コラム

文武両道へと導いてくれた母の教えに感謝。ベルギーで躍進し続ける森岡亮太のジュニア時代

2017年12月04日

べフェレン(ベルギー)に所属する日本代表MF森岡亮太選手は、11月29日に行われたベルギーカップ16強のオイペン戦に先発出場。前半20分に今季公式戦8得点目となるゴールを決めるなど2-0の勝利に貢献した。新天地ベルギーで躍進を遂げる森岡選手はこれまでどのような成長曲線を描いてきたのだろうか。12月6日(水)発売となる『ジュニアサッカーを応援しよう!VOL.47』では、森岡選手本人をはじめ育成年代で彼の成長に関わってきた人々にインタビュー取材を敢行。先んじてその一端を紹介する。

取材・文●元川悦子 写真●Getty Images

ジュニアサッカーを応援しよう!VOL.47』より一部転載


Japan v Brazil - International Friendly

当時あこがれていたのは川口能活選手

 一家が居を構えていたのは京都・城陽市。人口7万5000の小都市だが、京都サンガの練習拠点「サンガタウン」がある場所としてサッカー界ではよく知られている。

 その縁もあったのか、亮太少年は5歳の時からボールを蹴り始め、兄が通っていた町クラブ・正道カンガーFC入りする。そこでサッカーの楽しさに目覚め、熱を入れるようになった。

「正道カンガーFCの活動は週末だけ。平日は親が共働きだったので、よく兄貴と学童保育に行きました。そこでは野球を筆頭にいろんなことをやったけど、やっぱりサッカーが一番楽しかった。その頃の自分はGKがすごい好きで、憧れの選手は当時日本代表で活躍していた川口能活(相模原)さん。日本が初出場した98年フランスワールドカップも覚えてます」と森岡は約20年前の出来事を懐かしそうに振り返る。

 高山総監督が99年に立ち上げた町クラブ・FCソルセウに移ったのもちょうどその頃。久世小学校2年の時、正門前で配られていたビラを見て、友達数人と体験スクールに足を運んだのがきっかけだ。亮太少年は3期生として小3から正式加入したが、人数が少なかったためコーチ陣とも一緒にボールを蹴る機会が多かった。大人たちが心から楽しそうにプレーする姿が亮太少年の琴線に触れたようだ。

 高山総監督がクラブ発足の経緯を語る。「私の指導者人生は猛烈スパルタ指導のチームが始まりでした。子どもの頑張りには感動したけど、試合自体は何度も見たいとは思えなかった。何回も見たいと思えるチームを作りたいと心底、思いました。その後、地元の弱いチームで教えるようになり、個人技術にフォーカスしたところ、子どもたちが劇的にうまくなった。その1人が武岡優斗(川崎)です。そんな経験から、自ら立ち上げたFCソルセウでは、足元の技術重視のアプローチをした。亮太もそれが楽しかったんでしょう」

 ソルセウの活動は週4回。うち3回が11人制サッカー、1回がフットサル。彼はその両方に力を入れていた。

「リフティングとか技術練習は徹底してやりました。『自由に楽しく』って感じで、やりがいを感じましたね。フットサルの方もかなり本格的。足技が養われるのはもちろんのこと、距離感の感覚がよくなった。寄せられた時、フットサルはつねに相手が近い状態なんで、視野が狭くなりにくい。11人制サッカーにも生かされたと思います」(森岡)

 ソルセウのもう1つのモットーは自主性。選手自らグランドのラインを引いたり、ゴールのネットをつけたりするのは当たり前。移動は全員揃って電車移動で、合宿時も宿舎でのマナーを子どもたちが決めて実践するなど、とにかく「自分で考えること」を大切にしていた。「もともと亮太は賢い子」と高山総監督も言うように、彼には素養があったのだ。

プロ生活の傍ら、母の教えを受けて大学を卒業

「ウチはサッカー以外は厳しかったですね。勉強や家事手伝いは基本でしたし、外に出たら人に挨拶をする、迷惑をかけないといった当たり前のことを徹底させられました。両親は『大学出えへんなんてあり得ない』と考えていたから、高卒でプロになった時も早稲田大学人間科学部のeスクール(通信教育)を必ず卒業する約束をしたんです。6年がかりでやり遂げましたけど、特に難易度が高かったのが統計学。ホントに大変でした」と森岡は文武両道へと導いてくれた両親の影響力の大きさをしみじみと語っていた。

 教職に就いている母・弘子さんには、子育てをするうえでの基本がいくつかあった。

①朝爽やかに起きて朝食をしっかり食べられるように、21時には家族揃って寝るのが目標
②周りの人に誠実に接し、友達を大切にする
③本や新聞を読む
④幅広い体験をする。お手伝いもしっかりやる
⑤授業や宿題、当番などの学校生活も真面目にやる

 これらはあくまで生活面の約束事。森岡も言うように、サッカーに対して口出しすることは皆無に近かったという。

「『兄と違うチームに入りたい』と亮太に言われた時、練習にも行き、監督にもお話を伺いました。高山さんの『自分で考えるサッカーをして、サッカーを楽しめる子どもの育成を目指している』という言葉通りの練習風景を見て、信頼してお任せしました。チームメートのお母さんに『お家の方が来ると亮太君が頑張る』と言われて、公式戦はなるべく応援に行くようにしましたが、サッカーのことは分からないので見ているだけでした。

 サポートしたことがあるとすれば食事の面。小5の時に京都府選抜に選ばれた際、栄養管理の話を聞いて本人がすごく気を使うようになったので、家でも炭酸系の飲み物やスナック菓子をできるだけ置かないようにし、栄養面を考えた食事を出すように心がけました。喘息持ちだったので生活リズムを崩さないように気をつけました」と母は述懐する。

 両親から正しい教育を受け、人として真っすぐに成長しながらサッカーに邁進していた亮太少年。上の2学年が少なく、小4から公式戦に出て活躍していたこともあって、比較的順調なレベルアップを遂げていった。

(続きは12/6発売予定の『ジュニアサッカーを応援しよう!Vol.47』にてお楽しみください)


ジュニサカ最終表紙_ss
【商品名】ジュニアサッカーを応援しよう! VOL.47
【発行】株式会社カンゼン
2017年12月6日発売
A5判/並製/176ページ
◆特集 ネイマール、メッシを追い越せ!ドリブル完全マスター
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ガンバ大阪・倉田秋選手に学ぶ!ドリブル上達の極意 他

<おもな企画>
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