指導者も“学ぶ意欲”がないと、置いて行かれる。選手同士の“対話”がチームをレベルアップさせる
2019年11月27日
戦術/スキルジュニアサッカーを支えているのは、兼業コーチや初心者コーチ、お父さんコーチの人たちである。ただ、その多くのコーチが時間的、知識的な余裕がなく、自らが作成した「ゲームモデル」「プレー原則」をもってサッカー指導をしているわけではない。とはいえ、「サッカーをしてみたい」「もっとうまくなりたい」という選手は目の前にいて、「指導は待ったなし」で進んでいくものだ。
そんな現実があるなか、7月に「プレー経験ゼロでもできる実践的ゲームモデルの作り方」(ソル・メディア)という本が発売された。注目すべきは、著者が「プレー経験がゼロだった」という点である。そこで、11月の特集は和歌山県立粉河高校で世界史の教師をされ、サッカー部監督としてゲームモデルを基に指導をされている脇真一郎先生を取材した。最終回は、「ゲームモデルも大事だけど、それをどう伝えるかはもっと大事だよね」といった内容になる。ぜひご一読いただけたら幸いだ。
取材・文=木之下潤
理科のように実験と授業を繰り返し理解を深める
——脇さんが選手と行っている指導工程を聞いていると、理科の実験と授業を繰り返しているようなイメージですね。「実験をして、その内容が本当に教科書に書かれていることと合っているのか」みたいな。実験をミーティングに置き換えると、脇さんがそれを大事にされているのもわかります。自分事化できますもんね。
脇真一郎氏(以下、脇) 確かに、イメージは近いと思います。実験と検証を繰り返しているような。きっと私自身がインプットとアウトプットを繰り返すことでいろんなことを整理してきた経験が多いので、彼らのインプットとアウプットのサイクルもそれに近い感じなのでしょうね。ただこちらから疑問を投げかけてアウトプット=プレーするだけではなく、もっと言葉であったり会話であったりする中で彼らなりのアウトプットをしているように思います。何かを話せば、誰かのアウトプットした言葉が他の誰かのインプットとして言葉で返ってくる。そういうサイクルが現在のサッカー部にはあります。少しずついろんなことが対話として成り立つようになっていきました。話をする中身、頻度は格段にレベルアップしました。
——そのレベルが上がるとプレーの質も上がったと思いますが、そのことが監督して選手の様子を見ていて、どういう変化として現れたと思いますか?
脇 数え上げたらキリがありません。ただ「やってよかった」です。それに尽きます。私も選手も取り組み中でうまくいかないことはありますし、苦しいときはあります。でも、課題を具体的に取り出して話し合い、確実に成長してきました。例えば、体の向き一つにしても、どういうときに周囲を見て認知するかも、判断をどうしているとかも、細かくいえば変化はたくさんあります。
その顕著な例を挙げると、ベンチで見ているメンバーです。
彼らがピッチの選手に向かってかける言葉の質が変わりました。一度セカンドチームのリーグ戦に、トップチームの選手を副審のサポートとして二人帯同させました。そのときにベンチから指示し始めたんです。その声を聞いて心の中で「オレ、いらんよね」と突っ込んでしまいました。二人が違う目を持って随所に「お前がこう動いたら何番が付いてくるやん? そのスペースのところをさ…」と目の前で起きている現象を的確に把握し、どうしたらいいかというアドバイスを試合に出場している選手に送っていました。
ハーフタイムでも「お前がここで行かんかったら次のプレーが間に合わないから、ここまで下がっておかないと備えられんやろ。ここに行ったら次はここが狙えるし」と話をしていました。瞬間ごとにボール周辺の出来事だけでなく、全体を見通していろんな声をかけていました。きちんと「指導者が見て欲しいところも言葉に出して説明できていたし、そこまで成長していたのか」と。技術もそうですが、サッカーをどうとらえるかが育っているのは嬉しいです。
——聞いていると、指摘する理由と改善点がセットです。
脇 文句を言って終わりということは少ないです。文句だけだと、「いやいや、それで終わるなよ」と突っ込んでいます。
——「理由がわからん」と。
脇 そこからどうする、こうするも自分たちで話をして解決できない場合は私に相談に来ます。そのときも「こうでこうでオレはこう思って、アイツはこう思っているんですけど、どうしたらいいですか?」と。だったら、「基準はここにあるから、それで考えるとあっち側の基準があっているからこうしようよ」と話をすると「わかりました」となります。そういうチームとしてのまとまり、軸になるものが整ってきたかなと思っています。それがゲームモデルに求めた役割なので、現状はいい感じに機能していると実感しています。
——おそらくプレーに関わる人数が圧倒的に増えたんじゃないですかね? 例えば、逆サイドにボールがあったとしても「自分はここにいるから守備面ではここが助かって、攻撃に切り替わった場合はこういうメリットが出せて」みたいなことがわかり始めているから、全員がプレーへの関わり方を考えているというか。
脇 もうおっしゃる通りですね。でも、私の弱みだった守備のところで具体的な落とし込みがあまりできていませんでした。選手には、どうしても守備の局面でしんどい思いをさせていたので、今回外部コーチに来てもらって守備の原則について実際の練習を通じて少し手ほどきを受けました。そのテコ入れのおかげでかなり守備の部分での理解と整理が進みました。そこは試合をやっていく中で、「逆サイドがもう一つ中に入ってくれないと中央がどうこう」とか、「この場面ではスペースが空くから間に合わない」とか、「リスタートのところで遅らせないと後ろは整ってないからきつい」とか、いままでなら黙ったまま穴が空いていたようなところを自分たちでコミュニケーションをとりながら少なくできるようになってきました。
これまでは攻撃のところは良かったのですが、攻撃から守備に切り替わったときに守備のことを忘れていて、とりあえず「ボール周辺のところをがんばれ」という引き出しの少なさだったんです。でも、「そこで行くからその代わりここはこうなるよね」と組織的な連動性というか、「いまそこにおるからここはおらんでいいよね」、「こっちが弱いんやったら、あっち側が見ないかんよね」と、全体が連動していないと発生しないであろうコミュニケーションが生まれています。攻撃と守備、どっちの局面においても整ってきて、ようやく高校選手権の予選を前にまともなチームになってきたなと基盤ができてきました。
「どう話せば人は興味が湧くか」は教師の基本!
脇 ニュアンスとして伝わるかはわかりませんが、「もう一つ俯瞰してチームを見たいな」と思うようになりました。もし自分が主観的な目線で見てしまうと見落としがあったり、見ていなければいけないものに気づかなかったりして必要以上に試合にのめり込むと本来見るべきものを見失う可能性があるので、それはチームにとっては問題だな、と。それこそ主観的な部分はもう選手に任せてしまって、私がもう一つ客観視することでもう一段階質の高いプレーを求められるし、そこにたどり着けるのではないかなというイメージが湧いています。
——選手たちがアシスタントコーチの役割を果たすことで、もう一つレベルの高いサッカーを目指せる、と。
脇 そうですね。選手の中にも戦術理解といったところで、頭の成長が追いついてきています。この間、試合のときに選手たちが話している内容に耳を傾けていると、「これ、もっとこの辺でテンポアップできるで。ここでテンポアップしてもう少し押し込まなかったらバランスが崩れるんやないかな」と具体的に試合の流れ、展開を読んで周囲と共有していました。「誰だ、お前は」と思わず突っ込みたくなりました(笑顔)。たとえ、先輩であっても「そこのところで行かんかったら、ここの組織は間に合わないっすよ」と意見交換しているので、最近は「黙ってても大丈夫やな」と思っています。もちろん、すべてが正しいわけじゃないけども、自分らなりの指針や基準を持って気分でプレーをしているわけではありません。「この流れやったら、これは加速して攻めたほうがいいよ」と相手を見て判断できています。そこまで来ると、「私の言うことを聞いてくれへんのやないんかな」と勘違いを起こしてしまいそうです。
——自分も「勉強しろ」と追い込まれているような(笑)
脇 でも、半分冗談ではなく、本当にそう思っています。だから、一から基礎から学び直さないといけないとジュニア年代のサッカーの勉強を始めました。彼らをもう一つ上のステージに連れて行こうと思ったら、自分のレベルアップをしないといけないな、と。
——今回は、すごくいい話が聞けました。サッカー経験ゼロの指導者がサッカーをきちんと理解し、しっかりとした基準を持ってゲームを解釈して「ゲームモデルを作った」ということが、一つ事例として配信できたことが日本サッカーのためになったと感じています。
もうあとちょっとしか時間がないので、普段の授業について少しうかがいたいと思います。それは世界史の教え方についてです。私も世界史を取っていたのですが、いきなり世界ではこういうことが起こったからこうなったんだという事実関係だけを話されても正直なんのことやらという思い出があります。そこに興味を持たせるときに、生徒にどう教えられているのかな、と興味があります。
脇 出来事の話って歴史学をどう捉えるかによります。例えば、歴史学者は歴史を物語のように語ることを嫌がります。事実を事実として客観的に検証するのが研究者のスタンスですから。でも、テストに必要だから勉強する生徒たちはそうではありません。ストーリー性がほしいんです。物語があるから頭の中に話が入ってくるんです。それこそ自分じゃない人が「いつ、どこかもわからないところで、何か知らないことをやっている」と言われても興味を持てというのは無理な話です。
でも、同じようなシチュエーションだけど、例えばテレビドラマでは、どこの誰ともわからない人が、何をするかもわからないようなストーリーを毎週楽しんで見ているわけです。
そこの違いは何なの? 人間がやっていることに関する共感だったり反感だったり、感情にどれだけ届くかなというところが接着剤です。その距離感が自分自身との距離につながるかなと思っています。例えば、明日が体育祭だと生徒はお祭り気分なので、あんまり内容を詰め込みすぎると頭に入りません。そこで、次の授業ではゲルマン人の大移動を勉強するので、その入り口の部分だけを伝えました。黒板に「ゲルマン人の移動」と書き、「これから勉強するのはこれなんやけど」と。
「例えば、いまいる君たちのクラスが廊下の行き止まりだとして、君たちは廊下にいるとします。そこで奥の方からゾンビが歩いてきます。『逃げな、ヤバい』と思って教室のところまでやってきました。でも、教室には鍵が閉められています。なかには、友達が隠れています。その時、君たちならどうしますか?」
そうすると、「教室の中の人に頼む」、「蹴破る」など、いろいろ意見が出てきます。そこで、私から生徒たちに「例えば、蹴破って教室に入ったとして、どう説明する?」と質問しました。そうやってありえないかもしれませんが、生徒たちにわかりやすいストーリーとして、例え話をしてその歴史で起こった出来事を「自分」目線に置き換えてもらいます。
実際の話は、フン人というアジア系の民族がやってきて、西ゴート族が押し出されて、逃げようと思ったところはローマ帝国との国境線で入ってきてはダメだと言われてしまいます。でも、後ろからはフン人が迫ってきています。では、実際の史実では「彼ら=ゲルマン人」は何を選択したのか? それは君たちが選んだ道と同じで、無理やり国境線を超えてローマ帝国に侵入して「クソー」と暴れ出したんだよねと、話を展開していきました。
「そういうことが、まずゲルマン人の移動で起こることなんだよ」と。
そうすると、生徒の中では「そんな話なんや」と次回の授業では自身の受け皿の感度が高い状態で話を進めていけるかなと思います。これを史実だけ、フン人というアジア系の民族がやってきて、西ゴート族が押し出されてローマ帝国の国境線を超えて侵入し…みたいな話し方だと「へー」とは思っても頭にも心にも残りません。私は、自分ごと化してもらえるように話をしたり、途中で問いかけをしたりするように工夫しています。
それもただ単に、本当の事実としての歴史上の出来事ではなく、自分たちの身の回りに起きそうな出来事にたとえて選択肢を作り、生徒たちに『どうする?』と聞いています。ほんのちょっとずつ歴史との距離を縮めるポイントを作っています。歴史なんて他人に起こった出来事なので、よくわからないことからスタートするものです。なるべく接点を作って、「自分たちなら?」と考えさせて歴史を理解してもらえるように授業をしています。
そうすると、教師側には歴史の解釈、人物に対しても人間ドラマの理解や事実を知っておかないと話はできません。だから、きちんと調べなければいけません。いまでも教材研究はしていますし、そういうことを勉強しようと思って過去に大学院に入り直したわけなんです。でも、やったこと以上のリターンが戻ってきます。だから、そのおかげで授業に行くと「今日の話、何なん?」と生徒たちから声をかけてくれます。とても嬉しいことです。
——ただ世界史を伝える人ではなく、「人はどう伝えたら興味が湧くか」などの視点を持って、教師として授業の内容や構成を考えていらっしゃるからサッカーの指導もうまくできていることがわかりました。大変に勉強になりました。そろそろ時間が来てしまいました。今日は長い時間、本当にありがとうございました。関西に行ったときは、ぜひ練習を見学させてください。よろしくお願いします。
>>12月の特集は「12月4日(水)」に配信予定
【プロフィール】
脇 真一郎(わき しんいちろう)
1974年、和歌山県生まれ。同志社大学文学部卒。和歌山県立海南高校でサッカーと出会い、和歌山県立伊都高校で初めてサッカー部顧問として指導にたずさわる。和歌山県立粉河高等学校に異動後、1年目は副顧問、2年目以降は主顧問として7シーズン現場での指導を続けている。2018年に1期生として「フットボリスタ・ラボ」でのサッカーコミュニティ活動を開始。以降、ゲームモデル作成推進隊長としてfootballistaでの記事執筆や、SNSを通じた様々な発信を行っている。2019年7月に「プレー経験ゼロでもできる実践的ゲームモデルの作り方」(ソル・メディア)を上梓
▼Twitter=@kumaWacky
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