「インテリジェンス」をどう育てるか? その答えは「環境」にある 倉本和昌×坪井健太郎 対談②【12月特集】
2018年12月19日
育成/環境12月の特集のテーマは「サッカーに必要なインテリジェンス」だ。第1弾のインタビューでは“コーチのコーチ”として活動し、スペインサッカーに精通している倉本和昌氏と坪井健太郎氏に“次世代選手”を育てるキーワードである「インテリジェンス」の意味について語ってもらった。第2弾のテーマは「インテリジェンスのある選手をどう育てるか」である。その答えのヒントとして二人の識者は「環境」をあげた。いったいどういうことなのだろうか?
【12月特集】サッカー選手に必要な「インテリジェンス」とは 倉本和昌×坪井健太郎/対談
取材・文●木之下潤 写真●佐藤博之、ジュニサカ編集部
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選手は過去の情報を引き出してプレーを選択する
――そうすると、「インテリジェンスのある選手をどう育てているのか」という次の本題になるところです。
坪井「環境と指導者の質というか、指導者が選手に求める内容がすごく大きいと思います。環境でいえば、例えばリーグ戦。チームというのは公式戦を毎週戦っていくことで、自分たちの戦い方が少しずつ構築されていくわけです。それも戦術メモリーというか、1試合ごとに記憶として残していくことでスペインの選手たちは経験値として積み重ねていきます。
それもまたインテリジェンスの一つになっていきます。
サッカー選手は過去の情報を引き出してプレーを選択していますから、毎週拮抗した戦いを行うリーグ戦の中からインテリジェンスのある選手が出てくる土壌があるのはすごく大きいと思います。指導者が与える情報と内容もリーグ戦ベースに沿ったものになるわけです。そこは日本の環境で、例えばチームの戦い方とかプレーモデルとかを突き詰めたものと、スペインをはじめとするヨーロッパの子たちが吸収している中身とが同じかといえば違います。それだけ環境の差は大きいなと思いますよね」
倉本「チームとしての共通認識が増えるということは、判断が必要なくなるからでしょ?こうだったらこうだよね。そういうのがどんどん試合を重ねるほど増えていくから、『わざわざ見て確認しなくてもこうだよね』という共通認識がどれだけ増えているか。ヨーロッパでは、全国高校サッカー選手権の緊張感が毎週続いているわけです。そう捉えると、相当レベルが向上しますよね。実際の高校選手権は負けたら終わりですが、ヨーロッパでは負けたとしても次に切り替えないといけない。『また次はどうするか』を一年間続けているのを、8歳の時から10年間戦っているわけです。リーグ戦を戦ったことがないと、リーグ戦の良さがわかりません」
坪井「スペイン人がすごいなと思うのが、リーグ戦を全30試合くらい戦うのに全試合の内容を覚えているんです」
倉本「そう。覚えてる」
坪井「やっぱり全試合に感情が入っているんです。記憶に残るということは感情が強く入っている証拠です。練習試合の内容は覚えていないけど、リーグ戦の内容は覚えています。それは選手も同じです。『あの時は自分たちが引いてカウンターがやっていてうまくいった』『でも、最後は崩されてクロスでやられた』とか。記憶に残っていくからインテリジェンスにつながっていくという点では大きいよね。『すごいな、よく覚えているな』って思います」
――これは脳科学的にも「感情の振れ幅が大きいほど引き出す記憶の優先順位が高くなる」ことは証明されています。感情を入れるとか、負けたくないとか、そういう強い思いの中でどれだけ戦うかは重要なことです。
坪井「日本は練習試合の方が多いの?」
倉本「圧倒的に多いよね」
坪井「それだと記憶に残っていかないよね」
倉本「高校も、重要度でいえばリーグ戦よりトーナメント戦の方が優位になったりするから」
坪井「10対0の試合なんか覚えていないよね?」
倉本「憶えていないよ」
坪井「拮抗した2対1の試合なら、3点ともどういう原因で点が入ったのかって覚えています」
【スペインではピッチを俯瞰して見ることができるスタジアムが多い】
プレーを見る時、俯瞰の目と主観の目をどうリンクさせるかが大事
倉本「ようやく(日本の)ユース世代は『リーグ戦が整ってきたけど』って感じです。試合分析セミナーでも参加者に伝えていますが、環境の整備でいえば、なぜ分析がうまくいかないのかの一番の要因はスタンドがないからです。小さい頃からヨーロッパでも南米でもちょっと高いスタンドから試合を見ています。お父さんとかが『ほら、あいつのあのプレーを見てみろ』『あそこのスペースでやられるぞ』と話しています。子どももお兄ちゃんのプレーを見ながらもチームみんなの動きを見て応援しています。
小さい頃からそうだから、俯瞰する目と自分が主観する目がリンクしています。
日本人はリンクしきっていません。コーチが主観の目で選手に対して『ああー』となった時には、実は『システムが変わっていた』とかあります。それって『なんでなのか』とツボケン(※倉本氏が呼ぶ坪井健太郎氏の愛称)と話した時にパッと思ったのが『スタンドから見る機会があまりないからだ』と。監督はベンチレベルで見たことがつながらないんです。どのスペースが空きそうとか、この相手はずっとズレているとか」
――ヨーロッパに行くと、アマチュアレベルでも会場にスタンドがあります。
坪井「それさ、スペインではずっとスタンドで見る環境があって、日本に戻ってきたけど俯瞰と主観をリンクして見られるわけでしょう?」
倉本「見られるよ。それは経験しているから」
坪井「それは鍛えられるということですよ」
倉本「僕がサポートしているコーチで悩んでいる人はいます。どうしても主観で見てしまって、全体が見えないとなってしまうから。どうやったら見えるようになるのか?それは作戦ボードを目の前に置いて22人を全部見えた通りに配置してみるんです。そうするとフリーマン、フリースペースがわかる。ある部分の切り取りになりますが、でもその瞬間は少なくとも全てを把握しなければなりませんから客観視しています。
だいたい主観になったら作戦ボードを動かすことを忘れているんです。
試合中に何度もボードと戦況を確認しながら、そうやって指揮を執ることを10試合くらい繰り返しやって、それを続けたら俯瞰と主観がつながるようになります。途中で、僕が「相手のシステムが変わりましたけど、気づきました?」と聞くと「えっ?」となるけど、それを繰り返していくうちに気にするようになります。
勝ってるから相手が変えてくるんじゃないか?
負けてるから相手が変えてくるんじゃないか?
その状況に応じてこのままで相手が来るのかな?
じゃあこっちはどう仕掛けようか?
そういうふうに落ち着いた目線で見るようにならないと、ずっとボールを追いかけてしまうし、『またあいつミスって』と主観が入ると余計に感情に引っ張られてしまうから」
――客観視する機会を少し増やしてあげると、全体を見ようとする意識が高まります。坪井さんは帰国時に大学リーグやJリーグの分析セミナーを実際の試合を見ながら開かれていますが、どういうふうなことを参加者にされているのですか?
坪井「まずは攻撃のところで言えば『こういうプロセスがありますよ』とか、『保持があって、前進があって、フィニッシュがあって』というような構造をきちんと細分化して体系化づけていく前提知識が必要です。ピッチ上で起こっている現象は4つの局面が回っているよ、その上で攻撃は3つのことがあるよ、と。守備も『誘導して、縦パスを狙って、奪って』というような順序があります。そういうアカデミックな、論理的な知識を持った上でゲームを見るのと、前提知識がないまま見るのとでは分析の仕方もわかりません。僕は講習会でゲームの見方、論理的な見方を伝え、見てもらえるようにはしています。ただ『足りないのは実践かな』と思います。理論を教えて本人はやるけど、そこに対してフィードバックを受ける機会が日本にはないので。やはり理論と実践が両方回って、初めて指導者のスキルとして本物を獲得できると思います。日本ではなかなかフィードバックをしてくれる人がいないもんね」
【長年、スペインの育成年代のカテゴリーを指導している坪井健太郎氏】
【スペイン上級ライセンスを日本人最年少で取得し、Jクラブの育成組織での指導経験を持つ倉本和昌氏】
自分の考えを外にさらすことでアップデートする環境が日本にはない
倉本「だから、リーグ戦がいいわけです。スペインだと『これは大事な試合だ』というと、育成部長も含めてスタッフ全員がリーグ戦を見ています。当然、試合が終わった後にはああだこうだと話をするし。もちろん日本でもありますが、あまりサッカーのことに触れられたくないという雰囲気を受けます。『どう思いましたか?』と聞かれたことに、本当のことを言ったらショックで口を聞いてくれなくなります。さすがに、今はないけど!うわべで『どうでした?』と聞いて、本当のことは触れてほしくない。「まぁ、良かったんじゃないですか」と言ってほしそうです。そこで『これとこれとこれが良くないです』と言ったらムンクの叫びみたいになる(笑)。でも、『それを聞きたかったのでは?』と思います。そういうディスカッションをしないし、できる人が少ないです」
坪井「攻撃していると思っちゃうの?」
――それもあります。私がコンサルしている町クラブではトレーニングのこともディスカッションしますが、そういう人がほとんどです。
倉本「そういうのに弱いかな」
坪井「そういう国民性もあるよね。言われ慣れていないから。コーディネートしている側が非常に気を使います。日本人との接し方は非常に難しいですよ」
――どうやって傷つけることなく話そうかと考えてしまいます。本来はそういうことを取っ払って話した方が早く解決するのに、私情を挟んでしまいます。でも、挟めば挟むほど議論から離れて行ってしまいます。
坪井「カズ(※坪井氏が呼ぶ倉本和昌氏の愛称)はそのあたりどうなの? スペインから帰ってきてしばらく経って、日本人は『こういうふうなメンタルのコントロールしながらやればいい』というのは見つけた?」
倉本「言葉で言ったら『信頼関係を作る』だけど、『安心安全』を感じさせないと何を言ってもダメ! だったら、安心安全をあっちが感じてくれるまでは何かアクションを起こしてもダメ!うまくその関係を作れると向こうから『教えてください』と言われるようになるから『わかりました。言いますよ』と伝えた場合は『ありがとう』になる。『こう直せばいいというところまでわかる』から。でも、そこまでの人は本当によくなりたいと思っている人。だから勉強にくるし、そうじゃない人が問題になってくる。そういう人は話が、サッカーの話ができない」
坪井「この間、日本の若い指導者がスペインに来て、理論の講義と指導実践をやってもらいました。知っていることとできることは違いますが、どれだけできるかをジャッジして、僕はアテンドしながらフィードバックを投げるコーディネーター役を務めさせてもらいました。その時は結構厳しく言いました。でも、若い子たちはよくなりたい思いが大きいし、海外にわざわざ来て研修を受けたいくらいの指導者だから最低の前提条件はクリアしています。日本の若い子たちは本当にハングリーです。
でも、それはなぜか?
そう考えると、日頃から日本の育成現場で権限を与えられていないからではないかと思いました。例えば、少年団であればアシスタントをやっているだけとか。僕が思うに、意外と発掘すれば伸びる若い指導者はいると感じています」
倉本「熱のある子はいるけど、メインの指導側に行けない環境ね」
坪井「スペインでは高校生の年代でも自分でプレーもしているし、監督もしている。指導できる環境があるから、ここも大きな差だと思います」
――自分の考えたプランやトレーニングを実践してのトライ&エラーをきちんと経験できているかどうかはかなり大きいです。
坪井「結局、それもインテリジェンスにつながっていきます。記憶が残って戦術メモリーが高まっていくから。指導者のレベルも上がれば選手のレベルも自然に引き上げられるので。インテリジェンスのある選手を育てようと思ったら、指導者がそう成らざるを得ないと思っています」
ただリーグ戦環境自体も今後どれだけの時間短縮して次に持っていくのか。10年、20年かかるんじゃないかと思って、どうやって指導者のレベルを引き上げたり、10年先のインテリジェンスのある選手を育てたりしたらいいか?どこから手をつけたらいいのか?そこを伝える側としてはもどかしいです」
倉本「最高の教材がいるじゃないですか?」
坪井「どういうこと?」
倉本「イニエスタのプレーを見ること。ボールを持っていない時の彼の動きを見るのが最高の教科書。言った方がいい!ボールを持っていない時の動き、周囲との関係性を観察しましょう、と」
――まさに最高の教科書です。イニエスタについては読者の皆さんも興味があるので、もう少し触れて欲しいです。
【12月特集】サッカー選手に必要な「インテリジェンス」とは 倉本和昌×坪井健太郎/対談
<プロフィール>
倉本 和昌(くらもと かずよし)
高校卒業後、プロサッカーコーチになるためにバルセロナに単身留学。5年間、幅広い育成年代のカテゴリーを指導した後、スペイン北部のビルバオへ移住。アスレティック・ビルバオの育成方法を研究しながら町クラブを指導し、2009年にスペイン上級ライセンスを日本人最年少で取得。帰国後、大宮アルディージャと湘南ベルマーレのアカデミーコーチを計8年間務めた。現在はスペインと日本での経験を活かし「指導者の指導者」として優秀なコーチを育成するサポートをしている。
坪井 健太郎(つぼい けんたろう) CEエウロパユース(スペインユース1部)第二監督
1982年、静岡県生まれ。静岡学園卒業後、指導者の道へ進む。安芸FCや清水エスパルスの普及部で指導経験を積み、2008年にスペインへ渡る。バルセロナのCEエウロパやUEコルネジャで育成年代のカテゴリーでコーチを務め、2012年には『PreSoccerTeam』を創設し、マネージャーとしてグローバルなサッカー指導者の育成を目的にバルセロナへのサッカー指導者留学プログラムを展開。2018年10月には指導力アップのためのオンラインコミュニティ「サッカーの新しい研究所」を開設した。著書には『サッカー 新しい攻撃の教科書』、『サッカー 新しい守備の教科書』(小社刊)がある。
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