池上コーチの一語一得「皆勤賞はいい?悪い?」

2013年08月27日

育成を考える

池上正さんが子どもに対する悩みや、保護者・コーチの子どもを取り巻く大人に関する疑問や悩みに答えるこのコーナー。今回は皆勤賞についてのご質問になります。

◎練習(トレーニング場面での悩みやギモン)

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(質問者:小学3年生の指導者兼保護者)

私は、少しでも多くの子に、「賞」というご褒美を与えて、いろいろな自信につなげてほしいと願っていることから、皆勤賞を推進しています。しかし、クラブの中には、そうは思わない方もいらっしゃるようです。ちなみに、当クラブは、そういう賞を用意しつつ、家庭の事情や自身の体調などによるリスクから、休暇は自由にとることを推奨しています。池上さんのこういった賞に関する考え方を少しでも参考にしたいともっており、それを教えていただけないでしょうか。

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皆勤賞は外発的動機づけになりがち。
賞がなくても子どもが楽しく通うクラブ作りを

 ごほうびというものは、現代の教育や日本の指導現場では受け入れられなくなりました。まずその理由から考えてみましょう。

 「皆勤賞」は昔の学校では一般的でかなりクローズアップされた存在でした。でも、今は消えています。それはなぜか。ひとつは、皆勤賞が「強者」、強い者の理論だからです。休まず学校や練習に行く子は体が強く丈夫でなければ達成できません。ということは病弱だったり、何か病気を持っていてはダメと言うことになりますね。

 しかも、サッカーは学校に行くだけとは違って、けがをしたらできません。皆勤賞をとるためにはけがをしてはいけない、ということになります。そうなると、どこか故障があったり、痛かったり、体調がすぐれなかったりしても、無理をして練習に出る子が出てきます。

 もうひとつの理由は、動機づけが外発的になるからです。「皆勤賞があるから練習に行く」とか「コーチに怒られるから練習に出る」ということになってしまいがち。サッカーをする動機づけが外発的、「子どもの心の外側にある」ことになります。それでは、本当の成長はありません。さらにいえば、例えば風邪で一日休んで皆勤賞の望みがなくなると「もう皆勤賞が取れないからいいや」と練習を休む口実が生まれます。

 本来はそのような外発的な動機づけではなく、内発的な動機づけで練習に臨むべきです。「練習が楽しいから」「コーチの練習をすると上手くなるから」「仲間といたい。一緒に練習したいから」「サッカーが大好きだから」――このように「子どもの心の内側から湧き出す」気持ちを内発的動機づけと言います。

「そういう賞を用意しつつ、家庭の事情や自身の体調などによるリスクから、休暇は自由にとることを推奨しています」とあります。これは、例えば保護者が前もって伝えればいいということでしょうか?そうなると、皆勤ではありませんね?内情はよくわからないのですが、皆勤賞がなくても、子どもが楽しく通いたいクラブ作りを目指していただければと思います。

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