10の選択肢をいかに8に減らせるか。確率論抜きではGKの未来はない【5月特集】
2019年05月29日
育成/環境
【4月から尚美学園大学女子サッカー部のGKコーチも兼任する野口桂佑さん㊨】
体、技術、戦術をつなげるトレーニングが必要
――GK目線でどんなことを考えて、何を見ているのか。正直、野口さんのようにキャリアのあるGKコーチに話をしてもらわないと分からないと思います。私はストライカーの書籍制作にも関わっていますが、GKやFWは比重としてボールが伴った能力というより単純な身体的な機能を上げるトレーニングをしないと結果に表れないポジションのような気がしています。
野口「そこは否定しないですし、間違いないと思います。フィールドの選手のようにサッカーを通したトレーニングの中だけですべてのスキルを身につけようとしても、もしトップレベルのGKを目指すなら難しいと思います。ただ、試合でのパフォーマンスを高めることに紐付けようとしたときには戦術的な理解は不可欠です。だから、フィールドの選手よりもレベルの高いさまざまなリーグの試合は見たほうがいい。なぜなら俯瞰して試合を観察、分析する能力が非常に重要になりますから。
ある意味、FWは目の前の相手をどうにかしてシュートさえ打てたらゴールの可能性を高められるんです。でも、GKはすべてが受け身だから身体的なものと戦術的なものの両方を備えてこそゴールの確率をより低くできるんです。だから、それが片方だと確率を下げられる武器がひとつ減るという感じです。GKは試合全体の背景を観察していったうえで『じゃあ、このプレーを選択する』と絞っていかないといけないので、自分たちのサッカーだけしか見ていないとそのレベルの感覚しか持てません」
――例えば、中盤は身体的な能力が過大にある必要がないと思うんです。身体的な能力を上げることとボールを扱うことの比重がどちらが高いかというと後者だと思います。その比重はFWからGKまででいうと前後のポジションであるほど大きくなるように感じます。
野口「フィールドは身体的な能力が低くても、相手を抜く技術が高ければ交わせます。でも、GKはキャッチする技術よりも素早く動いたり、爆発的なジャンプができたりしなければシュートは止められないんです。つまり、ボールまでに到達する身体的な能力がなければ、身につけたキャッチの技術が使えないんです。もちろん、木之下さんも極論でおっしゃっているでしょうが、僕も極論で言わせてもらうとそういうところになります。身体能力が低いからGKには向いていないとは言っていません。だからこそ小さいころからコツコツとトレーニングをしましょうということです」
――代表のGK練習を見ていると、動いて動いて止めるみたいなトレーニングをよく見かけます。
野口「そうなんです。キャッチの技術自体は基本的なことなんですが、その前のアクションがすごくパワーが必要なものだったり素早く動くことが必要なものだったり負荷が高いものが多い。やはりそのレベルになると、筋力であったり身体的な能力が求められるという裏返しだったりするのかもしれません」
――プロだから当たり前のように見ていますが、きっと身体的なものと戦術的なものが連動しないとシュートが止められないからやっていることなのでしょうね。
野口「春休みに毎年海外遠征に帯同しているのですが、スペインではそういう練習が多いんです。ラダー、ラダー、ラダー、キャッチみたいな。今回参考になったのは、ゴールの前にラダーを置き、左右と中央の三箇所に人を置いた面白いトレーニングをしていました。
まず、コーチが合図をしたらメーンのGKがラダーを飛び、すべて終えるタイミングで右の選手がオーバーハンドキャッチできるようなボールを配球してGKがキャッチするんです。その後、右の選手が中央にいる選手にスローしてボールを渡し、中央の選手はGKから見るとファーサイドにいる左の選手にスローで渡します。中央の選手がスローした瞬間が合図で、メーンのGKは素早く逆サイドまでラダーを飛んで元にいた左側まで戻り、構えたら左サイドでボールを受けた選手がシュートを打ち、それを守るんです。
要素として何が入っているかというと、動きでコーディネーションを上げる、キャッチ&リリース、ポジション取り、セービングなど複合的にいろいろな要素が含まれているんです。たくさんの要素が入っているし、ひとつの練習で4人のGKがアクションするからすごくいいトレーニングだな、と」
――スペインのGKにとっては当たり前の練習なんでしょうね。
野口「こういう練習をグローバルトレーニングというのですが、スペインのコーチたちも必要以上に求めることはしません。例えば、止め方にフォーカスすると正直うまくありませんでしたが、スペインのGKコーチは止めたかどうかで判定していました。ポジション取りの観点で言えば間違いなく正しい立ち位置につけるようになるので、技術的なものはのちのち追いついてくるだろうという感じでした。一方で、日本人の選手たちは素早くは動けるけど、ポジション取りが曖昧だからこの練習をしてもゴールを決められるだろうなと思います。それこそ日々のトレーニングの積み重ねです。
当然、身体的な能力の部分も。きっと体の成長とともにスピードも上がっていくし、身長が30㎝伸びたら視界も30㎝高くなるので当然視野も広がるからどんどん状況判断も向上していくだろうなと感じています。あちらの指導は毎回やることで自然にテクニックをフィットさせるようにしています。GKコーチも配給はステップなどを終えるのをきちんと待っているし、でもキックは結構強めに蹴ってリアルなものにしています。逆に日本のGKコーチは緩やかに蹴ってボールを取れるような配球にしています。本当に、向こうの指導は試合へのつなげ方が上手だなと感心しました。8人で回しても2回に1回は関わりますから効率がいい。すぐにパクりました(笑)」
――考え方をパクらないと応用できませんし、そもそもアイデアなんてさまざまなトレーニングを見ないと思いつきません。コーディネーションの部分と手でボールを扱う部分と認知の部分をどう紐付けて少しずつ自然にフィットさせていくかってフィールドにはない発想です。フィールドってボールを扱わせながら何かのアクションをやってもすべてがプレーに必要な要素になっていきます。でも、GKはクローズの状態からのアクションで受け身からのスタートだから、それを理解していないと練習メニューを考えるのも難しいように思います。
野口「ひとつの失点に目を向けても『何が悪くて、何がどう良かったのかで、どこまでが良くてどこが悪いから、じゃあどういう練習をしなくちゃいけない』と細かく考えていかないとトレーニングに反映できません」
――GKもフィールドと同様にハッキリ原因が分かるんですね。
野口「もちろん。ぶつ切りにして練習していますし、年代に応じて、かつ選手のレベルに応じてつなげています」
――GKスクールの役割としてどこまでできるのかを考え続け、子どもたちを指導してきたからこそ100人近く在籍しているわけですよね。そのノウハウはすごいことです。
野口「今もどんどんノウハウは細かく発展していっています」
――長い時間ありがとうございました。また、別の機会に取材させてください。GKの連載企画もいいですね。そのときは、ぜひよろしくお願いします。
※6月の特集「U12~16の大会から見る育成の現在地」は6月5日に公開予定です
<プロフィール>
野口桂佑(のぐち・けいすけ)
1984年5月27日、静岡県生まれ。子どものころからGKとして活躍。高校卒業後はサッカー専門学校でC級ライセンスを取得し、サッカースクールでアルバイトをしながら関東社会人リーグでプレー。2010年にGK専門のスクールを埼玉県ふじみ野市で開講。2015年に事業を法人化してBande Japanを設立し、現在は川越市を中心に100人近い選手が在籍している。東京大学ア式蹴球部GKコーチ、埼玉県西部地区GKトレセンスタッフなどを歴任。2018年からFCアビリスタジュニアユースのGKテクニカルアドバイザーを務め、今年4月から尚美学園大学女子サッカー部のGKコーチに就任した。
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