選手と共にアップデートしていく。ゲームモデルを定着させるために必要な“共通認識”
2019年11月13日
戦術/スキルジュニアサッカーを支えているのは、兼業コーチや初心者コーチ、お父さんコーチの人たちである。ただ、その多くのコーチが時間的、知識的な余裕がなく、自らが作成した「ゲームモデル」「プレー原則」をもってサッカー指導をしているわけではない。とはいえ、「サッカーをしてみたい」「もっとうまくなりたい」という選手は目の前にいて、「指導は待ったなし」で進んでいくものだ。
そんな現実があるなか、7月に「プレー経験ゼロでもできる実践的ゲームモデルの作り方」(ソル・メディア)という本が発売された。注目すべきは、著者が「プレー経験がゼロだった」という点である。そこで、11月の特集は和歌山県立粉河高校で世界史の教師をされ、サッカー部監督としてゲームモデルを基に指導をされている脇真一郎先生を取材した。その第二弾は、いよいよ「ゲームモデル作成」に関するインタビュー内容に入っていく。
取材・文●木之下潤 写真●footballista
まずはわかることから言葉に起こしていった
——脇さんは、日本のサッカー指導者には珍しく、実際にゲームモデルを作られています。現在バージョン5ですが、最初に作ったときは当然バージョン1だったわけです。初めて作ったときに大変だったことは何ですか?
脇真一郎氏(以下、脇) 大変なことだらけでした。何をもってゲームモデルなのか? それがわからない状態からのスタートでした。書籍にも付録資料を掲載しているのですが、初めは十数ページあるサッカーのガイドブックを作成しました。それには言葉の共通化や原則などいろんなものを詰め込んでいます。これを作るなかでゲームモデルが見えてくるかなと、とにかくわかるものからアウトプットを始めました。「ゲームモデルとはなんぞや?」というのは理論ではわかっていますが、実際に作ろうとしたときに「何をどうすることがゲームモデルなの?」ということがまったく見えなかったんです。
だから、まずはインプットしたものをしっかり言葉にして、形にして吐き出してみようと思いました。
とにかくいろんなことを具現化して吐き出そうと行動に移したものが、そのガイドブックです。それを作っていけば、どこかでゲームモデルのフックが見つかるかな、と。例えば、うちのチームで大事にしたい部分とか、何かしらそういうことが見つかるはずだ、と。選手にも「どんなサッカーがしたい?」「どんなチームにしたい?」と質問し、そのあたりのすり合わせから「自分たちが理想とするサッカーってこういうものかな? だったら、それを実現するためにどういうことが必要になるかな?」というのを自分のアウトプットの中から抽出していく、そういうプロセスをたどりました。
——そこでは選手たちの意見も聞いたわけですね。
脇 話をしましたね。現在はバージョン5なのですが、アップデートするときは必ず選手の意見も聞くようにしています。チームとしての理想は、私の理想ではありません。実際にプレーする「君たちがどういうサッカーをしたいか」というビジョンが大事です。それを私なりに取りまとめていくと、「こういうサッカーになるよね」というアウトプットを行っています。選手の間でしっかり話をしてもらった上で、それを言語化して形にしていったら「こういう形になるから、こうしていこうか」というような流れでゲームモデルは作っています。
——当然、現在の高校に集まってくる選手が前提になっていることなので、それなりのレベルを目指したゲームモデルになっているわけですよね?
脇 基本的にはそうです。ゲームモデル自体は作って一年ちょっとなので、「どこまで継続的に存在するものなのか?」、「どの部分が変わらなくて、どの部分が変わるのか?」は選手を通してみないと実際にわからないところもあります。もちろん、おおよその線引きはあります。だけど、選手があってのチームなので、そこに存在しない選手の特性を盛り込んだゲームモデルや原則はありえません。でも、だからといって「短いサイクルで変えるものなのか?」というところもあります。
現在のバージョン5は作ってから少し時間が経っているのですが、あまりイジっていません。
なぜか? それは本当にそのゲームモデルが「書かれてあるプレー原則に沿って実現できるものなのか?」を検証する必要があると思ったからです。だから、いまはプレー原則をさまざまなトレーニングを通じて試し、結果的にゲームモデルにたどり着けるかを検証しています。
帰納的にとらえるか。
演繹的にとらえるか。
ゲームモデルから引き出すのか。
プレー原則から積み上げるのか。
これらのことは、ゲームモデルとプレー原則の両方から意識づけし、実際のプレーを通じて確認していくのが必要なのかなと感じています。いろいろやってきて、この考えにたどり着きました。まだまだ模索しなければならなくって、とりあえず家のイメージと設計図を引くことは私が先頭切ってやりましたが、だからといって選手すべてがそれを参考にできているかと問われるとまだそこに行き着いているわけではありません。そのあたりの手探り感はありつつも、書籍化のお話をいただいたので、林くんやいろんな方のサポートを受けながら一度形にしてみました。でも、書きながら、もっと先があるし、広がりや深まりがあるとは感じていました。きっと今後も模索は続くし、選手に合わせたさらなるアップデートは必要だと思います。
ゲームモデルは選手のイメージが大事になる
——今月の特集は多くの読者のために「初めてのゲームモデル作成」を一つテーマに掲げているので、今回はバージョン1について質問させていただきます。
【バージョン1】
▼ゲームモデル
ポゼッションスタイルを軸にしつつも遅攻と速攻を使い分ける
・攻撃→中央突破を軸として構造的優位を取ることを目指す
・守備→守備の局面も攻撃的にコンパクトさと連動性を意識しつつ、奪いどころの設定からカウンターへの設計を共有する
ゲームモデルの内容はこう書かれています。結果、どのように選手のことを想像し、この言語化にたどり着いたのか。その思考の過程を知ることができれば、ジュニア年代のコーチがゲームモデルにチャレンジする上でもヒントにできるのかなと考えています。そこを紐解いていただけると、読者もイメージがしやすいのかなと思っています。
脇 この高校の昔からの伝統も大きく含まれています。このゲームモデルを実際に使うことになる主軸の選手たちが1年生の頃に、当時の3年生がプレーしていたスタイルがこれに近かったんです。1年生にしてみれば、そのサッカーに対する憧れとか、そういうサッカーを自分たちもやりたい思いが彼らの中にもあって、それを言葉にする、原則化するという風に落とし込んでいったのがバージョン1です。
だから、どんなチームも立ち上げたばかりのクラブでなければ、それまでの歴史から何となくのスタイルって存在しているはずだと思うんです。
それを軸にしていくような感じになるのではないかなと想像しています。自分たちのサッカーのスタイルをそこまで具体的にしなくとも、例えば「堅守速攻」くらいの感じで言語化するところから始めたらいいと思います。いわゆる「うちのチームのサッカーをひと言で表すとしたら?」みたいな感じで、そういうところが入り口になります。そこからもっとサッカー的に砕いていく、広げていく、深めていく作業をやっていけば、バージョン1に書かれたような言語化になっていくのではないかな、と。
——この「中央突破を軸として」という部分が、この高校の色なのかなと思います。ここが伝統の部分だったのでしょうか?
脇 「まさに!」ですね。和歌山の高校サッカーで、うちの学校といえば「バシバシ、真ん中でパスを入れてくるやん」みたいな。「どえらい真ん中でつないでいくやん」みたいなことが、この学校の伝統的なサッカースタイルでした。“軸”と書いたのも「自分たちはそれを武器としてきたよね」という自負があったからです。
——この「構造的優位を取ることを目指す」という部分は、脇さんが加えたところですよね?
脇 そうです。みんながやろうとしていることの中に、私の好みを加えようとしました。後日談ですが、この言語化の影響で選手たちのスタイルを壊しかけました。そもそも感覚的にプレーではできていた部分もあったのに、言葉として理論化したことで選手たちが構造的優位を取ることを頭で考えてプレーしようとして、その結果プレーが相手よりも後手に回ることが多くなってチーム全体のプレーが崩れかけました。彼らの中では私の言っていることはわかるけど、試合の中で意識をするとどうしても固まってしまうというか。だから、先走ってはいけなかったなと猛反省しました。選手の中でオーバーフローしてしまったので、「ごめん。そこは忘れて」と謝りました。その段階では文言として入れていたというところです。
——なるほど。もう少し突っ込みたいのですが、脇さんのイメージの中で「構造的優位」とはどういうことですか?
脇 わかりやすく言うと、フットサルのような現象を起こすことです。例えば、数的同数であっても「瞬間的に数的優位を起こす」ということです。相手を瞬間的にズラして、その瞬間を狙ってチームとしてアドバンテージを取っていく。相手の意識誘導とでも言いますか……いまの表現としては「食いつかせたら剥がす」とか、「相手の矢印を引きつける」とか、「相手に『!』がついた瞬間に仕掛ける」とか。そういう言い方をしていますが、選手との間でも意識誘導は大事にしています。
ひと昔前ですが、黒いユニホームと白いユニホームを着たチーム同士がバスケットボールのパス交換を行っているなか、白いチームが何本パスをつないでいるかを数えてくださいという問いかけ動画が流行りました。
両チームが入り乱れてパス交換を行っているなか、クマの着ぐるみを着た大人がムーンウォークをして通り過ぎていきます。そして、パス交換が終わった後に「クマの着ぐるみに気づきましたか?」と質問されるんです。ようは、人間の認知をミスディレクションさせるという動画内容です。つまり、「意識誘導を意図的に行えば、相手の視野の中からも消えられるよ」というのが、私の中では構造的優位を取るキーファクターということです。そこで相手の意識を一番食いつかせる材料はボールです。だから、相手がボールの動きによって思わず食いつかせざるをえない状況を作り出すことを意図的に生む意味で「構造的優位を取る」と表現しました。でも、それって非常に難しいです(苦笑)。
>>11月特集のインタビュー第二弾は「11月20日(水)」に配信予定
【プロフィール】
脇 真一郎(わき しんいちろう)
1974年、和歌山県生まれ。同志社大学文学部卒。和歌山県立海南高校でサッカーと出会い、和歌山県立伊都高校で初めてサッカー部顧問として指導にたずさわる。和歌山県立粉河高等学校に異動後、1年目は副顧問、2年目以降は主顧問として7シーズン現場での指導を続けている。2018年に1期生として「フットボリスタ・ラボ」でのサッカーコミュニティ活動を開始。以降、ゲームモデル作成推進隊長としてfootballistaでの記事執筆や、SNSを通じた様々な発信を行っている。2019年7月に「プレー経験ゼロでもできる実践的ゲームモデルの作り方」(ソル・メディア)を上梓
▼Twitter=@kumaWacky
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