発展途上の“アカデミーの環境”と実績十分の“学校サッカー”。タイのジュニアの選手はどのように力をつけている?
2020年03月11日
育成/環境昨夏、U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ(以下、ワーチャレ)ではタイ勢が質の高いプレーを披露した。また、U-14東京国際ユースサッカー大会においてもインドネシアのジャカルタ(選抜)がいいプレーを見せていた。昨今、東南アジアのサッカーはレベルが上がっており、ジュニアのトップ・トップを比較すると、すでに日本は追い抜かれつつあるのが現状だ。
そこで、3月は「タイ・サッカーの育成事情を知ろう」と題し、「True Bangkok United」(本文表記は「バンコク・ユナイテッド」)のアカデミーでU-13の監督を務めている保坂拓朗氏にインタビューを行った。今週の第二弾からは、その内容をお届けしたい。
取材・文●木之下潤 写真●ジュニサカ編集部
タイFAにはエコノメソッドのスタッフが常駐!
――タイの育成では体系化、構造化された指導を行っているのでしょうか?
保坂 タイの育成では、体系化された指導をしているクラブはまだ少ないです。プロクラブでのアカデミーの現状をお話すると、ここ数年でようやくアカデミーで育てた選手がトップ登録されているケースが増えつつある状態です。私たちのクラブも、各カテゴリーのコーチとコミュニケーションを取れるような組織づくりをしていますが、アカデミー自体の立ち上げから数年しか経っていないこともあり、まだまだ未熟なところが多々あります。
事前に木之下さんとコンタクトを取ったとき、「ジュニアにおける日本の立ち位置」の話をされていましたが、私たちも自分たちの立ち位置を知ることは大事だと思っています。タイの現状として、日本よりもサッカーばかりする子が多いです。それは選択肢が少ないというのが理由にあるからです。ムエタイか、サッカーか。日本のように何のスポーツをするかという選択肢があるわけではありませんし、ヨーロッパのようにクラブ文化が根づいているわけではありません。
昨年のワーチャレでは、こんな声を聞きました。「基本的にタイの子は大きい」と。前提にタイ代表として選んでいるので、もしかしたらフィジカル的に長けた子を選んでいる可能性はありますし、さらにタイ全土から選ぶから母数が大きいので大きい子がたまたま多かった可能性はありますし、そこは現場のコーチしか事実はわかりません。ただタイ代表が結果を出したことは大きな自信になっているようです。だからといって、これからU-13に上がって順調に成長するかはまだわかりませんから、私自身も今後が興味深いところです。
――日本は育成においても詳細を詰めながら整えて進んでいる感じです。例えば、登録に関することなど。育成年代の選手登録はどのような状態なのでしょうか?
保坂 そうですね。タイはジュニアの選手たちがタイ・サッカー協会(以下、タイFA)に全員登録しているかといえば違います。
――では、昨年のワーチャレでタイ代表がどのように選出されたのか。ご存知なら教えていただきたいです。
保坂 わかる範囲内で。ここ数年、トヨタのバックアップを受けてタイFAは全土で選抜チームを作るためのクリニックを開いています。昨年の場合は春にスタートして、終わったのが7月頃です。第一段階で各会場10名ほど選ばれたメンバーが第二段階でバンコクに集められ、キャンプを行う中から20名に絞られました。第一段階は希望者がセレクションを受ける形です。ただエコノメソッドのグループがタイFAに入っていて、U-10とU-12で月一度くらいにバンコクのトレーニングセンターに選抜選手を集めて指導をしています。
それもあり、タイFAはバンコク近郊のタレントを把握しています。たとえば、昨夏のワーチャレはバンコク・ユナイテッドから7名の選手が選出されているのですが、タイFAは第一段階のセレクションを開く前からうちの選手たちのことは知っています。タイFAはそういうタレント育成の環境を作っているので、当然スカウティング・グループは全土のタレントに目が配れている状況です。
――タイFAにはエコノメソッドのスタッフがいるので、彼らを中心にプロジェクトを進めているわけですね。
保坂 タイFAのテクニカルダイレクターは、エコノメソッドを取り入れた当時のパリSGで統括部長をしていた人物です。だから、ワーチャレに関するプロジェクトは昨夏から確実に彼が入っているはずです。育成のところ、各年代のスタッフについてはその人が関わっていると思います。
――タイFAがエコノメソッドを取り入れたので、現状はその色が濃いけど、今後はタイに適した形へと変化していくであろう流れになっている、と。
保坂 私も内部の人間ではないので、正直この点については明確な答えはわかりません。ヨーロッパの各クラブで取り入れているようなエコノメソッドなのか、タイの風土にあったエコノメソッドの取り入れ方なのかは答えを持っていませんが、ただタイFAにはエコノグループのスタッフが統括のほかに二人いるはずです。私が見る限り、おそらく徐々に取り入れている状態だと感じています。
――なるほど。
保坂 事実として言えることは、昨年のワーチャレに出場したタイ代表の監督はエコノのスタッフだということです。
タイの育成は全国大会のような形態が一般的!
――ありがとうございます。次にタイのプロクラブに関することですが、アカデミーを保有してトップに選手を輩出するようなクラブが多いのか、プロクラブとしてトップ単体が多いのかの現状を知りたいです。
保坂 リーグのレベルにより様々なですが、大きくタイリーグとしてくくると現状は両方が混在している状態です。アカデミーからトップまでを形成し、選手を送り込んでいるのはブリーラム・ユナイテッド、チョンブリ、ムアントン・ユナイテッド、そして私が所属するバンコク・ユナイテッドくらいです。これらはアカデミーからトップに選手を輩出しています。
ただ、特にU-12からU-15までの年代で最も力のあるのはアサンプション大学の付属学校で作られたチームです。ティーラトンやティーラシンといった選手もこの学校の出身です。もともとタイは学校サッカーが盛んで、今でも学校チームが強いです。日本でいうと高校サッカーのようなイメージに近いです。そこからプロに進むのがメインの道筋です。
学校にスポーツ推薦で入って、そこで活躍してプロクラブと契約するパターン。そもそもタイのリーグはT1からT4まであるのですが、アカデミーを持っているチームの絶対数が少ないので、T2、T3、T4と下のリーグに行くほど保有しているクラブは少なくなります。
――タイのプロサッカーリーグには、Jリーグや欧州リーグのように「アカデミーを持っていないといけない」という規約があるわけではない?
保坂 規約までは把握していませんが、T1のクラブは全部アカデミーを保有していると思います。ただトップに輩出した実績があるのが先ほど名前を挙げた4つくらいかなと。T2も保有しているクラブはあります。おそらくAFCの規約で保有していないとAFC管轄の試合に出場できなかったはずです。すいません、そこは記憶が定かでなくて申し訳ありませんが。先日、ベトナムのクラブがU-15チームを保有していなくて、ACLか、AFC CUPかどちらか出場できるかどうか微妙というニュースが出ていました。
(※後日、昨シーズンのベトナムリーグを優勝したハノイFCが国内のU-15大会で下部組織を出場させなかったため、2020年シーズンのACL出場資格を剥奪されたことがわかった)
――学校サッカーについてですが、地域のリーグ戦があるのか、全国大会のようなカップ戦があるのか、少し形態を教えていただけますか?
保坂 全国高校サッカー選手権大会のような全国大会がU-18、U-16、U-14、U-12まであります。それ以外は、地域ごとに大会があります。先日はバンコク近郊の学校チームが集まる大会を視察しました。ややこしいのが選手登録の問題です。日本では、すべてがJFA登録選手になりますが、タイではまだ整っていません。タイの育成年代の選手は、学校の大会にもクラブの大会にも両方出ています。
うちもU-12で入ってきた選手を全国セレクションが終わったあと、特待生としてバンコクにある学校に入学させています。その学校は学校サッカーで歴史あるところで、在籍している選手たちも学校を代表して大会に出場しています。クラブとして大会に出場するときは、私たちと共にチームとして戦っています。なので、ほとんどの学校大会に出場する有力なチームは結局クラブとつながっているような状況です。
――そうなんですね。でも、クラブの大会もあるわけですよね?
保坂 タイユースリーグがあります。U-13からU-19までのカテゴリーで構成されていて、リーグには地域のクラブとプロクラブのアカデミーと地域FA選抜チームが参加しています。ただ『クラブ=学校』に近いような図式もあるので、なかなか完全なすみ分けが難しいところです。
――お話を聞いていると、日本に似たところもあります。まだトップとアカデミーとの関係性が構築できていない点、また学校サッカーが強い点…。
保坂 ブリーラム・ユナイテッドは学校の大会には出場しないことを決めたと話をしていました。ようは、「クラブとしての活動を優先する」と。タイでも一番育成に力を入れ、トップも結果を出しているプロクラブの一つがそのような動きをしたので、今後日本と同じようにクラブに重心が移っていく流れができていくのかもしれません。
>>3月特集の第三弾は「3月18日(水)」に配信予定
【プロフィール】
保坂拓朗/「True Bangkok United」U-13監督
1982年生まれ。兵庫県西宮市出身。関西学院大学を卒業後、イングランド7部の「Harrow Borough FC」でプレー。その後、指導者としての道を歩む。イギリスで「ロンドンJFC」U-15、タイで「ブラジリアンサッカースクール・バンコク校」、スウェーデンで「Hittarp IK」U-15監督、「Kristianstad DFF」テクニカルコーチなどを経て、2017年よりタイの「True Bangkok United」U-13監督に就任。
木之下潤(文筆家/編集者)
1976年生まれ。福岡県出身。様々な媒体で企画からライティングまで幅広く制作を行い、「年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)、「グアルディオラ総論」(ソルメディア)などを編集・執筆。2013年より本格的にジュニアを中心に「スポーツ×教育×心身の成長」について取材研究し、1月からnoteにてジュニアサッカーマガジン「僕の仮説を公開します」をスタート。2019年より女子U-18のクラブカップ戦「XF CUP」(日本クラブユース女子サッカー大会U-18)のメディアディレクター ▼twitter/note
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