ヴェンゲルと岡田武史。2人の名将が語る“日本人がいまだ乗り越えられていない課題”
2019年10月31日
育成/環境10月24日、名古屋グランパスやアーセナルで監督を務めたことで有名なアーセン・ヴェンゲル氏による基調講演会が開催された。2部制となった本イベントにおいて第2部のテーマとなった「日本サッカーを強くする方法」では、ヴェンゲル氏と元日本代表監督・岡田武史氏の“BIG対談”が実現。22年間イングランド・プレミアリーグの強豪クラブ・アーセナルを率いたフランス人の名将は、日本屈指の知将と一体何を語り合ったのだろうか。なお司会はフィリップ・トルシエの通訳を務めたこともある、スポーツキャスター、スポーツジャーナリストのフローラン・ダバディ氏。今回は、トーク内容が日本のサッカー指導者にとって示唆に富んだ言葉が多く飛び出した、貴重なイベントの模様を2回にわたり全公開する。
取材・文●内藤秀明 写真●内藤秀明、Getty Images
ヴェンゲルと岡田武史の知られざる交流とある約束
フローラン・ダバディ(以下、ダバディ): それでは第2部はゲストに岡田武史さんを招き、「日本サッカーを強くする方法」をテーマにお話ししていただきます。お2人とも、よろしくお願いします。
岡田さんはアーセン・ヴェンゲルさんと以前から交流があるそうですが、ヴェンゲルさんの標榜するサッカーにどのような印象をお持ちですか?
岡田武史(以下、岡田): (1996年にプレミアリーグ・アーセナルの監督に就任し)当時最先端だった華麗なパス回しを中心としたポゼッションサッカーで、イングランドを席巻しましたよね。エキサイティングで、知的なサッカーをするといった印象を持っています。
…褒めすぎかな?
でもここ吉本興業が普段使っている会場(※ヨシモト∞(むげんだい)ホール)ですよね?雰囲気が少し暗くないですか?ユーモアも必要でしょう。
アーセン・ヴェンゲル(以下、ヴェンゲル):大丈夫。私もコメディアンだからね。(笑)
ダバディ:岡田さんは日本代表を始め、これまで様々なクラブでキャリアを積んでこられてきましたが、キャリアにおいてプレミアリーグとのつながりは何かありましたか?
岡田:僕は若い頃、毎年ヨーロッパサッカーのオフシーズンにユヴェントスに(監督業について)学びにいっていました。マルチェロ・リッピやカルロ・アンチェロッティが監督を務めていた(1994〜2001年)頃ですね。
でもイングランドとはあまり縁がなかったんです。選手として現役だった頃にウェストハム・ユナイテッドに留学で練習しに行ったことはありましたが。
ただヴェンゲルさんとは一つ約束があるんですよね。覚えていますか?
ヴェンゲル:「一緒にスタジアムの隣に作った老人ホームに入ろう」だったっけ?(笑)
岡田:(僕が日本代表の監督を務めていた)2010年の南アフリカW杯の前にヴェンゲルさんのもとに練習を観に行って、そのあと少しお話したんです。すると、彼が「お前、(オランダ・デンマーク・カメルーンなど強豪だらけの)このグループ突破できるわけないだろう。セットプレーでドーンとやられて終わりだよ」と言ったんですよ。
そしてその後、「もしお前がこのグループを突破できたら、私が東京にビッグスタチュー(大きな像)を建ててやる」と続けました。覚えているでしょう?(笑)
ヴェンゲル:覚えているけど…、残念ながら今日はクレジットカードを持ってきてないから払えないね。(笑)
「主体的にプレーする選手が少ない」未だ大きな日本の課題とは
【2006年ドイツW杯 日本対オーストラリア】
ダバディ:2010年の南アフリカW杯の時、日本代表はカメルーンに勝ち、デンマークに勝ち、ベスト16まで勝ち進みました。岡田さんにとっては素晴らしい大会でしたが、それでも世界との壁はまだまだ厚いですよね。
岡田:今の日本代表のサッカーを見ても、以前と比べて確実に進歩してきたと思うんですよ。それでも一つだけまだどうしても乗り越えることが出来ていない部分があるんです。それが、「主体的にプレーする選手、完全に自立した選手が少ない」ということです。
そうなると、いくら能力の高いメンバーが揃って良いチームになっていたとしても、一度何か想定していなかったことが起こると一気に歯車が狂うんです。
例えば、ジーコ監督が率いていた(2006年ドイツW杯の時の)日本代表も本当に素晴らしいチームでした。直前に行われたドイツとの練習試合で、開催国相手に2-2で引き分けましたが、ほとんど日本の勝ちゲームでしたからね。
それでも初戦のオーストラリア戦で1-3で逆転負けしてしまった後、リカバー出来ずに未勝利で敗退してしまいました。
アルベルト・ザッケローニ監督が率いていた(2014年ブラジルW杯の)時も同様に、日本代表はとても素晴らしいチームでした。直前の強豪国とのテストマッチでも好成績を収めていたほどですからね。
それでも初戦のコートジボワール戦に1-2で敗れた後、これまたリカバー出来ずにそのまま未勝利で敗退してしまいました。
「主体的にプレーできている選手」が多ければ、何か想定していなかったことが起きたとしても、選手それぞれが考えて行動し、その困難を超えることが出来ます。
以前、ヴェンゲルさんが日本に訪れたとき、僕ら指導者はまず、「どうして日本人は皆『ここではどうプレーするべきですか?』と聞くんだ?それを自分で考えるのがサッカーだろう」と言われました。
確かに当時の僕らは「ここでボールを受けたら、ここに蹴れ」という風に指導していました。
「そうだ、自由を与えなければいけないんだ」と気づいて、それから高校生の年代の選手に、「チーム戦術」を教え込むようになったんです。
ヨーロッパではそもそも「チームのプレーモデルや原則」を教え込んだ上で「自由」が与えられていたんです。
最初から何もない状態で「自由」だけを与えても、選手はどうすればいいか分かりません。
そもそも何か「制約」や「ルール」が前提としてあって、個人でそれを状況に応じて破ったり変えたりしながら、プレーしていかなければいけない。
でも、日本にはそういう「基本となる原則やルール」がありませんでした。だからいつまで経っても同じ失敗を繰り返すのではないか。そういう結論に至りましたね。
なんとかして「主体性を持った選手」を育てたい。僕は(今オーナーを務めている)FC今治で、今その課題の克服に取り組んでいます。
ヴェンゲル:日本人は何か決断や判断を下す際、最後の一歩を踏み出す自信が足りないんだと思います。なぜ足りないのかというと、メンタルの部分ですよね。
どんなプレッシャー下でも「大丈夫、自分ならできる」という自己肯定感を持つこと。自分の今までの成功を糧に、一歩踏み出す勇気を持ち、困難や恐怖に打ち勝つこと。これらが必要ですね。
ラグビーイングランド代表は2015年に開催されたラグビーW杯で開催国であったにも関わらず一次リーグで敗退してしまいました。その時に選手それぞれが自身に秘めたトラウマや恐怖を口に出して話し合ったそうです。
それによって己の中にある恐怖に打ち勝ち、次の大会へのエネルギーに変えたとのことです。そういう行為をすることによってメンタルを強くしていくのは重要だと思います。
ダバディ:今ヴェンゲルさんが仰ったように自身のメンタルを鍛える工夫を選手たちにさせるのは重要ですね。
ヴェンゲルが語る「理想の育成」と、そのための「良質なフィードバック」
【アーセナル時代のヴェンゲル氏】
ダバディ:一方で選手だけに限らず、W杯のような大きな大会だと、監督も計り知れないほどのプレッシャーを感じるでしょうし、今まで培ってきたものの全てを出し切らなければいけないですよね。
岡田:まず日本が初めて参加した(1998年の)フランスW杯は世界との間にとてつもなく大きな差を感じましたね。
当時、日本代表には海外プレーしている選手はいなかった。それに対して初戦の対戦相手であるアルゼンチン代表にはガブリエル・バティストゥータやアリエル・オルテガがいて…サインもらいたくなるような選手ばかりでしたよ。(笑)
他の国のスタートラインの10m後ろからスタートしているような感覚でしたね。
そして2010年南アフリカW杯の時にはかなり世界との差が埋まっていました。海外のリーグでプレーする選手も増えていましたし、加えて大きかったのはアンダーの世代でも強豪国と対戦する機会が増えたことですね。
そういう若い頃からの経験がどんどん積み重なって、世界とのスタートラインに近づいていったんですね。
例えば、個人の陸上100m走であれば、日本は絶対に世界に勝つことは出来ません。それでも4人でバトンをつなぐ400mリレーであれば、日本は世界と互角に渡り合うことが出来ます。
今回のラグビーW杯でも、多くの人が「日本は絶対勝てない」と言っていました。まあ僕も南アフリカW杯の時言われてましたけどね…。(笑)
それでもラグビー日本代表は前評判を覆し、見事ベスト8まで勝ち進みましたよね。
サッカーでいうと、フィジカルやスピードなど、個人個人の能力は世界と比べて劣りますが、全員が一つになって勝ち切る強さが日本にはあります。
あとは先ほど述べた「主体性」さえ身につければ、もっと世界との差は縮まると思います。
ダバディ:少し「育成」に関するお話になりましたが、ヴェンゲルさんが考える「日本にとって理想的な育成」はどんなものでしょうか?
ヴェンゲル:「恐怖」がどこにあるのかと言ったら、個人個人の中に潜んでいます。その「恐怖」ではなく、「自分自身が何をするべきなのか」に目を向けなければいけない。
そして日本のサッカー界は、選手のパフォーマンスをどう引き出していくかを、複雑かつシンプルな体系を構築する必要があります。
例えば、私を含めてここにいるみなさんが、私の知っている優秀な20~22歳の青年たちと同じ”プラットフォーム”まで行きつくことができるでしょうか?
岡田:今言ったプラットフォームというのは、文化という意味でしょうか。
ヴェンゲル:そうですね。ここで言う”プラットフォーム”は彼らが置かれている文化的な環境という意味です。これはサッカーに関わらず人間としての環境にも関わってきます。
多くの選手は自分の思い描くプレーと現実との乖離に直面します。その際には理想とのギャップに気が付くことが必要です。その上で選手が自分のプレーを自分の力で変えていくことが求められる。
選手たちがこのように成長できる”プラットフォーム”、つまり「環境」を創り出すことが重要です。
ダバディ:人間が無意識に持っていて気づいていない力を、他の誰かが引き出していかなければいけない。あるいは自分で気づけるように仕向けていかなければいけない、ということですよね。
岡田:ただ、日本の「文化」や「環境」は、ある意味スポーツ選手の成長に向いていないかもしれません。
例えば、日本で子どもを持つ親が子供のサッカーの試合を観にいく場合、試合中ものすごく応援しますよね。「いけいけー!頑張れー!」と。
僕はドイツに住んでいた時期があるのですが、それはドイツでも一緒で、ドイツ人の親も子どもの試合中にすごく声を出して応援するんですよ。
ただ試合が終わった後の反応に違いがあって、日本では負けた場合、「なんであそこでシュートを打たなかったんだよ!」という風に親も一緒になって悔しがることが多いです。
でもドイツだと「良い試合だったぞ!」と必ず褒めるんですよ。
この辺の違いも文化の違いだなと思いますね。
ヴェンゲル:その話でいうと、効率の良いフィードバック(振り返り)には特徴があって、「1つのネガティブな意見を相手に伝えるには、同時に3つのポジティブな意見を伝えなければいけない。でないと言われた相手は聞かない」とよく言われています。
その一例を今見せますね。
『フローラン(ダバディ)君、今日君はとてもカッコいいスーツを着ているし、ネクタイもキマっているね。加えて会の進行も素晴らしいよ。…だけど、質問がもう少し上手ければよかったね』
こんな感じですね。
ダバディ:(いくら褒められても、そんなことをイベント中に言われると)心折れちゃいますよ。(笑)
ヴェンゲル:人間はやっぱり「楽なことをしたい」「苦労がかからないことをしたい」と思う生き物です。トップクラスのアスリートが他の人と何が違うのかと言うと、フィジカル的な能力や技術的な能力ではありません。
「今自分が何をするべきなのか」をしっかり理解していて、自分の「今」と「理想」のギャップを埋めるすべを知っている。そこが決定的な違いです。
サッカークラブは「組織」ですが、その組織は必ずしも統率されているとは限りません。だから組織に頼らず1人1人がしっかり考えていかなければいけないのです。
>>後編は11/7(木)配信予定
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