「ごく普通の選手だった」日本代表のエース大迫勇也が”怪物ストライカー”になるまで

2018年06月19日

コラム
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「能力も頭抜けているわけではなかった」
 
 指導に当たったのは、福岡大学を出たばかりの新任教師だった山平監督。22歳の青年指揮官は経験こそなかったが、気力と体力はあり余っている。サッカーへの情熱を前面に押し出して中学生たちを教えた。

「山平先生の指導は厳しかったですね。毎日怒られながら鍛えられた記憶がありますね」と大迫は述懐する。万世SSSが楽しいサッカーをモットーにしていた分、カルチャーショックが大きかったようだが、必死に食らいついていくしかない。

 山平監督も常日頃からそう仕向けていた。「1年の頃の勇也はそこまで特別な選手という印象はありませんでした。体も160㎝くらいで小さかったですし、能力も頭抜けているわけではなかった。中学からFWになり、2年から3年に上がる頃から身長が一気に伸び始めて、プレー面でも急激なレベルアップを遂げました。もともと相手を背負うプレーは得意でしたけど、体の成長とともに前を向いて勝負することが自然とできるようになった。それが一番大きな変化でした。
 
 勇也は自分のやりたいことができるようになると物足りなさを覚え、練習がつまらなく感じる傾向があった。そうさせないために、全体練習後に『1対1をやろう』と私から誘って、闘争心を煽るようにしていま した。『もっとこい』『かかってこい』というこちらの言葉に反応して、勇也はガツガツと向かってくる。負けじ魂をむき出しにする彼と勝負するのは楽しかったですね」と恩師は懐かしそうに振り返る。

「山平先生は現役時代、FWだったんで、シュートはよく教えてもらいました。インサイドのシュートもそうだし、コースを狙って打つとか、トラップの仕方とか、得点を取るためのディテールを学びました」と 大迫も話したが、青年監督の熱い指導によって刺激を受けた部分は少なくなかった。

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