リオ五輪日本代表主将・遠藤航選手、中学時代まで無名だった選手がプロの道を切り開けたワケ
2016年08月05日
メンタル/教育間もなくリオデジャネイロ五輪初戦を迎える日本代表のキャプテンとしてチームに欠かせない存在である遠藤航選手。そんな遠藤選手がプロになるまで歩んできた道のりとは。
(文●元川悦子 写真●Getty Imges)
キャプテンシーが身に着いた中学時代
遠藤が入学した南戸塚中は、2年前までサッカー部が休止状態に陥っていた。彼が出会うことになる大野武監督(現横浜市浜中学校、神奈川県中体連サッカー専門部部長)が赴任してきた2004年春の時点では、ボールもなく、ゴールにネットも張られていない状態だった。高校時代にインターハイ出場経験のある当時30歳そこそこの熱血監督は、この状況を何とかしようと手を尽くし、1年がかりでまともな運営ができるように整えた。そんな陰の努力がなければ、遠藤らは充実したサッカー生活を送れなかっただろう。
「部員は小学校の頃より多くて、3学年で50~60人いました。ただ、中学から始めた人もいれば、ずっとやってきた人もいて、かなりレベル差がありましたね。校庭も物凄く狭くて、野球部やテニス部と区切って使ったりするので、サッカーコート1面はまず確保できない。そういう環境なので、できることも限られていて、ボールを投げてインサイドキック、インステップキック、ヘディング練習、ボール回し、シュート練習、できる時はゲームみたいな感じでした。
それでも先生がすごく熱心な方で、基本技術の大切さを改めて学ぶことができました。ピッチ外でも挨拶や礼儀の大切さを日々指導され、勉強もちゃんとしろと言われていました。小学校時代の自分は少しヤンチャな部分もあったけど、先生の話をすんなり受け入れているうちに、落ち着いてきたのかなと思います」(遠藤)
南戸塚中は指導スタッフが充実していて、大野先生を筆頭に、外部指導者の山本コーチが定期的に見てくれていた。加えて遠藤が中2になってからは、それまで柔道部の顧問だった高橋奨先生(現横浜南高校、関東トレセンGKコーチ)もGKコーチとして加わり、3人体制になったのだ。
とはいえ、中学校の先生は授業や生活指導も忙しいから、毎日グラウンドに立てるわけではない。そういう時はキャプテンが練習メニューを聞きに行き、実際のトレーニングを進めることになる。最高学年になってからは遠藤がその役割をつねに担っていた。
「練習を仕切るのはもちろん、ゴールを運ばせたり、用具を後輩に準備させたりといろんなことをやりました。遠征に行く時も、先生は車で直接会場入りしますから、僕が全員を引率する形になる。大勢で行くので迷惑にならないように『2列に並べ』『間を空けずに歩け』と注意していました。ホントにいろんなことがあったけど、その経験を通してキャプテンシーが身に着いていきましたね」
サッカー人生を左右したDFへのコンバート
Jリーグの下部組織にいれば、チーム全体に目配りしたり、雑務的な仕事をこなす回数はそこまで多くない。遠藤が10代のうちから湘南というプロチームでキャプテンマークを巻くようになったのも、生来の性格に加えて、多種多様な人間をまとめた中学校時代の経験によるところが大きかった。
人間的成長とともに、選手としての度量や器も確実に大きくなっていった。中1の遠藤は小学校時代同様にFWだった。2年になってからは4‐4‐4のトップ下、あるいはボランチに回ったが、その時点までは横浜市のブロックトレセンに選ばれるくらいの「ちょっとうまい選手」でしかなかった。そんな彼の運命が大きく変わったのが、中3でのセンターバックへのコンバートだった。
大野監督がその経緯を説明する。
「南戸塚中は県大会ベスト8が精一杯で、決して強いチームではなかったんです。中学からサッカーを始めた子もいて守備も弱かった。そういうチーム事情だったんで、航に『後ろで一度、やってみないか』と打診したんです。彼は長距離のキックがうまくて、後ろから組み立てる能力も高かったですから、十分やれるだろうと判断しました。
本人は『とりあえずやってみます』と素直に受け入れてくれました。小学校時代から高いレベルのトレセン経験があったら私の申し出を拒否したかもしれないけど、そういうことは一切なかった。センターバックというポジションにも意欲的でうまくなりたいと一生懸命だったし、吸収力も高かった。チーム全体を見渡して、サッカー歴の浅い子もフォローしつつ面倒を見ていました。そういう姿勢は本当に素晴らしいと感じましたね」
初めて挑むポジションを何とかモノにしたいと、遠藤は父が入手した指導者用のテキストを熟読し、チャレンジ&カバーやプレッシングなど守備の原則を一つひとつ頭に叩き込んでいった。センターバックのパートナーは初心者だったが、のちにサンフレッチェ広島ユースに進むことになる185センチの長身GK桜井涼(現立教大学)が背後に陣取っていたことも安心感につながり、日に日にDFとしての能力を高めていった。
先生のつながりから湘南への道が開く
「湘南ベルマーレユースの練習に参加してみないか」
Jリーグの下部組織入りを夢見ていた遠藤に願ってもない申し出が届いたのは、中3の夏直前。橋渡し役になってくれたのは、GKコーチの高橋先生だった。
「高橋先生が湘南のコーチングスタッフとつながりがあって、遠藤と桜井ともう一人FWの選手の三人を受け入れてくれることになったんです」(大野監督)
それから湘南ユースの練習会場だった伊勢原市の産業能率大学まで何度か足を運ぶことになったのだが、遠藤にとっては、何もかもが異次元の世界に感じられた。
「湘南ユースに行って一番驚いたのは、自分が本で学んだチャレンジ&カバーとかを普通にこなせてしまう人ばかりだったこと。『ホントにすごい』と新鮮さを感じたのをよく覚えています。ユースの試合も見ましたけど、将太(古林=名古屋グランパス)さんや翔雅(鎌田=清水エスパルス)さんたちが出ていてうまかった。
大介(菊池=湘南ベルマーレ)さんなんか高1でトップの練習に参加していた。そういうのを見て憧れました。ユースの監督だった曺(貴栽=現トップ監督)さんも『ウチはどうだ』と気さくに話しかけてくれて、すごくいい人だなと思いましたね。実はそれまで湘南のことは全く知識がなくて、坂本紘司(現営業本部長)さんの存在さえ知らなかったんです(苦笑)。J2でしたけど、Jクラブに行けるなら有難いなという気持ちでした」
夏休みが終わる前には湘南から正式にオファーが届く。遠藤はサッカーを最優先に考えて自宅から歩いて通える金井高校に入学することを決め、着々と態勢を整えていった。プロという大きな夢に近づいたことを父・周作さんや大野先生は素直に喜んだ。
「湘南ユースの練習参加の時、私も何度か見に行きましたけど、本当にレベルが高くて大変だなと感じました。それでも本人が行きたいと言うので、応援しようと思いました。それからの航はサッカー中心にすべてを回していました。体を大きくするために自分から『おにぎり作って』『栄養面を考えて』と母親に頼んでいましたし、お風呂に入った後の30分は必ずストレッチしていました。夜遅く練習から帰ってきたら、一緒に欧州サッカーを見ることも多かったですね。航は心底、サッカーが好きなんだと感じました」(周作さん)
「航の中学校以降の成長は地元の指導者はみんな驚いています。湘南が彼に目をつけてくれたのは、空間把握能力が高かったからだと聞きました。確かに彼はボールや人の動きを察知する感覚に優れていましたし、間合いや距離の取り方も優れていた。ヘディングも強くて、もっと長身の選手に対しても競り勝っていた。ゲームを組み立てる力もあって、中学時代もキックからゴールに結びつくことが多かったですね。そういう潜在能力の高さをきちんと見極めてくれる人に出会えたことが大きかったのかなと思います」(大野先生)
『湘南から世界へ』
2008年から所属した湘南ユースで、遠藤は劇的な飛躍を遂げた。早生まれの利点を生かして高2の秋に参加した2009年新潟国体で神奈川選抜優勝の原動力となった彼は、U-16日本代表入りを果たし、年代別代表のステップを駆け上がる。ユース代表ではアジアの壁に2度も阻まれることになったが、だからこそ、五輪、A代表として世界の大舞台に立とうと心に決めている。
「僕は代表に対しては特別な思いを持っています。自分がJで対戦した選手が2014年ブラジルワールドカップで実際に戦っていたのを見て、大舞台がより身近に感じられるようになったのは確かです。僕はセンターバックもボランチもやるけど、いろんな役割をこなせたほうが絶対にプラスだと思う。ただ、ずっとやってきたセンターバックにプライドを持っているし、勝負したい気持ちは強いです。
僕は純粋のサッカーを楽しんできました。そして普通の町クラブ、中体連出身だけど、大きな目標(夢)を持ち、そこに到達するための現実的な目標を一つずつ自分なりに考えて、それをクリアしてきた。そういう積み重ねがあるから今がある。子どもたちにも、その大切さを伝えていきたいです」
<関連リンク>
・『ジュニアサッカーを応援しよう! VOL.34』
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