「バルサに推薦」できるほどの潜在能力。次世代の日本代表DF・冨安健洋の少年時代

2018年11月16日

コラム
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「タケをバルサに推薦した」

 高度な自主性は、両親の教育、仲間たちの外での遊びの中から養われたようだ。

「夏休みなんか1日中、サッカーしていました。朝からボールを蹴って、昼飯食べに帰ってまた1時頃からサッカーして、夕方5時から練習とか。1日10時間練習ですね(笑)。
 
 僕らが頻繁にやっていたのが『半サカ』。ハーフコートの5対5+GKみたいなもので、攻撃側が3回ミスしたら攻守交代するというルールなんですけど、これにひたすら熱中しました。両親も僕のことはほったらかしでしたし、『勉強しろ』とも言われなかった。遠征の送り迎えやお弁当などのサポートもしてくれましたし、自分がやりたいようにさせてくれたので、ホントに楽でした。
 
 外で駆け回るのが大好きだった僕はゲームができません。みんながウイイレとかをやってるのを今も後ろから見てるだけ(苦笑)。外で太陽を浴びて動き回ってたから、今があるのかなと思います」と冨安は楽しかった少年時代を回想する。
 
 高学年なると、小4で小6の公式戦にコンスタントに出場。2つ年上の井手口陽介(グロイター・フュルト/ドイツ2部)擁する油山カメリアFCとも対戦した。小5の時は新人戦県大会に出場し、小6になるとナショナルトレセンに選ばれるなど、地元では広く知られる存在になった。
 
 この頃は2009年に開校したバルセロナスクール博多にも週2回通っていた。高江麗央(ガンバ大阪)らレベルの高い選手とも一緒にプレーすることができ、よりサッカーへのモチベーションも高まった。イバン・パランコ・コーチ(元東京ヴェルディトップコーチ)との出会いも前向きな要素だった。

「バルサスクールでのタケはボランチ中心で、前を向いても、相手を背負ってもいいプレーをしていました。攻撃面ではチームを動かしたり、自ら前線に上がってシュートまで持ち込むこともでき、守備面も空中戦の強さ、スペースの管理、インターセプトのうまさなど高い能力を備えていた。サイドバックにもトライさせました。バルサにはサイドバックの攻撃参加を重視する哲学があり、彼はその資質を持っていましたから。私は3年間で3人をバルサに推薦しましたが、その1人がタケ。小学生をスペインに連れていくのは難しく、話は立ち消えになりましたが、それだけの潜在能力がある選手でした」
 
 小学校卒業時には同スクールのスペイン遠征にも参加。初めては驚きの連続だった。試合も数多くこなしたが、アトレチコ・マドリードには1-10で惨敗。ボランチで出た健洋少年にとって極めて衝撃的な出来事だったに違いない。「ネガティブな経験からも学ぶことはある」とイバンコーチも話したが、彼は三筑中学校入学と同時に入ったアビスパ福岡のアカデミーでそれを糧にしたはずだ。

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