サッカーを心から楽しむ。日本代表・中島翔哉の少年時代

2016年01月25日

サッカーエンタメ最前線

ロナウジーニョに憧れ技術を磨いた

――そのヴェルディのジュニアに小5から入っていますが、セレクションを受けて?

 はい。小4の時、スペシャルスクールに入っていて、同学年のヴェルディジュニアと試合をしたんです。その相手がみんな上手でぜひ入りたいな、と。

 セレクションは3次テストくらいありました。基本的には全部7~8人くらいのゲーム。受かるとは思っていなかったです。

 合格した後、小4の終わり頃から練習に通うようになりました。スクールの頃は母親に車で送り迎えしてもらっていましたが、ジュニアに入ってからは週3回の練習には電車で40分くらいかけて行っていました。

 帰りは遅い時間になっても、全然苦にはならなかった。練習自体にも苦労した覚えはないです。監督は永田雅人(現ジェフ千葉U-15監督)さんで、『ボールを触われ』とよく言われました。

 『うまい選手が触わらないとゲームにならない』と。僕はなるべく触れる場所にいるようにしていました。

――当時、工夫していたことは?

 監督が編集したDVDを練習前にみんなで見たり、借りたりしていました。ブラジルやスペインの試合で、僕はロナウジーニョが好きでしたね。とにかく技術が高かった。

 ロナウジーニョが家でボールを蹴っていたという話を聞いて、自分はボールと一緒に寝ていましたから(笑)。それを見ながらいつか世界で活躍したいと思い描いていましたね。

 海外サッカーばかりで日本のサッカーを見る機会は少なかった。日本代表では中田英寿選手が好きでした。

 2006年ドイツワールドカップのブラジル戦を見てすごくいいなと思ったら、直後に引退してしまった。僕もああいう舞台に立ちたいと感じました。

――ヴェルディジュニア時代の思い出は?

 全少(全日本少年サッカー大会)でベスト4で負けたこと。相手は喜田拓也がいた横浜F・マリノスジュニアで、本当に悔しかった。絶対に負けたくなかったから。

 それで発奮したのか、ジュニアユースに上がってからは一番早くグラウンドに行って、最後に帰るようになりました。

 練習前は1人でリフティングとか、斜めになっている壁のところでキック練習をしたりして、練習後はシュートをやっていたのが多かったですね。

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