「知ることを止めた瞬間に終わり」。名将たちが語る“サッカー指導論”

2019年11月07日

育成/環境

10月24日、名古屋グランパスやアーセナルで監督を務めたことで有名なアーセン・ヴェンゲル氏による基調講演会が開催された。2部制となった本イベントにおいて第2部のテーマとなった「日本サッカーを強くする方法」では、ヴェンゲル氏と元日本代表監督・岡田武史氏の“BIG対談”が実現。22年間イングランド・プレミアリーグの強豪クラブ・アーセナルを率いたフランス人の名将は、日本屈指の知将と一体何を語り合ったのだろうか。

前編 【ヴェンゲルと岡田武史。2人の名将が語る“日本人がいまだ乗り越えられていない課題”】

取材・文●内藤秀明 写真●内藤秀明、Getty Images


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「遺伝子のスイッチが入る瞬間が少ない」日本が環境面で抱える根本的問題
 

フローラン・ダバディ(以下、ダバディ):この流れで岡田さんに質問させていただきますが、スポーツは「競争」ですが、個人なりチームなりに対して、「勝者のメンタリティが失われている」と思う瞬間はありますか?

岡田武史(以下、岡田):これはサッカーに限らず、もっと深い「人間の性質の話」になってしまうのですが、ある生物学者の方が、人間の先祖は氷河期や飢餓期を超えてきたから、現代の人間もすごく強い遺伝子を持っているはず、という話をされていました。

ただ現代の日本のような、これだけ便利で快適で安全な社会で暮らしていたら、「遺伝子のスイッチ」が入る瞬間が無いんです。

例えば一つの公園で誰かがケガをしたら、その公園の全ての遊具が撤去されてしまいます。

「遺伝子のスイッチ」が入る瞬間というのは、何かの危険や困難にさらされて、それを乗り越えなければいけない時です。

ただ、これほどまでに出来る限り「困難」をなくして、何もしなくても生きていけるようになった社会では、その瞬間は中々訪れませんし、メンタリティの強い人間は中々生まれませんよね。

僕はありがたいことに98年のフランスW杯予選で大きな「困難」にさらされました。

フランスW杯に向けた最終予選の最中、(日本代表が予選敗退濃厚になったことにより97年の10月に)当時の加茂周監督が更迭となり、急きょ僕が監督を務めることになりました。

当時僕は41歳で、コーチの経験ならありましたが、監督の経験がなかった。もちろんその時はものすごい数の批判的な声が聞こえてきました。

僕はまさか有名人になるなんて思ってもいなかったから…電話帳に家の電話番号を載せていたんです。そしたら脅迫電話が止まらないんですよ。(笑)

家の前には24時間パトカーが止まっていて、妻が毎日子どもの学校の送り迎えをしていましたね。

そして(イランとの第3代表決定戦を行うためにマレーシアの)ジョホールバルに行った時、妻に電話して

「明日もし勝てなかったら、俺は日本に帰れない」

と、言いました。

その後、極度のプレッシャーにさらされた僕は「もういい!今の自分に出来ることは持てる力を出すことだけだ。それでもし勝てなかったら、自分の力が足りなかっただけなんだからしょうがない。謝ろう!悪いのは自分じゃない!自分を日本代表の監督に任命した人だ!」…と吹っ切れました。

そう思った瞬間におそらく「遺伝子のスイッチ」が入ったんでしょうね。自分の人生が変わり始めました。怖いものが無くなって、人にどう思われるのかを気にしなくなったんです。ただそういう経験ができる環境をどんどん社会が無くしていっていますよね。

でもヨーロッパには、まだそういう環境が日本よりは残っているんです。人の幸せって、「便利・快適・安全であること」ではなくて、「何かの困難を乗り越えて成長すること」だと思うんですよね。

アーセン・ヴェンゲル(以下、ヴェンゲル):岡田さんが良い例を出したように、選手と同じように監督もプレッシャー下で良い結果を出すことが求められていますし、全てを出し切らなければいけないんです。

監督も選手も、プレッシャーがかかった状態だと、「逃げるか立ち向かうか」の二択しかありません。
そして、もし立ち向かって負けてしまった場合でも、「負けないために何をしたらいいか」ということが俯瞰で見えてくるんです。

「怖い」と感じるのは自然なことで、重要なのは立ち向かった後に「どこに問題があったのか」を考えること。これに限ります。

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【1998年フランスW杯で日本代表を指揮した岡田武史氏】

 
知ることを辞めてはいけない…岡田武史が語る「監督が終わる瞬間」
 

ダバディ:とはいえ、高いモチベーションを持ちながら、リラックスして勝負に挑むのは本当に難しいですよね。

少し話を変えて、ヴェンゲルさんと岡田さんには共通点があって、2人とも哲学的なお話が好きですが、それと同時にテクノロジーやサイコロジー(心理学)の話も好きですよね。

ヴェンゲルさんはプレミアリーグにテクノロジーを持ち込んだ第一人者と言われています。栄養面やトレーニング面で、最新の技術を取り入れていました。

テクニカルスタッツ(情報分析による細かいデータ)もヴェンゲルさんは大好きでした。

話によると、ボールを受ける前に選手が何回首を振って周りを確認しているのかをノルウェーの大学に研究させたらしいですね。

サッカーの監督という仕事はそういう新しい技術を使うことでまだまだ進化出来ますし、無限の可能性を秘めていますよね。

岡田:僕はとてもじゃないけど、ヴェンゲルさんの域には達していないですよ。(笑)

ただ普段から、監督はどんなレベルでも、「知ることを止めた瞬間に終わってしまう」と考えています。

僕が若い頃、毎年(シーズンオフに)ユヴェントスに学びに行っていたのは、新シーズンが始まった時に、また同じ選手たちを「グッ」と自分に引き付けるための新しい何かが自分にあるだろうか、と不安でしょうがないからです。

選手たちに「あ、また同じこと言ってるわ」と思われたくない。サッカーに関することでなくてもいいから、新しい何かを得たい。

「こうすれば勝てるな」と思う瞬間はもちろんあって、まあまあそれで結果も出るんです。ただその循環に入ってしまった瞬間に監督として終わってしまうんだろうなと思います。

だから僕はヴェンゲルさんはすごいと思うのは、あれだけ長く同じチームを指揮したということですね。

(ヴェンゲル監督は、1996年にプレミアリーグのアーセナルの監督に就任してから2018年に退任するまで、実に22年間もの長い期間指揮をとった)

一度(マンチェスター・ユナイテッドの監督を27年間務めた)サー・アレックス・ファーガソンさんに、「どうしてそんなに長く同じクラブの監督を務められるのですか?」と聞いたとき

「(問題があったら最後は)選手をきるか、私が出て行くかだからだ」

と、答えました。日本人の監督の場合、なかなか中心選手を追い出すことが出来ませんよね。

そんな中、ヴェンゲルさんはそれほど中心選手を追い出すわけでもないのに、あれだけ長く(アーセナルの)監督を続けられましたよね。

ヴェンゲル:トップレベルの選手たちにモチベーションを与えるのが私たちの仕事なのではなくて、各自が持っているモチベーションで各自が持っている「こうなりたいんだ」というイメージにどうすれば近づけるのかを気づけるよう手助けをすることが仕事なのです。

要は選手一人ひとりが、「内面の自分が本当は何を望んでいるのか」に気づくことが重要であり、その手助けをすることが監督の仕事なのです。初めからモチベーションがない選手にモチベーションを湧かせることは仕事ではありません。

選手に「こうなりたい」というモチベーションがある。でも監督がそれを助けてあげられない。そこにギャップが生まれてしまうことが大きな問題なんです。

 
日本ならではの「サッカー人気増加への弊害」とは
 

ダバディ:では、これまでのお話を出来るだけJリーグに置き換えて、Jリーグがこれから選手もクラブもサポーターも含めてヨーロッパと同じレベルに立てるようになるために、何が必要だと思われますか?

岡田:日本で新しいスタジアムを建設する時、よく「ヨーロッパではこうだ」「アメリカではこうだ」という話になります。僕は住んでいたからわかるのですが、ヨーロッパって、日本に比べて、週末やることが無いんですよね。

全てのお店が閉まっていて、数少ない選択肢の一つがサッカー場なんです。

昔は危険な場所でしたが、特にドイツW杯後あたりから安全面が高くなり、スタジアムはより家族連れで行きやすい場所になりました。

アメリカも、人口の大半がカントリーサイド(地方)に住んでいるのですが、ヨーロッパと同じく週末やることがないんです。アメリカに住んでいる人はテレビを観るのが好きで、テレビにお金を払うことが多いですね。サッカーの放映権料も日本の10倍ですから。

加えてディズニーランドに行こうとしても、その日のうちに行けないですよね。何時間も車を空港まで走らせて、フロリダまで行かなければいけませんから。

対して日本は、週末にやることだらけです。大体のお店が開いていますし、すぐにディズニーランドへ行ける。

そうなった時に、「サッカー面白いですよ」とアピールして、サッカー場へ多くの人に足を運んでもらうことは出来るのか。日本に適した新しい集客方法を考えなければいけないですよね。

ヴェンゲル:岡田さんのことが大好きですが、ヨーロッパで週末サッカー以外何もすることが無いというのは少し反対ですけどね。(笑)

 
名将2人が語る、ハイパフォーマンスを引き出すための方法
 

ダバディ:話を変えて、2020年に開催される東京オリンピックに向けて時間がありません。来年に向けて、日本代表はサッカーだけに集中する環境を整えていかなければいけませんよね。

ヴェンゲル:トレーニングには3つあって、トレーニングのためのトレーニング、競うためのトレーニング、そして勝つためのトレーニングの3つです。

勝つためには、プレッシャーにさらされながら「居心地の悪い状態」で、トレーニングしなければいけませんが、それを「居心地の良い状態」であると感じられるようになる必要があります。

例えば、オリンピックの準決勝に出場したフランスの100m走の女子選手が言っていたのは、「よーいドン」とレースが始まってどうやって自分が勝つかは想像していたけど、レース前に全選手が集まってライバルたちの顔を見ることは想像していなくて、その時に自分がこれから負けるのがわかってしまったということです。精神的にそこで負けてしまっていた。

岡田:サッカーでいうと、ロッカールームでの雰囲気と同じですよね。その日の選手の様子を見て、「あ、やばいな」と思ったら、あえて「ガーッ!」と強い言葉をかけます。反対に選手たち同士で良い雰囲気の中しっかり議論していたりすると、自信を持たせる言葉をかけて送り出したりします。
そこは選手の状況をよく見てその都度判断していかなければいけません。

ヴェンゲル:トップレベルの選手たちは、日々の生活やトレーニングの中でのちょっとしたディテールに対して気を配る必要がありますね。そうすれば、試合の時に余計な雑念が無く、自分が何に集中するべきかがハッキリします。

ダバディ:お2人にトップレベルのアスリートのハイパフォーマンスを引き出すための条件をお話いただきましたが、もちろんこれには日々の環境も大きく関わっていますよね。

少し話は変わりますが、ヴェンゲルさんはアーセナルのトレーニング施設を作る時に、日本の木造建築や土足で室内に入らない文化などを少し参考にしたらしいですね。

ヴェンゲル:確かに名古屋グランパスでトレーニンググラウンドを作った時のポイントをいくつか持ち帰って、(アーセナルでも)トレーニンググラウンドを作りました。

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2人が語る、サッカーの未来
 

ダバディ:では、最後にお2人にお聞きします。現代サッカーはますます、フィジカルが強く、展開もプレッシングも速くなってきています。

日本サッカーだけに関わらず、これからの世界全体の「サッカーの未来像」はどうなっていくと思われますか?

岡田:昔はW杯が開催されるごとに劇的に新しい戦術が生まれていました。サッカーはより速く、より強く、より正確に進化してきていますが、この流れはもう少し続くのではないかと思っています。

ただサッカーの進化には「ルールの大きな変更」も関わっていて、現代のルールの中では、ある意味サッカーは成熟仕切っているのかもしれません。

また、ルールの大きな変更があった時に、さらに劇的で新しい戦術が生まれるのではないのでしょうか。

ヴェンゲル:今、岡田さんがおっしゃった通り、現代サッカーは「テクニカル」と「フィジカル」の面では成熟しきっていると思います。

ただ、忘れてはいけないのは、「クリエイティビティ」です。

創造性を持った選手が試合に出場できなかったり、チームを追い出されたりする様子を最近よく見かけます。

フィジカル面の重要性があまりにも強くなって、「創造性」が殺されてしまうのは私にとって非常に残念でなりません。

サッカーはやはり「芸術」であり続けなけなければいけません。

我々監督は、選手たちに「フィジカル」「テクニカル」そして「クリエイティビティ」、この3つ全てを複合して「選手がするべきこと」を伝えていき、実践してもらう必要があります。

ダバディ:フィジカルやテクニカルの優れた選手やチームもありながら、それに対してクリエイティビティに特化した選手やチームもある。この2つが同時に存在するから面白いんですよね。

岡田:どっちが正しいかじゃないんですよね。みんながみんな同じだったら何も面白くない。色んなサッカーがあるから面白いんです。

ダバディ:ヴェンゲルさんと岡田さんには、これからもその自らの素敵な「哲学」を活かしながら、世界中のサッカーファンを魅了して欲しいです。

お2人とも、今日は貴重な時間をありがとうございました!


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