『フットボールサミット第10回』重版が決定! 内田篤人選手の高校進学における覚悟

2013年01月11日

サッカーエンタメ最前線

内田少年が取った行動

好評発売中の『フットボールサミット第10回』(カンゼン刊)

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中学3年生の内田は、自分の地区外の高校を模索し始めた。ある日、休みを利用して、内田は清水東の練習見学にやってきた。
「本当に普通の中学生で、割としっかりと話せる子という印象でした」

梅田の前に現れたのは、いろんな学校を自分の目で見て、決めようという強い意志を持った一人の少年だった。そして、その少年は、清水東に入学することを決めた。特別枠ではなく、あくまで大勢いる部員の一人として入ってきた内田。時を同じくして、清水東の門戸を叩いた多々良敦斗(現・松本山雅)は、内田の入学当初の印象をこう語る。
「全然知らなかったので、最初は『誰だ?』という感じでした。ただ、ほかにエスパルス出身の奴とかもいたけど、みんながみんな知り合いではなかったので、いろんな所から来るんだなくらいの認識でしたよね。13人くらいしか受からなかったんですが、別に出身がどうこうとは意識してなかったです」

こういったチームの雰囲気もあり、内田がチームに馴染むのに時間はかからなかった。そして、内田の武器である“足の速さ”が、梅田監督の目に留まった。
「あのスピードは武器になると思っていました。それで1年生の夏休みくらいに、Bチームの試合のメンバーが一人怪我をして欠員が出たので、『お前行け』と行かせてたんです。その試合でのコーチ陣の評価が良かったので、Aチームに引き上げました」

多々良とGKの選手と共に1年生ながらAチームでプレーするようになった内田は、その年の全国高校サッカー選手権静岡県予選決勝に、0-1の状況から途中出場した。
「使うパターンとしては後半の残り何分かだなというイメージはありました。スピードもあって裏に抜け出してゴールも狙える選手だし、点が取れそうな雰囲気がある選手でしたから」(梅田)
「当時はひょろくて、棒みたいでしたけど、足が速かった。僕は出ていませんでしたが、同級生だし、本当に応援していました」(多々良)

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