監督が「チャラけて」選手のバリアになる。興國高校サッカー部がプロを輩出し続ける秘密

2019年01月25日

コラム

つらい思いを何度もした

――そうはいっても興國の監督になる時は相当の苦労があったと?

「僕が監督の話をもらったときは、新チームになるタイミングで選手が12人いました。うち7人が高校からサッカーを始めた選手だったんです。最初は引き受ける気がなくて断っていたんですが、理事長が『思うようにやってくれていい』と言ってくれました。

 当時僕は25才頃だったので、サッカーをやって15年そこらですけど、監督とコーチの摩擦は目にしたり耳にしたりしていました。若造でもいろいろと見てきた中で、自分のやりたいようにやれるチャンスに巡り合える環境はそうそうないな、と。それと自分の気心の知れた指導者を呼んでいいとも言ってくれました。

 失敗するにしても、強豪校を預かって10のものを8や9にして批判されるより、0や1のものを5にしろと言われているというふうに考えれば、失敗なんてどうってことないな、と。性格的にも引き継ぐより、自分で作るほうが、というのもあります」

――興國で強化を始めて何年くらいでそこそこのチームを作れるという目算ありましたか?

「目算なんかなかったです。ただただ中学のチームに足を運んで、こういうトレーニングをやるからと体験してもらって、そこから選手に親を説得してもらうという作業を繰り返していました。

(指導者のところにいっても)渡した名刺をそのまま『ハイ』って返されたこともありますし。大会の本部に挨拶にいって色んな先生に名刺渡して、一日が終わる頃にもう一度挨拶にいったら、机に名刺が置いたままなんていうのはざらでした。パンフレットをゴミ箱に捨てられたことも。

 つらい思いは何度となくしましたけど、それでも共感してきてくれる子がいることがエネルギーでした。後は野洲高校の山本先生が特化したことをして、ああなり始めたことを早い時期に知ったので、今のスタイルに行き着くのは加速しましたね。泥水は死ぬほど飲みまくりしました」


【内野智章監督インタビュー第2回】日本で「人と同じことをやっていても選手は育たない」。それが興國の流儀


 

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