スポーツ万能は「つくれる」のか。異彩を放つ、いわきFCの育成哲学

2019年01月07日

コラム

2017シーズン天皇杯全日本サッカー選手権でJ1の北海道コンサドーレ札幌を撃破するなど、衝撃的なジャイアントキリング旋風とともに脚光を浴びたいわきFC。天皇杯での躍進をキッカケにJ1のクラブにも勝るとも劣らない施設やクラブのヴィジョンに掲げる「日本のフィジカルスタンダードを変える」というセンセーショナルな言葉が様々なメディアに取り上げられ話題となった。一方で彼らは「育成」にも力を入れ、着々と地域に根差したクラブになっている。今回はいわきFCの「育成」に対する取り組みの一端を紹介する。

【連載】いわきFCの果てなき夢

取材・文●藤江直人 写真●ジュニサカ編集部


いわき01

まずは「めまい」を起こさせる

 事前にプログラムを聞いていなければ、おそらく錯覚を起こしたはずだ。ここは本当にサッカークラブなのか、と。それだけ、発足して2年目となるいわきFCのU-15の練習は異彩を放っていた。

 まず肝心のボールが使われていない。そして、とにかく体を動かしながら走る。ミニハードルを跳び越えながら走ったかと思えば、ダッシュから前転や後転をはさんで再びダッシュ。跳ね起きやロンダート、ハンドスプリングにも次々とチャレンジし、やがては2人1組の手押し車に移っていく。

 それでいて、子どもたちは苦悶の表情を浮かべていない。歓声をあげ、笑顔を浮かべる姿からは、体を思うように動かせる喜びや充実感が伝わってくる。育成システム研究やフィジカルトレーニング指導を専門とし、2017年7月からいわきスポーツクラブ(いわきFC)のアドバイザーを務める小俣よしのぶ氏が、プログラムの意図を説明する。

「サッカーの育成カテゴリーですので、将来的にはプロのサッカー選手になってほしい、というのが前提です。ただ、中学生年代に関しては体育からのやり直しをさせています。実は体力テストを応用した育成診断テストを実施してみたら、全員が全国平均よりも低かったんですよ。なので、サッカーとはまったく関係なく、まずは体を自在に動かすための体力運動能力の養成から取り組んできました。U-18も含めて、しばらくの間はボールを使った練習は週に2回くらいしかやらなかったと思います」

 いわき市の小学生以下の子どもたちを対象に2017年8月から開催している、運動体験を通して運動スキル向上を図る教室『いわきスポーツアスレチックアカデミー(ISAA)』と同じ考え方が根底にある。ISAAでは子どもたちに「めまい」を起こさせることからスタートさせる。

「運動する時は、自分の体と自分を取り巻く環境からの刺激がどのような状況にあるかといった、運動するための情報をまずは収集し分析する必要があります。その中で最も必要なのは、頭の位置や姿勢、重力の方向という身体の動きを捉える情報です。視覚や内耳にある前庭、あるいは筋肉の中にあるセンサーを総動員して、重力はどちらから来ているのか、今どのくらいの速さで動いているのか、筋肉がどれだけ力を出しているのか、といった情報をまず仕入れて分析し、その上で運動する。今の子どもたちは、その機能が低下していると感じます」

 そう語る小俣氏は、ISAAに続いてU-15でも、人間が本来持っている情報収集分析能力に刺激を入れて、子どもたちに「めまい」を起こさせるプログラムをまず課している重要性をこう説いた。

「ぐるぐるバットをやると、大人も含めて、ほとんどがぶっ倒れるじゃないですか。実はぐるぐるしているときに、姿勢に関する情報を収集するためのセンサーが狂わされて、運動ができなくなるんですね。耳の中に耳石器と呼ばれる小さな石状の器官があります。耳石は原始的でありながらも高性能で、ジャイロセンサーと加速度計のような機能を持っています。ぐるぐるバットをやるとその機能が狂い、視覚情報とのずれも生じて感覚が鈍り、上下左右が分からなくなり、ゆえにめまいのような状態になります」

【いわきFC U-15のトレーニング風景(いわきFC公式ツイッターより)】

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