ドイツサッカーの「環境から考える選手成長に対する在り方」とは?
2018年11月25日
コラムドイツサッカー連盟公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)を持ち、15年以上現地の町クラブで指導を行う「中野 吉之伴」。帰国時には、指導者講習会やサッカークリニック、トークイベントを全国各地で開催し、日本が抱える育成の問題や課題に目を向け続けていている。このコンテンツは、ジャーナリストとしても活動する中野が主宰するWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」が提携を結んだ媒体にのみ提供を行っている。
取材・文・写真●中野 吉之伴
ドイツのプロクラブが考えるサッカー環境とは何か?
10月上旬から10日間、日本サッカー協会から依頼を受けて、ドイツでの指導研修のアテンドを行っていた。数ヶ月前からホテルや電車の予約、試合チケットの購入といった雑務からスケジュール作成、さらに訪問先への交渉を一人で進める。大変なこともあったが、様々な人々の好意と支えでTSGホッフェンハイム、SCフライブルクといったブンデスリーガクラブの他、フライブルクのある地域を統括している南バーデン州サッカー協会、そして私が所属するフライブルガーFC、SVホッホドルフというアマチュアクラブが快く協力してくれることとなった。この多種多様な受け入れ先、つまりクラブのブッキングが個人的な狙いとしてとても大事だった。
今回の仕事の依頼を受けた時、ブンデスリーガのトップレベルだけを見て「おぉ、ドイツのサッカー環境はすごい」と一部分だけの感想を持って日本に帰ってもらうことだけは、どうしても避けたかった。ブンデスリーガだけではなく、そのクラブとアマチュアクラブの関係性、地方サッカー協会との協力関係、底辺層のグラスルーツに至るまでの『つながり』を知ってもらい、ドイツサッカーを可能な限り多角的に感じてもらいたかった。
どう管理・運営されているのか? リーグのシステムは? 年代ごとの試合形式は? 地域はどう関わっているのか? 協会の役割は何なのか? 様々な視野と立場からドイツサッカーを実感してもらうことに意義があると思ったのだ。
では、環境とは何か?
グラウンドやクラブハウス、スポーツ施設というハード面での整理や増設も間違いなく必要だ。ヨーロッパは少しバスや電車で移動するたび、サッカーグラウンドがいくつも目に飛び込んでくる。人口数千人の村や町にも天然芝のグラウンドがあり、クラブハウスがあり、ジュニアからトップまでのチームがそろったクラブがある。だが、それは自分たちだけで何かできるレベルのものではない。日本のスポーツに対する考え方が変わり、行政からこれまでの数倍以上にサポートされる時代が来ない限り、一朝一夕にはいかないのが事実だ。しかし、だから何もできないわけではないし、だから環境が整わないわけでもない。
求められる環境とは、クラブとして、チームとしての在り方を研究し、整理をし、突き詰めることだ。選手が安心して、誇りをもって通うことができるアイデンティティを発達させていくことだ。
なぜここでプレーしたいのか?
なぜここに子どもたちが集うのか?
そのためにできることは何なのか?
そのために忘れてはいけないことは何なのか?
今回、どのレベルのクラブに行っても、どのカテゴリーの、どんな指導者やスタッフに話を聞いても、みんな自分たちのクラブの在り方をはっきりと持っていたし、大事にしていた。現在、TSGホッフェンハイムのチーフスカウトを務めるパウル・トラシュ氏は地元との結びつきを大切にしてきたことが、その後のクラブ発展において大きな礎になったと話す。
「我々は、新興クラブとしてスタートした。最初からすべてがスムーズにいくとは考えていなかった。『うまくいかないのが当たり前だ』と思っていた。クラブの現在地を、当時は誰も予想していなかったよ。だから、いきなり巨額の投資をして、一大トレーニングセンターを作ろうという考えはなかった。そうではなく、地元にある施設を大切にし、そこを大事に使わせてもらう考えをベースにした。ホッフェンハイムの育成アカデミーはいまも3か所に分かれている。それは近くに大きな町があるわけではないこの地方に、まず自分たちのサッカー観を辛抱強く伝え、一緒に育っていこうという思いがあったからだ。共存していく基盤を作ることが重要だった」
現在、Jリーグクラブでも行われているベルギーのフットパスによるアカデミー査定。ドイツでは過去4度この査定が行われたが、唯一4回とも最上級の評価を受けているのが『SCフライブルク』だ。ユースダイレクターであるアンドレアス・シュタイエルト氏はクラブの目標について問われると、決まってこう答える。
「常にドイツにおけるトップ20に入っていることだよ。たとえ、2部に降格することになっても、すぐに昇格できるレベルを保ち続けるのが我々の掲げ続けている目標だ。我々の予算とバイエルンのそれとを比べると10倍以上の差がある。どうしたって勝てるわけがない。我々はドイツのどこのクラブよりも早く育成クラブという立ち位置を見つけ出し、そのために勤しんできた。選手を自前で育て、ここで経験を積み、羽ばたいていく選手を快く送り出す。そのために大事なのが、『慌てない』ということだ。『結果を焦らない』ということだ。選手の成長を自分たちが信頼できなくなったらもうお終いなんだ。うまくいかないこともある。思っていたよりも成長できない選手だってたくさんいる。でも、我々はどんな時もアカデミー選手への扱いを大切にしてきた。我々にとって、彼らは選手Aではなく、トビィやバスティという仲間なんだ。一人一人に心を込めて接する。その家族的な雰囲気こそが、このクラブが他のビッククラブに負けない最大の強みであり、選手が成長する秘訣だ」
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