Jクラブのサッカー進路を探る。サガン鳥栖はセレクションのとき、どこを見て、何を重要視している?

2018年09月16日

育成/環境
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昨年、日本クラブユースサッカー選手権大会、高円宮杯全日本ユースサッカー選手権大会の夏冬二冠を達成したサガン鳥栖ジュニアユース。そのジュニアユースはどんな考えを持ってジュニアを受け入れ、ユースへと羽ばたかせているのか。

取材・文●木之下潤 写真●山本浩之、松尾祐希、佐藤博之、深川成一郎

『ジュニアサッカーを応援しよう!Vol.48』より一部転載


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九州各地から選手が集まってくる

(2018年)1月25日、サガン鳥栖はアヤックスとアヤックス・コーチングアカデミー (以下、ACA)と3年間のパートナーシップを結んだことを発表した。オランダの名門のサポートを受け、育成アカデミーのシステム、指導者と選手のレベルアップを行うという。

 サガン鳥栖は2015年よりユース(U-18)が全寮制になり、その近くにある天然芝と人工芝のグラウンドをはじめ、プールやトレーニング施設を完備した佐賀市健康運動センターを練習場として使用しており、育成型クラブへの動きを本格化している。
 
 さらに、昨シーズンは6年ぶりにアカデミー出身の選手がトップチームに昇格し、しかもクラブ史上初の2選手を輩出した。2012年シーズンのJ1昇格以降、九州でその地位を守り続けているクラブは、どんな考えを持って選手たちを育成しているのか。

「昨季、トップと契約した石川啓人、田川亨介はユース専用の寮生としては一期生になります。私たちは選手を育成するアカデミーについて他のJクラブの中でかなり遅れをとっていたと思うので、その足りない部分が少しずつ形になってきたと感じています」。
 
 そう語ったのは、ジュニアユース(U-15)の田中智宗監督だ。昨年は、チームを日本クラブユースサッカー選手権大会、高円宮杯全日本ユースサッカー選手権大会で優勝に導いた。
 
 Jクラブはそれぞれ根づく地域のタレントを預かる身になることが多いが、サガン鳥栖ジュニアユースも例外ではない。佐賀を中心に、福岡や熊本など各地の選手たちが集まってくる。

「ジュニアユースの選手については親元で過ごすのが基本です。ただ今回取材してもらったキャプテンの中村尚輝(4ページ目)は稀なケースです。入る前に話し合い、お母さんと一緒に熊本から鳥栖に引っ越し、こちらで暮らしてもらうことで合意しました」。

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セレクションで重要視していること
 
 2018年度からの入団となるジュニアユースのセレクションは、去年の10〜11月の間に三次まで行われた。

「私たちはU-12というジュニアチームを持っていますから、ジュニアユースの選手はそこからの昇格組とセレクション組から構成されています。ただスカウトやU-12監督の佐藤(真一)から『いい選手がいた』と情報を受けたら練習に招待するようなケースもあります。でも、そういうことは一人か、二人かぐらいのものです。もちろん全くない場合もあります」
 
 では一体、選手を選ぶ時にどんなことを重要視しているのだろうか。

「私たちは『チームのためにハードワークをすること』をクラブ哲学として掲げています。具体的には、走り負けない、勝負にこだわる、球際で諦めないという核の部分は、すべての選手に当たり前に求めるものです。その上でテクニック、フィジカル、メンタルをバランスよく兼ね備えた選手であるかどうかをしっかり見極めるようにしています。セレクションは各カテゴリーのスタッフが集まり、みんなで判断しています。私たちは運よく長年サガン鳥栖のアカデミーで仕事をしているので、ボーダーラインの選手以外はあまり意見が分かれません。そこは私たちの強みであると思っています」

 一方で、ジュニアから昇格できない選手もいる。ただ選手の成長は一様ではないので、ユースでまたサガン鳥栖に戻ってくる場合だってあるかもしれない。そう考えると、彼らに合った受け入れ先をサポートするのも大切だ。

「はっきりとは言えませんが、ジュニアからはだいたい5〜10人が昇格しています。6年生は年に三回の面談があります。保護者を交えて話す三回目の面談で昇格の不可を伝えますが、そこでいきなり伝えるわけではありません。年間を通してコミュニケーションを図りつつ、まずは『本人がどこでサッカーをしたいのか?』を真剣に考えてもらっています。当然、昇格できない子たちには必要であれば、一人ひとりが希望するクラブにコンタクトをとるようにサポートは行っています」。
 
 クラブの育成指導者として、長年居続けることで関わりのあるクラブもたくさんある。その分、地域の指導者ともコミュニケーションがとれるのだ。それはサッカーの楽しさ伝える普及部門「サッカースクール」を展開していることも理由の一つに挙げられる。

「自前のスクールのほか、トレセンなどにも指導者を派遣しているので、私たちは様々なつながりを持っています。当然、トップの選手は学校へサッカー授業に行きますし、地方の一クラブとしては鳥栖を中心としたこの地域との関わりを大事にしています」。

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受け入れ後の選手育成は?その先の進路をどう考える

 取材した日、田中監督には練習後に話を聞くことになっていた。なので、すべてのトレーニングを見学していたのだが、クラブ哲学である「ハードワーク」については一人ひとりがかなりのインテンシティを保っていた。ぶつかり合いで倒れる選手がいれば、むしろ倒れる選手に「早く立てよ」という声が飛び交い、そこで負ける選手が悪いぐらいの雰囲気が漂う。
 
 またトップと同様、ジュニアユースも攻撃については最短距離で攻めるのが最優先のため、それぞれのトレーニングの中でパスの精度とスピードにこだわっていたのが印象的だった。

「私たちの練習時間は90分が基本です。その時間内はとにかく心拍数を上げて持久力を向上させるように意識しています。特にU-15年代は科学的にもフィジカルが伸びる成長曲線を描きます。だから、トレーニングの中で適正の負荷をかけることは心がけていることの一つです。それは結果的にクラブ哲学に関わってきますから。そういうことをベースに11人制サッカーになるため、グループ戦術の中でどのようにテクニックを発揮できるようにするのかを身につけさせています。最終的には、中学3年生になればチーム戦術の中で自分が生きる術を覚えていかなければなりません。私たちはそこを個々に応じて指導しています」。
 
 U-15年代は身長が伸び、体が大きくなる時期だ。さらに8人制から11人制とサッカーそのものも変わるため、小学6年生から中学1年生に上がるのと、中学3年生から高校1年生に上がるのとでは違いがある。
 
 そのため、チームの編成としてはU-13で1チームを作り、それ以外はAとBに分けてジュニアユース全体を構成しているという。ただ「1年生でも力のある選手は関係なくAやBでプレーさせています」と、田中監督は話す。「U-13に監督がいて、Aは私が、Bはコーチが見ていて、GKはGKコーチが専任でトレーニングにつているので一人ひとりに目が行き届くような体制を作っています。ジュニアやユースとも指導方針のすり合わせや選手に関する情報共有を行っているので、一貫指導も自分たちなりにはやっていました。先日、育成に定評のあるACAとパートナーシップを結んだので、これからもっと具体的な落とし込みをしていくつもりです」。
 
 ジュニアユース年代は精神的に多感な時期である。いわゆる思春期を迎え、高校受験を経験しなければならない。その中で、指導者にとってはサッカーとはまた別種の難しさがある。

「私たちジュニアユースのスタッフは選手が通っている全学校を回り、担任の先生とも話をしています。保護者を含めてトライアングルを組んで育成に取り組んでいます。練習の時は選手それぞれに必ず一回はコンタクトをとるように心がけていますし、変化を感じれば学校や保護者に連絡をとるようにしています。私たちが選手と一緒にいる時間は限られています。だから、遠征の時がコミュニケーションをとるいい機会なので有効活用しています」。
 
 全選手の学校に挨拶に行っていることは驚いた。が、これは当たり前なのかもしれない。すべての選手がユースに昇格するわけでなく、高校サッカー部を選ぶ選手もいるのだから。「進路指導は学校が行うわけで、私たちがやるわけではありません。『この成績では推薦が出せません』と言われたら、クラブも学校と連携しながら選手をフォローしなければならない。本人が努力することが前提ですが、私たちはみんなで選手を育てています」
 
 田中監督の言葉には選手たちに対する愛情がにじみ出ていた。サガン鳥栖のアカデミーには地方クラブならでは育成の一つの姿が見られた。

先輩はどんな進路を経験した?

中村尚輝選手(なかむら なおき)

サッカーを始めたのは小学校に入ってからですが、実際に入った「FCビッグウェーブ」はジュニアユースがありませんでした。小学校6年生に入り、夏頃に初めてサガン鳥栖の練習に参加したのですが、「そろそろ進路を考える時期だな」と真剣に進路と向き合うようになりました。僕は出身が熊本で、一番近いJクラブがロアッソ熊本ですが、地元を離れてでもサガン鳥栖でプレーしたいなと思いました。それ以降、何度か練習に参加をする中で入団が決まりました。ユース、トップとルートが見えているので、将来はサガン鳥栖の選手としてピッチに立ち、久保建英選手を超えて世界のクラブで戦いたいです。

中野伸哉選手(なかの しんや)

小学1年生の時に、3つ上の兄がサッカーに通うことになり、僕も一緒に始めました。進路を意識したのは小学6年生に上がってからです。地域にあった町クラブの「ファインルースサガフットボールクラブ」と「サガン鳥栖」の2つが選択肢としてあったのですが、高いレベルでプレーしたいとJクラブのセレクションを受けました。自分の特徴はスピードとドリブルで、サガン鳥栖にはそこを評価してもらえたのかなと思っています。サイドハーフとして裏に抜けるプレーは持ち味でもあるので、トップチームの田川亨介選手のような選手を目指しています。今後は、まずトップに昇格してJリーグで結果を残し、海外で活躍できるような選手になりたいです。

平島諒多選手(ひらしま りょうた)

保育園の頃にお父さんがFCバルセロナの試合を見ていて、「おもしろそうだな」と思って園のサッカースクールに通い始めました。小学校は「久留米FC」に所属していたのですが、「プロになりたい」という意識を持ってプレーしていました。たまたま小学6年生の頃に地域の大会でサガン鳥栖との試合があり、「スクールに来ないか?」という誘いを受けました。その後、練習参加の話をもらった時には自分の中で「サガン 鳥栖に入るためのセレクションだ」という意識があったので、とにかく球際と走力で負けないようにプレーしました。今後はユース、トップと昇格し、日本代表に選ばれることが目標です。その上で海外クラブに移籍できたらと思っています。


Vol.48

ジュニアサッカーを応援しよう!Vol.48

価格:1,320円(税込)

親子で考えるサッカー進路2018

●お子さんはどのタイプ? 性格別進路選択チャート
●恩師たちが語るJリーガーの進路◇小林悠/大島僚太
●Jクラブジュニアユースセレクション情報
●Jクラブへの進路 サガン鳥栖U-15
●中学進路選択のひとつ JFAアカデミー
●ジュニアユースクラブと中学サッカー部の選択
●私立中学校への進路 東海大菅生高校中等部サッカー部
●思春期に向き合いたい 子どもとの関係性づくり◇田村節子(スクールカウンセラー)
…etc。


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