の全貌に迫る。
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