「勝利か? 育成か?」 勝つだけでは得られない“スポーツの意義”を教育的観点から切る【サッカー外から学ぶ】
2019年07月25日
育成/環境
【花まる学習会の代表を務める高濱正伸氏】
スポーツを通して得られる、人生を生き抜くための力
相次ぐ不祥事や体罰、暴行事件などで弊害が指摘されている部活動だが、実社会に出ることを前提とした、生き抜く力を育てることに注力する高濱さんの見方は少し違う。自身の高校の野球部での経験も今に生きている、それをそのまま子どもたちに当てはめない限り、学びはあるというのが高濱さんの考えだ。
「“やりきる力”はスポーツで身につけるのが一番いいと思っています。野球部だった私は、そこまでうまい選手ではなかったことが逆によかった。なぜか? 中学時代はバレーボール部だったし、高校から始めたのでプロ野球選手になれるとは夢にも思っていませんでした。でも、自分に課す課題としてはちょうどいいなと思っていました。先輩たちを仰ぎ見ながら練習に励めるんです」
高濱さんが所属する高校野球部は、高1の秋から部員が9人しかいなかった。
「運のいいことに、ド素人の私が常に試合に出て、自分のアイデアをすぐに試すことができたんです。高校野球、甲子園を目指している先輩たちのレベルから見たら自分は下手だけど、先輩たちのようになりたいという目標を持てた。どうやればエースの先輩みたいに球が速くなるかなと工夫するようになったんです。高2の秋に、ボールを自分のグローブに叩きつけるようにするトレーニングを300回やると球が速くなると教えてもらって、ひと冬、毎晩1000回以上やっていたんですね。
科学的に根拠があるかどうかは別として、春になったら本当に球速が上がっていたんです。県大会ベスト4に入るような先輩に、『速っ』『すごいじゃん』と言われた。もしかしたら、あれが人生のピークかもしれません(笑)。コントロールや投球術は別なので、三振かデッドボールみたいなピッチャーでしたけど、これは上に目標を持って自分なりに結果を出した例。甲子園やプロを端から目指さなくても、スポーツを通してこういう成長の過程を体験できるといういい例だと思っているんです」
試合に出て試せる。高濱さんは、たまたま9人しかいなかった野球部で自ら研究して、実験できる場を手に入れられたことが成長につながったという。サッカー界でも補欠ゼロ、全員出場のスローガンを掲げているが、こうした流れ自体は間違いではない一方で、補欠も学ぶことがあるのが人生、という考えもある。
「補欠ゼロ。いいじゃないですか。全員出場もいいですよね。100人選手がいたらランク別に10チームあって、それで全員出るというのはいいですよ。だけど、補欠だってマネージャーだっていいんです。うちは企業採用で運動部のマネージャーを積極的に採用しています。人のために生きることってなかなか学ぶ機会がないし、『この人たちが活躍するためにどうすればいいか』という視点って、選手たちは持ち得ないんですよね。補欠もつらいからこそ内省するし、哲学するんですよね。仕事だって、周りを見渡せば実際やってみたら絶対に敵わないと絶望したくなるような人だらけなんですよ。だけど、自分の役割を見つけたら、他人との競争じゃなくなる。自分の強みを磨く意味でもスポーツは場を提供してくれます」
サッカーを通じて何を得られるか。サッカーを上達させるのが本筋なのは変わらないが全員がプロ選手になるわけではないことを考えれば、サッカーを通して何を学び、何を身につけたいかも大切な要素。教育のプロから見ても「そこでしか身につけられないものがある」ということは、胸に留めておきたい。
勝利か育成か? ではなく、勝利からも敗北からも、成功からも失敗からも、成長につながる学びは必ずある。サッカーコーチは目の前の勝利だけを追うのではなく、また、育成という言葉をエクスキューズにして勝利から逃げるのでもなく、毎日の練習、試合、サッカーのグラウンドから何を得られるか、子どもたちに何を学んでもらえるかを考えることが求められている。
<プロフィール>
高濱正伸(たかはま・まさのぶ)
花まる学習会代表・NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長。1959年、熊本県生まれ。東京大学農学部卒、同大学院農学系研究科修士課程修了。93年に「メシが食える大人に育てる」という理念をもとに学習塾・花まる学習会を設立。算数オリンピックの委員、日本棋院の理事も務める。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』(青春出版社)、『小3までに育てたい算数脳』(健康ジャーナル社)など著書は多数。
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