「正直、レイソルは好きじゃなかった」。酒井宏樹はなぜJクラブへの進路を選択したのか
2018年06月26日
メンタル/教育日本代表は24日(日)に行われたロシアW杯第2戦でセネガル代表と対戦。先制点を奪われるも、ドローに持ち込み、勝ち点1を獲得。決勝トーナメント進出に向けて大きく前進しました。右サイドバックで先発フル出場を果たした酒井宏樹選手(柏マイティー/柏レイソルジュニアユース/柏レイソルユース)はセネガル代表のエースであるサディオ・マネを抑え込みました。所属するマルセイユ(フランス)でシーズンを通して活躍し、今や、世界屈指のサイドバックとなった酒井宏樹選手の少年時代を振り返っていきます。
・サッカーをやめようとさえ考えた。酒井宏樹の“運命を変えた”サイドバックへの転向
文●元川悦子 写真●GettyImages
『僕らがサッカーボーイズだった頃 プロサッカー選手のジュニア時代』より一部転載
少年時代は点取り屋
イタリアワールドカップで西ドイツが三度目の世界制覇を達成した90年。この年の春、千葉県柏市在住の酒井夫妻に3番目の男の子が誕生する。父の故郷・長野県中野市で誕生した赤ん坊は、ふたりの兄と同様に、父の名前から「樹」の一字をとって「宏樹」と名づけられた宏樹少年は「生粋の柏っ子」としてスクスクと育った。酒井家の三兄弟にとって遊びといえば、もちろんボールを蹴ること。近くの公園に出かけては、ワイワイとサッカーをしていた。
「一番上の兄が7つ上、二番目の兄が5つ上ですから、自分が物心ついたときはもうふたりともサッカーをやっていました。親父も趣味でプレーしていたので、男4人で公園に行ってはボールを追いかけていた記憶がありますね。兄たちとは歳が離れていたし、何か直接的に影響を受けたことはあまりないけれど、僕は負けず嫌いだったので、ふたりに食らいついていく弟だったんじゃないかな……」と酒井は懐かしそうに幼少期を振り返る。
その宏樹少年がサッカークラブに入ったのは、幼稚園年長の頃。ふたりの兄がジャクパ柏スクールに通っていたこともあり、彼もそこで週1回練習するようになったのだ。その指導者だった倉持代表が99年に柏マイティーFCを立ち上げたことで、小学3年生になった宏樹少年もそちらに移る。同じ富勢西小学校に通う仲間3〜4人も一緒に新たなクラブに行くようになり、彼は心を弾ませながら平日2回と週末の練習・試合に足を運んだ。同クラブは送迎バスを運行していたので、両親も安心して預けることができたようだ。
「幼い頃の宏樹はおとなしくて人見知りが激しい子。けれどピッチに立つと、ものすごく活発で、闘志を前面に押し出していました。少年時代は点取り屋だったんですが、チームが失点して負けると『俺がGKやる』と言い出すことも多かった。自分が守れば負けないと思っていたのでしょうね」(倉持代表)
「アフリカ人のような身体能力をもった子どもだ」
宏樹少年は天性のバネやバランス感覚に恵まれ、走るのも速かった。球際の激しさや鋭さももち合わせており、相手をなぎ倒してゴールに飛び出すプレーを見せることも頻繁にあった。倉持代表も彼を見れば見るほど「アフリカ人のような身体能力をもった子どもだ」と感じていた。
それだけ光る素材をもっていても、努力しなければ才能は磨かれない。宏樹少年はクラブで熱心に取り入れられていた1対1やシュート練習、ゲームなどを通して、ひたむきにレベルアップに努めていた。
「僕は集中力に欠けるのか、リフティングは苦手だったけど、駆け引きのある1対1などはいくらやっても飽きなかったですね。やっぱり一番大事なのは試合中に何をするかだと思う。しっかりボールを止めたり、蹴ることは練習すればできるようになりますよね。小学生のときはそこまで考えていなかったけれど、そういう積み重ねが今に活きているんじゃないかな」と本人も言う。
柏マイティーFCで上手な子どもたちに囲まれ、いいコンビネーションを築けたことも確実にプラスになった。倉持代表もこう証言する。
「彼の仲間たちはみんな上手でした。特に隣の富勢小から来ていた中盤の野崎君はスキルが高くて、ふたりのホットラインが目を引きましたね。宏樹は2トップの右に陣取り、今と同じようにサイドに流れてセンタリングを上げたり、自ら中に切れ込んでシュートを打ったりしていましたが、そのお膳立てをしたのが野崎君だった。宏樹が『人に活かされる選手』として成長していくきっかけになったのも、野崎君との出会いが大きかったのかなと思いますね」
宏樹少年を中心に結束した柏マイティーFCは、まずまずの好成績を残した。全日本少年サッカー大会出場までは行かなかったものの、小学6年生の春、茨城県・波崎で開かれた三井カップでは千葉県内外の有力クラブが多数参戦する中で優勝。柏の二強といわれるレイソルジュニアとイーグルスに迫る勢いを見せた。
「レイソルを倒せるのはマイティーだけ」といった評判も高まり、エースFW酒井宏樹も注目されることになる。そんな少年が千葉県や関東トレセンに選ばれるのは当然のなりゆきだった。月に何度かトレセン活動も掛けもちするようになり、この頃はかなり忙しかったという。
「正直、レイソルは好きじゃなかった」
それでも酒井家では末っ子を手取り足取りサポートすることはなく、なるべく自分でさせるというスタンスを取っていた。倉持代表が当時の思い出を語ってくれた。
「2002年夏の清水カップのときでした。6年生の宏樹は関東トレセンの山梨合宿が重なっていて、チームを途中で離脱しないといけなかった。本人も残念そうでした。ところが、大会終盤になってお母さんから『本人がもう1回、清水に行きたいと言っているので、最終日前日に行かせてもいいでしょうか』と電話がかかってきた。『ひとりで新幹線に乗せますから清水駅まで迎えに行ってやってください』と。『大丈夫かな……』と思っていたのですが、本人が駅に着いた頃、突然誰かわからない人の携帯から着信がありました。出てみると宏樹で『隣にいたおじさんに頼んで携帯を借りた』と言うじゃないですか。そういう度胸があるのかとびっくりしましたね」
「ウチの親は特に何にも言わなかった。物事の判断も自分に任せてくれました」と酒井本人も両親の配慮をありがたく思っている。
この清水行きのエピソードは、自立心を促すという酒井家の教育方針を如実に示している。そのおかげで、宏樹少年は常に自分で考え、行動する力を身につけていった。
柏レイソルから「練習に来ないか」と誘われたのは清水カップ直後の二学期。当時、レイソルジュニアユースを指導していた村井一俊監督が千葉県トレセンを見ていた関係で、彼にも声をかけたのだ。プロの登竜門に近づける好機を逃す手はないと考えた倉持代表は「ぜひ、行ってこい」と背中を押した。酒井本人は「正直、レイソルは好きじゃなかった。強すぎるから……」と尻込みしたものの、勇気を振り絞って日立台のグラウンドへ向かうことにした。
この頃のレイソルジュニアには、全少で優勝経験のある指宿洋史(ジェフ千葉)や工藤壮人(サンフレッチェ広島)、比嘉康平、仙石廉(栃木SC)らそうそうたる面々がいた。宏樹少年も実際、レベルの高さに驚かされた。生存競争も熾烈で、ジュニアユースに上がれない子も出てくる。
「すごくうまい選手なのに『この人、落ちるんだ』って思うことが結構あって……。小学生のうちから『上がる、落ちる』を経験するのって、すごいことですよね」
酒井は、生まれて初めてサバイバルの厳しさを知る。それでも、あえてこの競争に身を投じることを決意した。練習に参加することで、才能あふれる仲間とプレーする楽しさを強く感じるようになったからだ。
<関連リンク>
・2018 FIFAワールドカップ ロシア 特設ページ
・サッカーをやめようとさえ考えた。酒井宏樹の“運命を変えた”サイドバックへの転向
<プロフィール>
酒井宏樹(さかい ひろき)
少年時代:柏マイティーFC
中学時代:柏レイソルジュニアユース
高校時代:柏レイソルユース
1990年4月12日、千葉県生まれ。DF。中学生になった2003年に柏レイソルジュニアユースに入団。その後、ユースを経て、高校3年生時には2種登録。2009年からトップチームへ昇格した。スピードを活かしたダイナミックなオーバーラップから、鋭いクロスを上げて、チームの得点機をつくりだす。2011年シーズンには右サイドバックとして先発出場を続けて、柏レイソルのJ1初優勝の快挙に貢献。Jリーグベストイレブン、Jリーグベストヤングプ レーヤー賞を受賞した。2014年ブラジルワールドカップ最終予選にも出場した。2012年夏にはハノーバー96へ移籍。現在はフランスのマルセイユでプレーする。
【商品名】僕らがサッカーボーイズだった頃4 夢への挑戦
【著者】元川悦子
【発行】株式会社カンゼン
四六判/232ページ
価格:1,728円(税込)
四六判/232ページ
2018年5月21日発売
『ジュニアサッカーを応援しよう! 』人気連載企画の第4弾!!
日本代表や海外、Jリーグで活躍するプロサッカー選手たちがどんな少年時代を過ごしたのか。
本人たちへのインタビューだけではなく、彼らをささえた「家族」や「恩師」「仲間」の証言をもとに描いた、プロへ、そして日本代表へと上り詰めた軌跡の成長ストーリー。
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