コラム

中学時代まで無名の選手だった、U-23日本代表主将・遠藤航選手がプロの道を切り開けたワケ

2016年01月13日

いまやA代表にもコンスタントに選出され、今日から開幕する2016年リオデジャネイロ五輪の予選を兼ねた『AFC U-23選手権』に出場するU-23日本代表のキャプテンとしてチームに欠かせない存在となっている遠藤航選手。遠藤選手は小学生時代のトレセン経歴もなければ、中学に上がるときにはJクラブのセレクションにも不合格になるなど、中学までは無名の選手だった。そんな遠藤選手がプロの道を切り開けている理由とは。

(文●元川悦子 写真●Getty Imges)

ジュニアサッカーを応援しよう!Vol.34』より一部転載


SHAH ALAM, MALAYSIA - MARCH 29:  Wataru Endo of Japan shoots during the AFC U23 Championship qualifier Group I match between Vietnam and Japan at Shah Alam Stadium on March 29, 2015 in Shah Alam, Malaysia.  (Photo by Stanley Chou/Getty Images)

キャプテンシーが身に着いた中学時代

 遠藤が入学した南戸塚中は、2年前までサッカー部が休止状態に陥っていた。彼が出会うことになる大野武監督(現横浜市浜中学校、神奈川県中体連サッカー専門部部長)が赴任してきた2004年春の時点では、ボールもなく、ゴールにネットも張られていない状態だった。高校時代にインターハイ出場経験のある当時30歳そこそこの熱血監督は、この状況を何とかしようと手を尽くし、1年がかりでまともな運営ができるように整えた。そんな陰の努力がなければ、遠藤らは充実したサッカー生活を送れなかっただろう。

「部員は小学校の頃より多くて、3学年で50~60人いました。ただ、中学から始めた人もいれば、ずっとやってきた人もいて、かなりレベル差がありましたね。校庭も物凄く狭くて、野球部やテニス部と区切って使ったりするので、サッカーコート1面はまず確保できない。そういう環境なので、できることも限られていて、ボールを投げてインサイドキック、インステップキック、ヘディング練習、ボール回し、シュート練習、できる時はゲームみたいな感じでした。

 それでも先生がすごく熱心な方で、基本技術の大切さを改めて学ぶことができました。ピッチ外でも挨拶や礼儀の大切さを日々指導され、勉強もちゃんとしろと言われていました。小学校時代の自分は少しヤンチャな部分もあったけど、先生の話をすんなり受け入れているうちに、落ち着いてきたのかなと思います」(遠藤)

 南戸塚中は指導スタッフが充実していて、大野先生を筆頭に、外部指導者の山本コーチが定期的に見てくれていた。加えて遠藤が中2になってからは、それまで柔道部の顧問だった高橋奨先生(現横浜南高校、関東トレセンGKコーチ)もGKコーチとして加わり、3人体制になったのだ。

 とはいえ、中学校の先生は授業や生活指導も忙しいから、毎日グラウンドに立てるわけではない。そういう時はキャプテンが練習メニューを聞きに行き、実際のトレーニングを進めることになる。最高学年になってからは遠藤がその役割をつねに担っていた。

「練習を仕切るのはもちろん、ゴールを運ばせたり、用具を後輩に準備させたりといろんなことをやりました。遠征に行く時も、先生は車で直接会場入りしますから、僕が全員を引率する形になる。大勢で行くので迷惑にならないように『2列に並べ』『間を空けずに歩け』と注意していました。ホントにいろんなことがあったけど、その経験を通してキャプテンシーが身に着いていきましたね」

カテゴリ別新着記事

drisal-bn-300×80
ジュニサカ300-80-2


school_01
1日無料体験入学に参加してサッカースクールを選ぼう!

◇PICK UP◇

300×250-2

人気記事ランキング

おすすめ記事


Twitter Facebook

チームリンク