1対1で強くなるには「“戦い方のコツ”をたくさん知ること」
2019年11月18日
戦術/スキル「もっと1対1で勝てるようにならなければならない」。そう考えているジュニア年代の選手もたくさんいるのではないでしょうか。また、コーチやお父さん・お母さんにそう言われている選手もいるでしょう。では、1対1で勝つためには、どんな能力や練習が必要なのでしょうか? 11月2日(土)に開催したシュタルフ悠紀氏(Y.S.C.C.横浜 監督)によるジュニア向けクリニック『1対1に強くなる個人戦術【攻撃編】』のレポートからいっしょに考えていきましょう。
取材・文・写真●山本浩之
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伝えるべきことはいたってシンプル
11月2日(土)、「1対1が強くなる個人戦術の指導法」をテーマにしたジュニア向けのサッカークリニックが開催された。講師のシュタルフ悠紀リヒャルト氏は、ドイツ・サッカー協会公認A級(UEFA A級)ライセンス、日本サッカー協会公認S級ライセンスを取得し、2019年の今年、Y.S.C.C.横浜の監督として「明治安田生命J3リーグ」を舞台にトップチームの指揮を執る。同時に育成年代の指導の現場にも立ち続けており、現在もリーグ戦の忙しい合間を縫って、レコスユナイテッド、日独フットボール・アカデミーで指導する。子どもたちと向き合う時間を大切にしている指導者だ。
この日の会場は、横浜市港北区のあおばスカイフィールドだった。折しも、目と鼻の先にある日産スタジアムでは、ラグビーワールドカップの決勝戦が行われていた。上空を報道ヘリが旋回している。けたたましい羽音が、あおばスカイフィールドにも轟いていた。だが、そんな状況にあっても、シュタルフ氏の声はよく通る。決して声を張り上げているわけではないのに、少し離れたところにいても語尾までハッキリと聞き取ることができる。
「しっかりスピードに乗って、ディフェンスに向かってフェイントを仕掛けてみよう!」
1対1のトレーニングで、相手をドリブルで抜きにかかる子どもには、そう声をかける。子どもたちからしたら、わかりやすい言葉が、よく通る声に乗って耳の奥にまで届いて記憶に残る。また自分を見てくれているという安心感も得ることができるだろう。子どもたちはシュタルフ氏に返事をする代わりにプレーで応える。
シュタルフ氏のトレーニングは、いたってシンプルな内容だった。初めに行われた1対1は、コーチから出されたボールを受けた子どもが、守備の選手をかわしてからシュートを打つというもの。シチュエーションはサイドや中央に分けられるが、凝ったルールやよけいなギミック(仕掛け)は使わない。シュタルフ氏は、サイドでの1対1のときには、攻撃側のポイントとして“スピード”を挙げた。
「ここ(ディフェンスに近づく)まではスピードに乗っているんだけれど、ディフェンスの近くに来たらスピードを緩めてかわそうとする――これでは相手に追い込まれるよね。それよりもディフェンスに向かってスピードに乗ったドリブルをしてみよう。そうすることでディフェンスは動けなくなるでしょ。しっかりとスピードに乗ってディフェンスに向かってフェイントをする意識をしよう!」と説明しながらデモンストレーションを見せた。
“スピード”と同時に大切な要素となるのは“相手との距離感”になる。「ディフェンスとの距離が変わったら、やることを変えないとダメだよ!」とシュタルフ氏は子どもたちに状況判断を心がけさせた。相手の距離が近くても遠くてもファーストタッチでスピードを上げるのは同じだが、相手が近ければ、相手に向かうのではなく相手の動きを見てファーストタッチでかわすのがコツだ。
シュタルフ氏は、うまくいった子には「ナイス判断!」、うまくいかない子には「惜しいね。次はもっとスピードに乗ってみよう!」とワンポイントを付け加えながら、フットサルコート3面分のいわゆるソサイチ(7人制サッカー)サイズのコートを動き回っていた。30人近い参加者の様子をつぶさに見て「ディフェンスの子もチャンスを見逃さないで寄せてみよう」と守備役の子どもにもプレーに集中するよう促す。ディフェンスの強度が落ちてしまえばトレーニングの質が落ちてしまうからだ。
「最後はいいシュートを決めてよ、突破したらシュートも集中してよ、シュートを決めるのが楽しいんでしょ!」
攻撃側の子どもは相手をかわすことができたら、最後はシュートで締めくくるのだ。
休憩を挟んでからは、中央での1対1を行った。ポストプレーをしたり、相手ゴール前の狭いスペースで前を向いたりするためのコツを掴むトレーニングだ。
「相手を背負ったら、お尻で吹っ飛ばす感じだよ。パスが来たら吹っ飛ばす! ボールに寄るのではなく、その場で相手を吹っ飛ばす!」
そう言って、シュタルフ氏は手本を見せてくれた。相手との距離は、相手の位置が把握できるように手が届く範囲。相手がどちらにいるのか、手をアンテナにして位置を探る。初めに1対1のボールキープからスタートして、コツを掴んだら3対3になって両サイドと中央に1人ずつポジションを取ってトレーニング、さらに人数を増やしてミニゲームを行った。
プレーヤーが多くなっても局面での1対1は同じこと。それぞれの位置で今まで教わったことにチャレンジするわけだ。シュタルフ氏は子どもたちにチャレンジを促しながら、ミニゲームのプレーの中で、これまでのトレーニングを再現したようなシーンがあるとフリーズさせて解説する。「ゲームでは、こういう時に使えばいいのか……」と、さっきのトレーニングの記憶が新しいうちに子どもたちの体の中にインプットされていく。
1対1は“戦い方のコツ”を知っている方が勝つ
20時になって予定されていた全てのスケジュールが終わると、シュタルフ氏はまとめとして、次のような言葉を子どもたちに贈った。
「今日は『相手との距離を見て判断を変える』というのをやりました。相手が遠かったら向かっていく、逆に近かったらファーストタッチで相手の逆をとるということだったね。これは凄く簡単なことかもしれないけれど、試合でやるのは難しいよね。
試合(ミニゲーム)の時にチャレンジした人?
相手との距離を見ながら判断した人?
相手のことを手で探りながら、お尻でブロックしようとした人?
ちょっとずつチャレンジすれば、そのうちできるようになるからチャレンジしていこうね。当然、それだけが全てではなくて、みんないろんな判断をしていたよね。上手にフェイントで抜けたり、良いドリブルを仕掛けたりしていたよね。これから中学生や高校生になってレベルの高いサッカーをやると、良い判断をした方が1対1で勝つ確率が上がります。相手のプレッシャーが来ているのに、ファーストタッチで剥がしていなくても抜けることがあります。相手よりも自分の方がうまかったらテクニックで抜けるよね。
でも、うまい人同士で1対1になったときは“戦い方のコツ”をたくさん知っている人の方が勝つ確率は上がります。だから今日は、サイドとかの攻撃で『相手の距離を基準に判断を変えること』中央でボールを受ける時は『しっかりとお尻を使うこと』この2つ(の戦い方のコツ)を覚えたよね。それを、ぜひチャレンジしてください。
それから、みんなのプレーを見ていて思ったのは、とても静かにサッカーやるよね。ボールが欲しいときは、もっと要求した方が良いし。今日のように初めて会う人ばかりでも、しっかり要求した方が良いよ。失敗を恐れないで、どんどんチャレンジしていこう。サッカーが好きだったら、もっと楽しくプレーして、チャレンジを一杯してください!
みんなはこれから成長して大きくなるけれど、サッカーの練習をやりすぎてもケガをしてしまって、逆にサッカーができなくなってしまうから、自分の体の声をしっかり聞いて無理をし過ぎないこと。休むときは休まないと次に一生懸命できなくなる。そして、サッカーをやるときは楽しくチャレンジしよう!」
最後にシュタルフ氏は参加した子どもたち全員にプレゼントとして、自身が監督を務めるY.S.C.C.横浜のホームゲームのチケットを手渡した。――後日談ではあるが、この11月4日のアスルクラロ沼津戦は4-2で逆転勝利し、Y.S.C.C.横浜は2014年にクラブがJ3に参戦して以来、シーズン最多勝利数となる9勝目をあげている。――そんなことも忘れずに書いておきたい。
ところで、この日のシュタルフ氏のクリニックは定員数の20名を上回る40名近くの申し込みがあったのだとジュニサカの高橋編集長が教えてくれた。けれども「JFA 第43回全日本U-12サッカー選手権大会」(以下、全日本U-12)の都県大会と重なってしまい、やむなくキャンセルされる方も多かったということだ。参加した2人の選手に話を聞いてみると、水野晃希くん(小学6年生)と座間陵大くん(小学5年生)も翌日が試合だという。
「今日はファーストタッチとスピードに乗るドリブルの使い分けを教えてもらいました。キープの仕方もお尻を使うことで相手に押されても倒れないようにするというコツを教えてもらいました。」(水野晃希くん)
「今日はとても良い経験になりました。相手に体をぶつけるときは姿勢を低くすることは意識していたけれど、ボールキープのときは、毎回ボールに足を乗せてキープしていたので、お尻を使うことは意識していませんでした。教えてもらってタメになりました」(座間陵大くん)
水野くんは千葉県松戸市の松戸小金原FCに所属。いつもは中盤のポジションで活躍している。翌日は全日本U-12の千葉県大会があるのだと教えてくれた。座間くんはシュタルフ氏が育成ダイレクターを務める日独フットボール・アカデミー神奈川校U-12に所属。定期的にシュタルフ氏のレッスンは受けられるのだが、クリニックにも応募する熱心さだ。そんな座間くんも翌週には全日本U-12の神奈川県大会が控えている。両選手ともに「今日教えてもらったことは今度の試合で活かせそうです!」と意欲的な話しをしてくれた。
スポット開催されるジュニア向けのサッカークリニックや教室の多くは、遊びの色が濃いものだが、シュタルフ氏のクリニックは、ひとつのテーマに絞って、即試合で役に立つ “1対1のコツ”を教われるものだった。クラブチームの日々のレッスンと変わらない内容といっていいだろう。そんな実践的なクリニックだっただけに、参加した子どもたちにとっては、試合に向けて自信がついたのではないだろうか。
――こうして幕を閉じたシュタルフ氏のサッカークリニック。シュタルフ氏は子どもたちを見送った後「今日はどうでしたか?」とクリニックのサポートを行っていたジュニサカのスタッフに声をかけ熱心に答えに耳を傾けていた。次に向けて、良かったところ、もう少しだったところを聞き取っていたのだ。次回、さらにパワーアップしたクリニックの開催を期待したい。
1984年生まれのシュタルフ氏。今年4月、34歳でのJリーグ監督就任は、Jリーグ史上最年少監督として記録されている。日本サッカー界のトップの舞台と育成の現場を股にかけて活躍する、これからが楽しみな若き指導者である。
シュタルフ氏 新著『プレーヤータイプ別診断トレーニング』 1/19発売!
<プロフィール>
シュタルフ悠紀リヒャルト
1984年8月4日生まれ、ドイツ・ボーフム出身。14歳で地元のサッカースクールでコーチのアルバイトを始めたことをきっかけに、プレーの傍ら、主に育成年代で20年間指導。現役引退後は、自身が代表を務める会社が運営するレコスリーグの選抜チームであるレコスユナイテッドや、ドイツのSVヴェルダー・ブレーメンと育成提携している日独フットボール・アカデミーで指導。2016年には世界各国の育成専門家が集うベルギーの育成コンサルティング企業「ダブルパス」と業務提携を結び、3年がかりで日本チームのリーダーとしてJリーグ全54クラブの監査とコンサルティング業務に携わる。ドイツ・サッカー協会公認A級(UEFA A級)ライセンス、日本サッカー協会公認S級ライセンスを取得。2019年にはY.S.C.C.横浜(J3)トップチーム監督に就任し、日独フットボール・アカデミーでは育成ダイレクターを務める。
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