「観光気分で行った」セレクションから一変。吉田麻也の“神がかり的人生”を支えた兄の存在

2018年06月11日

僕らがサッカーボーイズだった頃
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兄の行動でサッカー人生が一変

  そんな麻也少年の人生を激変させるきっかけを作ったのは、長男・穂波さんだった。

  彼が小学6年生になった春、博多で浪人生活を送っていた穂波さんは、インターネットカフェで大学検索を終えたあと、Jリーグ下部組織のセレクション情報をふと目にした。ジュニアユースのセレクションがあるのは名古屋グランパスU−15とガンバ大阪ジュニアユースだけ。「名古屋なら親戚がいるな」と思った兄は、店のスタッフに言ってこのページをプリントアウトしてもらい、「吉田麻也様」と宛名を書いた郵便を実家宛てに送った。

 長男から届いた紙を見た母は、末っ子に『どうする?』と尋ねた。本人は「まあ、行ってみるか」と、興味本位で答えた。

 多忙な母が長崎から名古屋へ息子を連れていくのは、通常ならかなり難しかった。麻也少年がラッキーだったのは、昭子さんの姪っ子が生まれたばかりだったこと。会いに行こうと思っていた日が名古屋U−15のセレクションと全く同じタイミングだったため、「じゃあ、ついでに行こうか」と息子に声をかけることができたのだ。
 
 本人も最初は観光気分だった。

「僕自身、観光のノリでした。名古屋へ行くのも二回目くらいだし、どうせムリだろうと思っていたから。Jリーグの下部組織っていうのは、全国から有名な選手が受けに来て、受かるのは一、二人だと考えていました。でも実際は名古屋に通える範囲の子しか来ないから、東海地域の選手ばかりなんですよね。試験官だったルーマニア人のアイザック・ドールに『え、長崎から来たの?』って言われたくらいです」

 場所はトヨタスポーツセンター。名鉄豊田線の三好ヶ丘駅から坂を上って15分くらい歩いたところにあるこの施設が、VVVフェンロ移籍まで10年近く、自分自身を磨く第二の故郷になるとは、本人も想像しなかっただろう。

 長崎では赤土の荒れたグラウンドでしかボールを蹴ったことのない麻也少年は、緑の天然芝が敷きつめられた美しいピッチ2面を目の当たりにして、激しい衝撃を受けた。

「これがプロの練習環境か……」

 自分のやっていることが、そら恐ろしいことのように思えてきた。それでも、ここまで来た以上、すごすごと逃げ帰るわけにもいかない。勇気を振り絞ってゲームにのぞんだ。
 
 一回目のゲームでは中盤でプレーして何とか突破。最終テストとなる二回目を迎えた。そこで、麻也少年の人の好さが出てしまう。坂道練習などを通じて左足のキックに磨きをかけてきた自信があったせいか、チームわけのときに「左サイドバックでもいいよ」と言ってしまったのだ。その通り、左サイドバックのポジションを託されたが、普段からやっていない位置で自分らしさを出せるはずがない。クロスどころか、ボールさえ満足に触れなかった。

 タイムアップの笛が鳴った瞬間、「完全に落ちたな」と思った。

 この様子を遠くから見ていた昭子さんにも、息子の落胆ぶりが手にとるようにわかった。 この直後、麻也少年ら5〜6人はアイザック・ドールに集められ、何かの紙を受け取った。母は参加者への労いが書かれた手紙だろうと考えていた。だが、歩いてきた息子からは驚くべき言葉が発せられた。

「受かったし」

 保護者にも説明があるということで、母・昭子さんはビックリして行ってみると、「来年ら名古屋に来られますか?」といきなり聞かれた。寮があるのかと思っていたが、名古屋の場合、ジュニアユース年代までは家族と同居して通わなければならなかった。そこで、まずは姪が暮らす名古屋の家に下宿させればいいと考え、「大丈夫です」と返答した。

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