食事を通して生まれる“食への関心”と“コミュニケーション”。子どもにとっての「食育」のゴールとは?
2020年03月24日
フィジカル/メディカル2月から約2ヶ月間は、「スポーツをする子どもの年齢に合った食育」の概要をお届けしてきました。1月に「食育とは?」を食育連載担当者で話した際、ジュニア年代の食育は次のようなテーマ設定になり、下記のことをもとにインタビューとレシピを合わせて紹介してきました。
▼小学校1・2年生
三食のごはんとおやつを食べられるようになる
▼小学校3・4年生
どんな食べ方をしたらいいかを考えられるようになる
▼小学校5・6年生
大人の準備期として体が何を必要としているのかを知る
この食育連載の最後は、管理栄養士の川上えり先生にこの2年間を通じて伝えたかったことを直接綴っていただきます。
文●川上えり
管理栄養士の川上えり先生
「健康」という財産は当たり前のことではない
いつも食育連載をご高覧いただき、ありがとうございます。2年間、食育をテーマにコラムを配信させていただきましたが、今回が最後になりました。私にとっては初めての取り組みで、いつも緊張と挑戦が入り交ざった感情でスタッフの皆様と記事を作っておりました。
最初にジュニサカ編集部から依頼をいただき、私が「子どもの食育に力を注ぎたい」と思ったキッカケは2つあります。
一つは、大学生アスリートやトップアスリートの栄養アドバイスをやっていく中で、知識があっても実践に移すことができない選手、また様々な情報を精査できずに間違った取り入れ方をしてコンディショニングに失敗した選手を数多く見てきたことです。もう一つは、アスリートの海外遠征に同行した際にオーストラリアやイギリスなどスポーツ栄養の先進国の選手の食事を現地で見たことです。各自がその日の体の状態を把握し、食べるもの・食べ方・食べる量などを自己責任で管理していたことに驚きました。
『食の自立』ができていたのです。
私は「なぜ食の自立ができたのか」を調べたり、実際に話を聞いたりしている中で、子どもの頃から食に対して行動していることがわかりました。だから、スポーツ栄養の先進国の選手はプロになるとより食事に対する行動意識が高いのです。幼少期から『食の自立』を目指して知識や行動を育むことで、その後のコンディショニングや競技の成績にも関わり、さまざまな財産につながっていくなと感じました。
そのことを知ってから、私は子どもの食育について専門的な情報をもとに実践しやすい方法を伝える努力を行っていました。そんな中でタイミングよくこの食育連載のお話をいただき、ありがたく引き受けることにしました。ですので、私が一番伝えたかったのは、子どもの『食の自立』が食育のゴールだということです。
子どもも大人も、私たちは日々成長をしています。
特に高校卒業後、または成人を期に、子どもは自立への一歩を踏み出します。それと同じように食事も、出されるものをただ食べるのではなく、何のために誰のために食べるものなのかを認識できる子であってほしいと思います。日頃から食卓の中で食事がコミュニケーションの一つになってもらえると喜ばしいことだと考えています。
過去、サポートしていた選手にこんな選手がいました。
食事のヒアリングの際に、野菜があまり摂れていなかったので「どのよう摂っているか」を聞いたところ、「野菜ふりかけで摂っています」と自信満々の返答をもらいました。後にも先にもこのような回答は初めてでした。その後、その選手にいろいろな角度からヒアリングをしたところ、家族みんなが野菜嫌いで、子どもの頃から食卓には野菜があまり出てこなかったようです。
この選手はよく風邪をひいていました。
過去によくケガもしていました。
チームで一番免疫力が低いのは納得でした。
それを機に、私はその選手に野菜を摂る意味、1日に両手いっぱいの生野菜が厚生労働省で推奨されていることをアドバイスし続けました。生野菜が難しいときは、火の通った野菜で片手一杯を1日3回に分けて少しずつ摂ること。それでも厳しいときは、まず「野菜ジュースやスムージーから始めていこう」と、選手ができそうなことを見つけて目標設定をしました。
結果としては時間がかかりましたが、選手の意識も変わり、体も変化しそれに伴ってコンディションも良くなりました。
このとき、選手が諦めず、投げ出さず、行動を変えて継続した「がんばり」があったからこそ良い方向へと進んだのだと思います。私は、これをもっと早い段階で「例えば、幼少期にできていれば選手のコンディションも早い段階でよくなっていたのかな」と感じました。私は、このような経験をしたから家庭の食卓がとても重要だと言ってきたのです。
とは言っても、「がんばって毎日手作りでやらなくちゃ」とお母さん方がプレッシャーに思う必要はありません。この時代、仕事や家事で食事にだけ気を使うことはとても厳しいです。たまには、お惣菜で食事を整えても大丈夫です。ごはん・汁物・メイン・お野菜のバランスを考えたら充分です。きっと子どもはその何気ない食卓を覚えてくれて、無意識に自分でもバランスをとることができるようになります。たまに、子どもにも食卓に食事を並べるお手伝いをさせてあげて下さい。これも一つの食育になります。
この考えをベースに、2年間いろいろな角度から「食育の必要性」をお伝えしてきました。昨夏は、親子で参加するセミナーを開催し、実際にスポーツドリンクと補食になるサンドイッチづくりを読者の方と一緒に行いました。そのときの子どもの真剣な表情とスポーツに対する熱意、どうすればもっと強い選手なれるかなどがヒシヒシと伝わってきました。
食事と栄養は選手を強くする、または人を健康にする一つの手段です。身近すぎてついつい疎かになりがちですが、強くなるため、健康になるために毎日続けられるものです。
現在、新型コロナの影響もあり、「予防」がとても注目されています。管理栄養士として「予防医学」という分野に関わった経験がありますが、そこに来る患者さんはほとんどの方が悪性腫瘍、婦人科の病気、骨折などのケガでした。健康とは、失って初めてその大切さが分かります。でも、栄養アドバイスを取り入れる選手も「ケガをしてから向き合う」方がほとんどです。
みなさんは「健康」という財産を持っていますが、それは当たり前のことではなく、これまでの食事を含めた生活習慣で成り立っています。
今後も心身ともに健康を維持するために、今できることは毎日の食事をより良いものにすることです。それは、大人も子どもも同じです。特に大人よりも長い未来が待っている子どもには健康が大きな財産になります。
そのために「食の自立」は大きな意味を持ちます。
だから、食卓という場を大切にしてもらいたいです。
食事を摂って体に栄養を取りいれて健康な体を作る意味でも大切ですが、それと同じくらい、コミュニケーションの場としても大切な時間です。朝食の場合、食卓を囲みながら、あるいはキッチンとテーブルで話をしながら目覚めの気分やその日の体調を把握することができます。夕飯の場合、その日の出来事や今後の予定などお互いが情報交換できる貴重な時間になります。
このようなコミュニケーションを取りながら「このおかずおいしいね」「何が入ってるの?」「またこれ食べたいな」など食事に興味を持つ機会も増えるのです。これが一人で食卓を囲んでいると気持ち的にも寂しくなりますし、食事への興味も失われます。ほんの些細なことですが、これも食育の一つです。
身近すぎるがゆえに食事・栄養は忘れがちです。
今一度、ご家庭の食卓を振り返ってみてください。どのような雰囲気で、どういう会話をしていて、どのような食事が並んでいましたか? 人間の心身は基本その食卓・食事で大部分ができています。良いところはそのままに、改善点があればぜひこれまでの記事を参考にできることからチャレンジしてみください。
そして、将来ある子どもたちの「食の自立」の手助けをしてもらえると嬉しいです。約2年間、この食育連載を通して「食の大切さ」を発信させてもらい、そして、多くの方に読んでいただき、本当にありがとうございました。今後もSNSを活用して食の重要性を配信していきますので、ぜひよろしくお願いします。
川上えり
【プロフィール】
川上えり(管理栄養士)
海外プロサッカー選手の栄養アドバイスや、FCジュニオールの栄養アドバイザー。海外・国内遠征・合宿帯同や、アスリート向けレシピ制作、子育てママ向けのコラム執筆などで活動中。▼Instagram/Twitter
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