「最初はすんなり入ってこなかった」。FC東京・林彰洋が語る“ジョアン理論”
2020年01月20日
インタビュー2019シーズンのJリーグベストイレブンにGKとして選出された林彰洋(FC東京)。チームは惜しくもリーグ初優勝を逃してしまったが、失点数はクラブの最少失点記録を更新。年間を通して素晴らしいパフォーマンスを維持していた。そんな林の活躍を語るうえで欠かせない人物がいる。2017シーズンから2018シーズンまでFC東京のトップチームでGKコーチを務めたジョアン・ミレッ氏だ。わずか2シーズンの間だが、林いわくジョアンの指導は、「血肉になっている」という。今回は、ミレッ氏が初めて上梓した『ジョアン・ミレッ 世界レベルのGK講座』ことをきっかけにインタビューを申し込むと快く引き受けてくれた。林彰洋が語る“ジョアン理論”の真髄とは?
取材・文●高橋大地 写真●Getty Images
――今回、2017シーズン~2018シーズンまでFC東京でGKコーチをされていたジョアン・ミレッさんの書籍が発売されました。ジョアンの教え子である林選手に、当時のことについてお話をお伺いしたいのですが、現在もジョアンとの交流は続いていますか?
はい。ジョアンの人柄に惹かれているということもありますが、彼の最大の魅力は、僕が今まで築いてきたサッカー観やゴールキーパー観を覆すだけの理論をもっていたということです。僕自身プロになってからはもちろん、アマチュアとしても様々なコーチの指導で受けてきました。
「ダメだ」と思えば、受け入れていなかったと思います。それでも受け入れさせた、ジョアンのGKに関する論理的思考や選手を納得させるだけのコーチングスキルや話術は、今までの指導者とは違うと印象を受けました。
――すんなり入ってこないことはありましたか?
1日目からまったくすんなり入ってこなかったです。
僕もFC東京に来たばかりで、「さぁ、今から、吸収しまくるぞ!」と、スポンジのような気持ちになっていたにも関わらず、実際にジョアンと対面するとスタートから「ん?」「えっ?」と感じるようなことが多かったんです。だから、最初はまったく受け入れられませんでした。
――その心境が変わったきっかけは覚えていますか?
まず1日目の練習、トレーニングの合間に「どういう意図でこのトレーニングを行っているのか」という話になるのですが、それがゴールキーパーのプレーを想定したものではあるものの、「試合でこんな動きないでしょ?」と思っていたんです。
でも2日目のトレーニングでは、1日目のトレーニングの動きを少し発展させたトレーニングを行ったのですが、その段階で1日目に行った無駄だと思っていた動きが少しつながったんです。
前日のトレーニングで終えたところから、次の日のトレーニングは発展していく。それを日々繰り返していくことで、あんなに無駄だと思っていた動きが、理にかなった動きに変わっていき、段階を踏んで僕らGKは腑に落ちていく。それが選手としてまったく新しい感覚でした。
これまで、単発で行うトレーニングはたくさん経験したのですが、日々つながっていて、連続性があるようなトレーニングはありませんでした。
例えば、ゴールキーパーは1回のプレーでボールをキャッチできないことが多々あります。するとどうなるかというと、相手選手に詰められてゴールを決められてしまいます。詰められたボールに対して、いち早く反応して、相手がシュートを打てないような状態に持っていく。または2回目のアクションでキャッチする。
僕は身長が195cmあるので、小柄なゴールキーパーに比べると、セーブしてもう一度立ち上がる動きが遅いのは当たり前だと思っていたんです。小さい選手より1回目でボールに触れる可能性が高くても、セカンドアクションで詰められて失点という状況が多いとすれば、小さい選手の方が有利なのでは?と考えるときもありました。僕にとっては、コンプレックスの一つであり、永遠のテーマでした。
――なるほど。
そういった話をジョアンとしたうえで、彼が言っていたのは「(自分の)足のリーチに対して、正確な踏み込み位置で立ち上がれば、間違いなく小柄な選手と同じような対応ができる」ということでした。
僕は今でこそジョアンの言葉を信じているのですが、最初は「本当かよ」と思うこともありました。というのも、最初は速さを感じられなかったんです。だから「理想を言ってるだけなのでは?」と。
でも、デモンストレーションになるとジョアンはできちゃうんですよ。60歳近くですよ? それを見せられて、「ジョアンができるなら俺らもできるだろ」となるんですけど、それがなかなかできないんですよ。(笑)
ジョアンの理論は、人体学などにも精通することがあって、「こういう状況では、手を出すことが人体的にできないから、まず体の向きを変えて、ここに手を置くとすぐ起き上がれて手を出すこともできるだろ?」と、細かく説明してくれるんです。
そういう話を聞いたときに「あっ、この人と一緒にやっていけば、自分のコンプレックスを消してくれて成長させてくれるんじゃないか」という感覚になりました。
もちろん1年目からジョアンの理論すべてを受け取れて、それを完璧に出せていたわけではありません。むしろ、そうではないことも多かったですし、割り切りがつけられなかったことでチグハグになっていた部分もありました。
一昨年も、1年目に比べたらある程度成熟してきたものの、そこからどうやって「あと1歩安定させようか?」「アグレッシブにはなったけど、じゃあ次はどうしたら安定感を出せるのか?」というように考えるようになっていました。
そして、3年目に入った時にジョアンがクラブを去り、自分自身の頭だけで考えなければならなくなりました。彼がいないことに葛藤もあったけれど、彼のセービング論は間違いなく自分のキャリアの中で絶対に必要なピースだという確信があったので、自分なりに落とし込み、研ぎ澄ましていったことで昨季のセービングは随所に良さが出てたと思っています。
▼林選手のinstagramより
――ジョアンは2019年2月23日の川崎フロンターレ戦の中村憲剛選手との1対1の場面について「これは完璧だ」と褒めていました。
相手のコースを消すことは、どのゴールキーパーもやるんですが、ジョアンが言いたいのは、あの状況では、コースを切りながら「手を下にしておけ」ということなんです。
「手を真ん中にしていると、そこから手を下に下げることはむずかしい。人体的に、手は上から下げる速度より、下から上げるだけのほうがスムーズなんだ」と、ジョアンは言っています。あのプレーは、意識してできたというより、身になってきたから反応できたという感覚です。ああいったプレーが2年の成果かな。
――ジョアンがいなくなってしまって、さみしさみたいなものはありますか?
ジョアンのトレーニングは、今も僕の血肉になっています。彼は、トレーニングの幅をたくさん持っていたので、おもしろさを感じていましたが、僕もプロなので「ジョアンがいなくなってサッカーができません」では、成立しません。
現在のGKコーチとは、足元のトレーニングに特化してアドバイスをもらっていて、そのあたりは向上しています。
――ジョアンにかけられた言葉の中で印象に残っているものはありますか?
「何でも言ってこい」と言われたことですかね。
ある程度のキャリアを持ったGKコーチであれば、「俺の言った通りやってみろ。それだけやっておけば間違いないから」と言うのが普通だと思います。
ジョアンも自分の理論を正解だと思っているから教えてくれているのに、そこに真っ向から反論される。「いいからやれ!」と言ってしまえばおしまいのところ、反論のすべてにアンサーを返してくれる。なかなかできることじゃないな、と思いました。
「なぜこのシュチュエーションではこうなって…。なぜこう体を持っていく必要があるのか…」を全部話してくれました。
GKが4人いた中で、僕は反論することも多かったんです。今考えると、180度違うような反論の仕方をしていました。しかしそんな中でも、徐々に僕がジョアンの考え方にあわせていきたいな、と思える部分が多かったのが大きかったですね。
ジョアンの話を聞いていれば、「速く」「強く」「止められる」ようになる、という実感を得たのが「何でも言ってこい」という言葉からでした。
あと、もう一つ。
たとえ試合開始1秒で失点したとしても、10秒で失点したとしても「あーあれができたな。何やってんだよ」という後悔の気持ちはすぐに捨てて、リセットしろ。ということですね。
例えば、風があってハイボールをミスしてしまいました。落下地点を見誤ってミスから失点してしまいました。
そういう時は、次にその機会が訪れても、同じタイミングで狙っていけ。それでもしミスをしても、それでもプレーをし続けろ。アグレッシブな姿勢でプレーし続けろ」と。
実際にそれが行動として100%出せたかは、わかりません。しかし、この部分は、特に言われた部分でした。失点してもすぐに「0-0だと思え」というのは。
――教えていることに絶対の自信があるのでしょうね。林選手自身、ジョアンから教わったことを今後後輩たちに伝承していきたいという気持ちはありますか?
彼の教え方を自分自身で体験してみて「ゴールキーパーについて教えるのも面白いかも」と感じるようになりました。できるようになったことや、できていないことを実感しながらシーズンを戦っていける部分は楽しかったです。また、ジョアンの指導を経験した僕だからこそ、新たな発展ができるのではないかと考えるようにもなりました。まさに今、指導者というものに面白みを感じ出しているところです。
■ジョアン・ミレッ氏の理論がつまった本が大好評発売中!
【商品名】ジョアン・ミレッ 世界レベルのGK講座
【発行】株式会社カンゼン
2020年1月15日発売
【書籍紹介】
選手は海外のビッククラブに所属し、指導者も海を渡る。そんな時代が訪れ、日本のサッカーは、凄まじいスピードで成長している。しかし、数十年前と比べても発展しているとは言えないものもある。そのひとつがゴールキーパーのトレーニングだ。
GKはサッカーにおいても独自性が高いポジションであり、選手育成にも専門的な知識が多く必要になるポジションであるにも関わらずグラスルーツでは、大人が子どもにむかって強烈なシュート浴びせるばかりで、育成のためのトレーニングとは程遠いのが現状だ。
このままでは、体格や身体能力的に欧米人や韓国人に劣る日本からは世界に通用するGKは輩出されないのではないか? そんな状況を打破するためのヒントが、この本にはつまっている。
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