成長期におとずれる「クラムジー」に対して保護者と指導者は何をすべきか?
2019年02月07日
フィジカル/メディカル成長段階で思い通りに体が動かなくなるクラムジー。オスグッドと呼ばれるスポーツ障害とともに、育成年代の選手たちを悩ます現象です。「クラムジー」は、サッカーだけに限らず、様々なスポーツ競技をしている子どもたちにも起こっています。しかし、その対策が確立されていないのが今の実情です。今回は理学療法士の西川匠氏が成長期の子どもたちを襲う「クラムジー」の対策や予防法を考察していきます。
文●西川匠 写真●ジュニサカ編集部
成長期の子どもたちを襲う「クラムジー」とは
成長期を迎えたジュニア年代の選手が不調に陥る。そんな現象が多く見られることをご存知でしょうか? これは「クラムジー(clumsy: 英語で不器用、鈍臭いなどの意味)」と呼ばれるもので、成長期とその前後に起こる不調・パフォーマンス低下のことを差します。しかし、そうした事実に心当たりをお持ちでも“クラムジー”という言葉は耳慣れない、という方は決して少なくないと思います。今回はできるだけ詳細に、この“クラムジー”の正体に迫っていきます。
ことはサッカーに限りません。あらゆる競技で子どもたちが軒並みクラムジーに悩んでいると言われています。
例えば、お子さんを見ていて、「小さい頃は身軽で足も速かったのに、いつのまにか動きが鈍重になった」「ここ最近、動き方に覇気がない。だれているようにもやる気がないようにも見える」「以前はものすごく技術が高かったのに、最近あまり伸びなくなった」などと感じたことがあるのではないでしょうか? これらはクラムジーを疑われてもおかしくない症状であり、ごく一般的に親御さんが気づくことです。当然、世界中でもクラムジーは問題視されています。ですが現実には、原因や対策はおろか、クラムジーという名前もその存在自体もあまり知られていません。
残念ながら、クラムジーという現象があると認められ、それを指す言葉が世界共通のものであるのに、いまだ詳しい研究はなされておらず、これといった対策方法も確立されていないのが、 2018年時点での実情なのです。
そうは言っても、まさに今、スランプに悩んでいる選手にとっては死活問題でしょう。その原因がクラムジーなのかもしれないのであれば、それについてできるだけ知っておく必要があります。
私自身、トレーナーとしてジュニア選手の育成に関わり、過去にこのクラムジーに悩んできた子どもをたくさん見てきました。それらのデータや、現時点でわかっているかぎりのクラムジーに関する情報、そして考えられる対策や予防について、お話ししたいと思います。
不調に陥る理由とそのメカニズム
人間の体は、反射的に動くこともありますが、ことスポーツにおいては脳が何かの指令を体に送り、その指令にしたがって体が動くことがほとんどです。
クラムジーの正体は、この指令を送る脳が、ジュニアの急激な体の変化に付いていけてない状態と言われています。例えば、スポーツショップなどに売っている「足に巻く重り」をつけてサッカーをプレーしてみましょう。ほとんどの人は、思うように足を動かせなくなるはずです。普段よりも足が重いので、ボールを蹴るタイミングは掴みにくいでしょうし、いつものように速く走ることも難しいでしょう。
クラムジーの現象は、まさにこの状態と言われています。
個人差はあるものの、成長期のジュニアの体は、短期間でめまぐるしく変わっていきます。半年間で10㎝近く身長が伸びるケースもあるほどです。そして手足が伸びると、当然その分手足は重くなっていきます。しかし、ほとんどの場合、脳は鈍感でその変化を感じないため、手足が伸びて重くなる前の体を想定して、運動の指令を出してしまいます。
これがクラムジーの本質だと言われています。
クラムジーの難しいところは、こうしたシステムを頭で分かっていても、すぐには直せないところにあります。脳が気がついていない、勘違いしていることで起こる現象なので、脳が対応できるようになるのを待ってあげるしかないのが現状なのです。
そしてこれはあくまで私の経験則ですが、クラムジーの現象は短くて約半年、長くて2年ほど続くケースが多いと感じています。さらにクラムジーの現象が軽い選手や重い選手など個人差が大きく、全く影響を感じさせない選手もいます。
現実問題として、仮に2年間も重いクラムジーの状態が続いてしまうと、多くの子どもは心が先に折れてしまう(クラムジーという存在を知らなければなおさら)ので、これが個人的に大きな問題だと感じているところです。しかし、なぜここまで、クラムジーは期間や程度に個人差があるのでしょうか? そして、どうすればクラムジーを軽くすることができるのでしょうか?
これについても確立された理論はありませんが、ここからは私自身が現場でとったデータや経験をもとにした考察をお伝えします。
クラムジーが起きやすい子どもの特徴
上の図は、強いクラムジーの現象が見られたジュニアの、実際の成長の記録です。個人が特定できないように、似た現象のジュニアを複数ミックスさせています。
横線が時系列、縦線は身長なのですが、ひとりの選手が他の選手と比べて、ある時期から急激に身長が伸びているのがわかります。
実はこうした子どもは比較的クラムジーの現象が重く、その期間も1年〜1年半と長めになる傾向があります。そして他にも、「同じ身長の選手と比べて、手足が長い選手」や、特に女子の場合は「体脂肪率が少なく比較的細身な選手」も、クラムジーが強く出る傾向にあります。
余談になりますが、クラムジーの現象はアジアより欧米の選手の方が強く出ると意見する方もいます。欧米の方が急激に背が伸びる、あるいは手足の長い細身長身タイプの子どもが多いので、何かしらの関係があるのかもしれません。
一方で、「急激に伸びるのではなく、常に一定して身長が伸び続けているタイプ」「体脂肪が多く、ふくよかな選手」「ずっと小柄な選手」は比較的クラムジーが軽く、期間も半年〜1年くらいのケースが多いと感じています。それらの中にはクラムジーの現象が全くない選手も見られます。
これは個人的な見解になりますが、身長や体重といった「ハードウェア」の変化が急激なほど、その体と、運動する際の脳のイメージとの乖離が生まれ、クラムジーの症状が出やすくなるのではないか、と考えています。
特に手足が長く体脂肪が少ない「細身長身」のジュニア、または成長期で急激に身長が伸びたジュニアは、操作する手足の重さが全く違うものになり ます。その変化に、脳がついていけていないという考え方です。
具体的な対策・予防をお話したいところですが、その前に、クラムジーの現象が起きたとき、ジュニアたちの脳にどのような変化が生じるのかを知っておく必要があります。
子どもがクラムジーの現象に悩まされたとき、はじめはその事態を自覚できないものです。
しかし、だんだんと「何か動きが重たいな……」という違和感を覚え、徐々に確信に変わります。そしてこのとき、選手の脳や神経細胞は、体が以前と違うものだと自覚し、なんとかこの誤差を修正しようとします。
これは無意識的なものですが、以前の体の使い方を思い出すために、これまで行ってきたたくさんの運動経験の感覚をヒントにするといわれています。
例を挙げましょう。仮に、クラムジーの現象により、足が遅くなった選手がいるとします。すると、これまで自分が無意識にやってきた、走る動作に近い運動の感覚を思い出し、それをヒントに動きを試すのです。例えば、
・自転車……足の回転を早くする感覚
・雑巾掛け……足首で地面を蹴る感覚
などを思い出して、動きを取り戻そうとするのです。
反対にいうと、こうした対応はその選手が過去に雑巾掛けや自転車など、走る動作に近い動きを過去に体験し、誤差を修正するに足る要素を持っているからこそできることでもあります。前置きが長くなりましたが、クラムジー対策の一つ目として重要なのは、今述べた無意識下の誤差調整機能が働くよう、成長期がくるまでに、様々な運動の体験をしておくということになります。
少し話は逸れてしまいますが、サッカーに限らず多くのジュニアスポーツでは、低年齢から一つの競技を専門的に取り組む傾向にあります。
それぞれのスポーツの背景(レベルの高いカテゴリーで活躍するためには低年齢で好成績を残し、選抜されないといけないシステムなど)もあり仕方ない部分もありますが、専門的で決められた動きしか経験してこなかった子どもは、こうしたクラムジーの現象に襲われたときの対応に苦しみ、不調が長期にわたってしまう可能性があるとも言えます。
シンプルな動きを繰り返す
クラムジーの対策は、大きくあと二つあります。
一つは、「クラムジーの時期は、できるだけシンプルに、体を大きく動かす運動をすること」です。
クラムジーになると多くの場合、体を大きく動かせば動かすほど子どもは違和感を覚える傾向にあります。
先の「足に重りをつけた状態」で例えると、数メートルのパスのような小さな動きよりロングシュートの時の大きな動きの方が違和感を覚えやすい、というイメージです。
そのため、クラムジーの現象が強く出ている選手ほど、違和感を減らしたいがために動きをわざと小さくしてしまう傾向にあります。
そしてこれが厄介で、必要以上に小さい動きを続けてしまうと、体や脳はその小さな動きを覚えてしまい、やがてクラムジーの現象が治まってきたとしても、本来のダイナミックな動きを取り戻せなくなると言われています。これを防ぐために、できるだけシンプルで体を大きく動かす運動が良いということです。
具体的には、腕を大きく振るスキップや走り幅跳び、側転など、普段のサッカーではそこまで大きく使わないだろう、というぐらいのダイナミックな動きです。
これはあるサッカーの指導者から聞いた話ですが、クラムジーの対策として練習の所々にあえて試合では使うことがないだろうロングシュート練習を行い、一球一球の動きの感覚を確認するようなメニューを取り入れているとのことでした。
このように、基本的にクラムジーの時期は、今までやってきた内容をできるだけシンプルに反復して、感覚を確かめる程度にとどめていく方がベターでしょう。
もう一つは、「体重が増えすぎないように気をつける」ということです。当然といえば当然ですが、必要以上の体重増加は動きを余計鈍くすることになります。
体を動かす「エンジン」の性能はすぐには上がらないのですから、「車体」はできるだけ重くせず、今までどおりに維持することが大切です。
ここまでご紹介したことがクラムジーの現象を少しでも軽く、短期間に抑えるような対策ですが、同時に、クラムジーの時期は「やってはいけない」とされていることも知っておきたいところです。
①トレーニングや練習で、無理な負荷をかけすぎる(疲れた状態での反復動作)
②新しい技術、動きなどを覚える練習・トレーニングばかり行う
③癖や違和感を直そうと、必要以上に神経質になる
これらはいずれも、脳や神経系を混乱させてしまうと言われています。
クラムジーは最初に書いた通り、「体の変化に、脳や神経系、感覚器がついていけてない」状態と言われています。このとき、子どもの脳は、体の変化についていこうと必死です。今までやってきた運動経験(神経系のネットワーク)を必死に思い出して、感覚を取り戻そうとしています。
そのときに、次々と新しいことを覚えようとしたり、疲れで普段の動きができないのに動きを反復させてしまうと、今までの運動経験やその感覚をより混乱させてしまうことに繋がります。
あくまでシンプルな運動や練習、これまで習得してきた内容の反復をしながら、戦術面などフィジカル以外の部分で磨きをかけていくことがベターだと、現時点では言われています。
無駄に見える「遊び」がトレーニング
このコラムをお読みいただいている方の多くは、まだ成長期を終えていないジュニア年代に関わっていると思います。言い換えると、多くのケースで予防や対策が可能ということです。
そしてこれらの対策をクラブの現場で実践するには、指導者側と保護者側の両方が、一見無駄(遊び)に見えるトレーニングや練習の重要性に理解を示すことだと思います。
例えば、クラムジー対策のダイナミックな運動などは、その中に遊びの要素が入っていたり、サッカーの試合に必要でない要素も多いでしょう。
ですので、はたから見ていると「貴重な練習の時間に遊ばないで!」「そんな時間があるならサッカーの練習をして!」と思われる保護者の方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、クラムジーについて理解されている現場のコーチやトレーナーの方々は、意図的にこういった「遊び」を行っています。
つまり、一見遊びに見えたとしても、ジュニアにとっては長期的に必要なトレーニングの一環なのです。
クラムジーは未知数な部分が多く、今後研究によって明らかになっていくかどうかも正直わかりません。
現時点で確実に言えるのは、クラムジーで悩んでいる選手はかなりの人数存在し、そのほとんどが、自らが「クラムジー」の状態に陥っていると認識することすらできずに悩んでいる、そしてそのクラムジーの症状は、いつか必ず終わりがくる、ということです。
クラムジーは選手の内面で起こっている現象です。だからこそ、チーム全体で理解して対策することで、辛い思いをする選手を一人でも少なくできれば、というのが著者の願いです。
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