「共通理解を持ってサッカーをする習慣がありますか?」興國高・内野監督と考える“プレーモデル在り方”とは
2021年02月12日
育成/環境これまでジュニサカWEBでもプレーモデルに関する記事を数多く配信してきました。そもそもプレーモデルとは一体何なのか? なぜ必要なのか? 育成年代におけるプレーモデルとは何なのか。今回は、『サッカープレーモデルの教科書 個を育て、チームを強くするフレームワークの作り方』の著者である濱吉正則さんと興國高校の内野智章監督と「育成年代におけるプレーモデル」について対談を実施しました。プレーモデルが現場で実際にどのように活用されているのかなど具体的に語っていただきました。
構成・文●鈴木智之
「プレーモデル」は選手を型にはめることではない!
濵吉 先日、『サッカープレーモデルの教科書』を出版しました。プレーモデルの有効性について多くの人に知ってもらいたいと思い、書いた本です。今回は以前から親交があり、僕の尊敬する指導者のひとりでもある、興國高校の内野智章監督と「プレーモデル」について、話ができればと思っています。
内野 僕なんかで大丈夫ですか?(笑)。最近よく「興國のプレーモデルはどういうものですか?」と聞かれるんですけど、プレーモデルという言葉の定義がよくわからないんです。それを濵吉さんに教えてもらおうと思って。そもそもプレーモデルという言葉は、いつ頃からあるんですか?
濵吉 ヨーロッパでは既に50年ほど前から使われたようです。僕はスロベニアで指導者の勉強をして、UEFAの指導者ライセンスを取ったのですが、私の師匠でもあるズデンコ・ベルデニックから「プレーモデル」という言葉は聞いて知っていました。その後、1999年に日本に帰ってきたのですが、「プレーモデル」という言葉を使うと「何それ?」という顔をされることが多かったので、あまり使わなかったんです。でもヨーロッパには共通言語としてあって、私が25年前に受講した、スロベニアのUEFAライセンスコースでは「プレーモデルの構築」「プレーモデルに即したトレーニング」などの講義や試験がありました。その後、2010年代にスペインサッカーが強くなり始めた頃から、プレーモデルという言葉が一般化したので、日本でも通じるようになりました。
内野 そんな昔からあったんですね。そもそもプレーモデルって、どう解釈すればいいんですか?
濵吉 プレーモデルは『監督のフィロソフィーをもとに、攻守のプレー原則に従って共通理解を持ったプレーを行うこと』、以前から使われていた「コンセプト」や「フレームワーク」のことです。プレーモデルを構築する一番の目的は「プレー原則を身につけながら、チームとしての共通理解を高めて、個々の力を引き出すこと」です。それは決して、選手を型にはめることではありません。サッカーはチームスポーツです。チームとしての共通理解を持ち、選手間のコミュニケーションをとるために必要な、プレーモデルに従ったプレー原則があること。それがプレーモデルです。プレーモデルという一つのフレームワークの中で指導すれば、選手の成長も積み上がっていきますし、指導者はもっと楽に指導することができます。
内野 なるほど、そういうことなんですね。
濵吉 プレーモデルというと難しく考えたり、型にはめることをイメージされますが、そうではなくて、指導者は楽にトレーニングすべきだと思います。日本の育成現場を見ていると、子どもも親も頑張りたい気持ちがあり、真剣に取り組んでいるのに、プレーモデルがないチームが多いので、どの方向に頑張っていいかがわからない。子どもや親だけでなく、指導者も迷っている。そんな印象を受けました。
内野 僕が興國でやってきたことは、濵吉さんには話しているのでわかってくれていると思うのですが、指導に関しては完全に独学でやってきました。こだわってやってきた部分もあるので、それが結果として、興國のプレーモデルになっていった感じですかね。
濵吉 興國から毎年プロ選手が生まれていますが、それはプレーモデルがあるからだと思います。15歳まで無名で、Jユースに引っかからなかった子たちが、これだけプロになっているんですから。内野さんのこだわり、基準が明確にあり、その中で3年間かけて積み上げていく。その結果、何人かがプロになっていくという。
内野 興國のプレーモデルは毎年少しずつ、変化しています。というのも、毎年選手が変わるので、こちらがやりたいサッカーがあっても、選手の特徴を考えるとはまらない部分もあります。2019年度の高校選手権で昌平に負けてから、狭い局面での突破、個人の技術をもっと高めないといけないと思い、ボールを動かすことに加えて、対人プレーの強化に取り組んできました。それもあって樺山(諒乃介/横浜F・マリノス加入)は年代別代表で高く評価してもらえましたし、色々経験する中で、選手と話し合って変化を加えています。
濵吉 目の前の選手にアジャストさせていくことは、すごく重要だと思います。プレーモデル=選手を型にはめることではありませんから。むしろプレーモデルがあることで、選手間の共通理解が高まり、個々のアイデア、創造性をより引き出すことができます。そこがないと、選手も指導者も迷ってしまう。僕は九州産業大学の監督をしていますが、就任1年目は共通理解を作ること、プレーモデルを理解させることから始めて、2年目の秋頃に浸透してきました。2020年はコロナ禍で活動に制限がかかっていましたが、プレーモデルが浸透していたので、限られた時間の中で積み上げることができて、試合での結果にもつながりました。選手に怪我人が出て、コンバートしながらやっていたんですけど、ピッチに立つ選手が、プレーモデルの中で個性を発揮し、チームとして機能するようになった。その積み上げは出てきたと実感しています。
「プレーモデル」に基づいたトレーニングでプレーを言語化する
内野 プレーモデルに関して言うと、最近は入学してくれる選手たちが、ある程度、興國がどういうサッカーをするのか、どういう選手がプロになっているのかをわかってくれているので、こちらとしても改まって言わなくてもよくなりました。例えば樺山は2学年上の村田透馬(FC岐阜)を見て、「僕もああなりたい」と思って入学してきましたし、他の選手もそれぞれあります。
濵吉 興國さんは、チームとしての物差しがはっきりしていますよね。それがあると選手も頑張れる。樺山君みたいになりたいけど、僕にはこれが足りない、だからこういう努力をしようと目標がわかるので、努力の方向性を決めやすい。よくあるのが、Bチームで良いプレーをしても、Aチームに入れるとうまくいかないケース。それはプレーモデルの違いが原因のことがあります。AチームとBチームのサッカーが違うことが、結構あるんです。
内野 選手は戸惑いますよね。
濵吉 九州産業大学は興國さんと同じように、1軍から4軍まで同じスタイルでやっています。だから公式戦で突然Bチームから抜擢しても、迷わなくプレー出来ますし、指導者としても何が良くて、何が出来なかったかが明確になるので、指導に落とし込みやすい。内野さんは、チーム作りの中に段階を設けて、出来なければひとつ戻ったり、二つ戻ったりしながら指導しますか?
内野 めっちゃしますね。興國は3年生のほとんどが大学やプロでサッカーを続けるので、選手権が終わっても引退せずに、サッカー部に残ります。3年生対新チーム(1、2年生)で紅白戦をするのですが、マッチアップしながら「いまのはこうやってプレーしたほうがいい」「その守り方だと、ここにパスを通される」などと教えるんです。3年生になると、プレーモデルや原理原則を理解しているので、良い指導者になってくれます。
濵吉 それはすごく良いですね。
内野 先日、3年生にLINEを送りました。「卒業間近のいまは、守破離の離の段階にいる。自分たちが3年間かけて学んできたことを、どうやって後輩に伝えて、チームに残していくか。それを考えよう」って。それもプレーモデルがあるからこそ、できることかなと。プレーモデルや原理原則を理解した選手たちが、マッチアップしながら教えるのが一番浸透しやすいです。でも、プレーモデルのようなベースになるものがないと、選手それぞれが主観的に、好きなことを言ってしまう。そして言われた後輩は混乱するという。去年の3年生たちがちゃんと教えてくれたので、今年の樺山たちの学年が成長したのは間違いなくあると思います。
濵吉 プレーモデルに基づいて3年間トレーニングしていくと、選手たちがプレーを言語化できるようになります。僕は過去に星稜高校で半年間指導させてもらい、選手権のベンチにも入れてもらったことがあるのですが、多くの強豪校に長年積み上げたスタイルを持っている印象を受けました。僕はそれまでJクラブのアカデミーで、少人数の選手たちに指導していたので、高体連の部員が100人以上いる所で、全員に考えを浸透させるのは無理だろうと思っていたんです。でも実際に指導してみると、ある程度は自分が教えたいことが浸透していきました。それは言語されたプレーモデルではないにしろ、暗黙値が高くすでにプレーモデルとして浸透しているように感じました。近年の高校サッカーを見ていると、内野さんを始め、若い指導者がモダンなサッカーを志向するようになってきましたよね。
内野 青森山田や静岡学園、昌平など、あの高校に行けば、こういうサッカーをして、こういう選手になれるんじゃないかとイメージしやすくなりましたよね。全国に出ていなくても、スタイルを打ち出している指導者はたくさんいますし。
濵吉 先程、選手同士で教え合うという話をされていましたが、「共通理解を持ってサッカーをする習慣がついている選手なのか?」は、大学の指導者として選手をスカウトする時に、注目するポイントです。選手間で共通理解を持ったサッカーをする習慣がついていない選手は、伸び悩むことが多いからです。高校年代に、どのようなプレーモデルのチームでプレーしてきたかも大切ですし、プレーモデルに対して、周りとコミュニケーションをとりながら共通理解を持ってプレーしてきた習慣。そこは大事にしています。プレーモデルがあっても、個人が育っていなければ意味がありません。プレーモデルは、個人の力を引き出すためにあるものですから。
内野 プレーモデルを軸とした共通理解があって、共通言語があるから、話も通じるわけですよね。同じ国の言葉を話しているから、コミュニケーションがとれる。
濵吉 はい。プレーを言葉にしていくことはすごく大切ですし、内野さんの指導を見ていると、しっかりと言葉にしている。心に響くような指導をされているから、3年間かけて身についていくのだと思います。そして「興國スタイル」というプレーモデルを、先輩から受け継いでいるので、指導する側として楽な部分もあると思います。
(写真●Getty Images)
海外では国として明確なプレーモデルが存在する
内野 スペインもオランダもドイツも、ある程度、「うちはこういうサッカーをします」と協会が打ち出しているじゃないですか。いわば明確なプレーモデルがあるわけですよね。
濵吉 ドイツサッカー協会は、代表監督のレーヴがやってることを、常にアップデートしています。ビデオを出して、練習メニューも公開して、代表チームでこういうことをやっていますと。だから、他の考えが入る余地もないぐらい浸透しています。ただし、近年は勝てなくなってきているので、新たなものを入れようという考え方になっていると思いますが。
内野 スペインであれば、オランダやドイツほど身体が大きくない。だから俺たちはこうするんだという出発点があります。それで「スペインのやり方はこう」と、協会がある程度打ち出しています。それに対して、「いや、うちのクラブはそうは思わない」「うちの地域ではこうだ」と、それぞれの考えが出てくる。協会が明確に打ち出している分、各クラブが自分たちの色を出しやすいんです。でも日本の場合は、そこがあいまいな気がします。
濵吉 先程から話してきた、プレーモデル(基準)がないから、どの方向で頑張ればいいのかがわからない。各自やっていることがバラバラになってしまう状態ですね。
内野 それって、めちゃくちゃもったいないことだと思うんです。指導者はみんなすごく勉強して、個人は頑張っているのに。
濵吉 そう思います。直接的に触れてはいませんが、日本の育成に足りないものを、この本の中に網羅したつもりです。個人で海外に渡って勉強したりと、指導者レベルではすごく頑張っていますし、JFAもドイツやスペインと提携したりしていますが、オシムさんも言っていた「日本サッカーの日本化」はいまだできていません。歴代の代表監督がいろんなキーワードで植え付けてきたことが、いまは跡形もない。スタイルの構築がまったくされていないんです。
内野 正直、「ジャパンズウェイ」って言われても、何なのかは答えられないですよね。
濵吉 日本は基準や尺度がない中で、それぞれが創意工夫し意欲的に学びながら指導しています。それはいいところだと思いますが、一方でタレントが埋もれている原因でもあると思います。プレーモデルから逆算したタレントの評価であったり、Aという選手の成長を、どう継続して見ていくかという部分に、漏れが多いのではないかと感じます。
内野 そうですね。
濵吉 興國さんもそうですが、中学時代にJリーグのアカデミーに入れず、それでも諦めずに高校の門を叩いた子たちが上がってきて、プロになっていますよね。本来は、地域の協会やプロクラブがここにこういうタレントがいると把握して、その選手を5年、10年かけて追跡しなければいけません。日本の場合は遅咲きのタレントの育成を各高校がその役割を担っているので、高校サッカーがなくなると、日本の育成はまずいことになると思います。遅咲きの子を拾い上げているのは、高校サッカーですから。Jのアカデミーには遅咲きの子を拾う仕組みがありませんし、クラブ間の移籍がほぼ出来ない状況なので、早い段階で評価されなければ、先はなくなってしまいます。
内野 個人的には、日本サッカー協会が明確にプレーモデルを打ち出してもいいと思います。方向性を打ち出してくれれば、それに対して議論ができますから。指導ライセンスを取得するときも、日本のプレーモデルに沿って指導案を考えていくようにすれば、より意味のある勉強になると思いますし。
濵吉 「このプレーモデルに対して、どうビルドアップを改善していくか」「どうサイド攻撃を改善していくか」「フィールド1から、どうやってビルドアップを組み立てるか」といったように、プレーモデルがあると、スタートラインが決まりますからね。チームのプレーモデルと現状を認識した上で、どう改善していくか。どう積み上げていくかが大切なわけですから。
内野 それが、どんなスタイルにも適応できる、指導の勉強だと思うんです。ライセンス講習を受ける側からすると、世界のサッカーはいまこうなっていて、将来はこうなるだろうという予測のもと、日本の立ち位置は世界の中でこうで、日本人の特徴はこうで、代表チームはこういうサッカーを目指すから、育成年代ではこういうことを教えられるようになってくださいという道筋があると、聞き入れやすいです。
濵吉 昔と違って、いまはインターネットに情報が溢れています。指導者個人で海外に勉強しに行っている人もたくさんいるので、知識量は圧倒的に増えていますし、学ぶ環境もたくさんあります。
内野 現状でも、これだけ日本にタレントがいる中で、最後の所に日本のプレーモデルがあって、繋がっていけば、代表チームももっとうまくいくんじゃないかと思っています。
濵吉 僕が25年前にUEFAの指導ライセンスを取ったとき、最初に「プレーモデルの構築」から入りました。「現代サッカーのプレーモデルはどのようなものですか?」と「育成の指導者はそれを知らなければ、時代遅れの選手を育成することになりますよ」と、最初に突きつけられました。大事なのは将来を見据えることと、そこから逆算して指導をすることです。プレーモデルがないと、10年かけて何を学んでいくかが曖昧になってしまいます。その根底にあるのは、日本なら日本のプレーモデルです。それを真剣に考えなければいけない段階に来ていると思います、そうしないと非効率な育成になってしまい、ヨーロッパとの差は開くばかりだと思います。
内野 そうですね。現場から発信できるように、お互い頑張っていきましょう。
濵吉 はい。今回はありがとうございました。
【商品名】『サッカープレーモデルの教科書 個を育て、チームを強くするフレームワークの作り方』
【発行】株式会社カンゼン
【発売日】2021/01/06
【書籍紹介】
近年サッカー界で話題の「プレーモデル」という言葉。
欧州のクラブで、プレーモデルは当たり前のように取り入れられているが、
日本ではプロクラブですらプレーモデルという文化が定着しているとは言えない。
本書では、グラスルーツの指導者にもプレーモデルの概念を理解できるような、まさに教科書です。
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