「観光気分で行った」セレクションから一変。吉田麻也の“神がかり的人生”を支えた兄の存在

2018年06月11日

コラム
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「名古屋に行けばそれが夢の世界じゃなくなる」

 長崎に戻ると、サッカー好きの父・有さんは喜んでくれた。博多に住む穂波さんも、麻也少年の将来を考えたらプラスだと確信していた。

「長崎には国見高校とか全国レベルのチームはあるけれど、やっぱりJリーグのクラブがないし、情報が届くのが遅い。プロというものに対して現実味がない。でも名古屋に行けばそれが夢の世界じゃなくなる。僕はすごくいいと思いましたね」(穂波さん)

 とはいえ、かわいい末っ子が小学校を出てすぐに親元を離れて暮らすというのは、普通の親なら抵抗があるのではないか。しかも麻也少年が小学校を卒業するのと同時に、次男・未礼さんも東京の専門学校に進むことになった。家族がバラバラになれば経済的負担も増す。

 それでも吉田家の両親は「子どもたちにできることは全部やってやりたかった」とそれぞれの希望を優先した。

  2001年3月、麻也少年が長崎を離れる日が近づいた。が、その段階になって名古屋の親戚の家では彼を受け入れるのが難しくなってしまった。両親は仕事があって家に残らなければならないし、次男・未礼さんはすでに進路が決まっている。動けるのは、まだ大学進学が決まっていない長男・穂波さんだけだ。

 そこで両親は「一緒について行ってやってくれないか」と長男に打診した。穂波さんも自分が送った手紙がすべての発端になったことを自覚していた。せっかく拓けた弟の未来を家族の都合でつぶすわけにはいかない。

 普通の小学6年生よりは大人びているとはいえ、まだまだ人見知りすることもある幼い弟を守ってやりたい気持ちも強かったことから、受験をやめ、腹をくくって名古屋へ同行することを決意する。

  12歳の麻也少年は19歳の兄と共同生活を送りながら、名古屋グランパスU−15で本格的にプレーすることになった。

(続きは、『僕らがサッカーボーイズだった頃 プロサッカー選手のジュニア時代』でご覧ください)

SOUTHAMPTON, ENGLAND - APRIL 28:  Maya Yoshida of Southampton applauds fans after the Premier League match between Southampton and AFC Bournemouth at St Mary's Stadium on April 28, 2018 in Southampton, England.  (Photo by Mike Hewitt/Getty Images)


<プロフィール>
吉田麻也(よしだ まや)

小学校時代:佐古少年団(南稜SC)
中学校時代:名古屋グランパスU15
高校時代:名古屋グランパスU18

1988年8月24日、長崎県生まれ。DF。小学生時代は地元では有名な選手だったが、全国大会の経験はゼロ。しかし、名古屋グランパスU15のセレクションを受けて、見事に合格。その後、名古屋グランパス一筋で、07年にトップチーム昇格を果たした。トップチームに昇格するとともに当時のチーム事情もあって、センターバックへコンバート。08年からは就任したストイコビッチ監督の信頼を受け、センターバックのレギュラーに定着する。チームでの活躍が評価され、同年7月には北京オリンピック代表に選出。2010年1月のアジアカップ最終予選でA代表に初招集。同年オフにオランダエールディヴィジのVVVフェンロへ完全移籍を果たした。現在はプレミアリーグ、サウサンプトンでプレー。


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【商品名】僕らがサッカーボーイズだった頃 プロサッカー選手のジュニア時代
【著者】元川悦子
【発行】株式会社カンゼン
四六判/256ページ
2012年7月23日発売

香川真司、岡崎慎司、清武弘嗣……『プロ』になれた選手には、少年時代に共通点があった!本人と、その家族・指導者・友人に聞いたサッカー人生の“原点”。プロの道を切り拓いた背景には、「家族」の温かい支えと、転機となる「恩師」「仲間」との出会いがあった。

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