「フットボールについては隅から隅まで知っているよ」。すべてが破格だった『ヨハン・クライフ』という生き方
2016年06月09日
サッカーエンタメ最前線「フットボールは、まず楽しむべきだ」
70年代は若者が台頭した時代だ。子供と大人しかいなかった社会に、若者が現れて社会運動や文化の中心になった。ザ・ビートルズが登場し、ヒッピーが闊歩、反体制運動もさかんだった。トータルフットボールも、そうしたムーブメントの1つとしてとらえられるかもしれない。 74年ワールドカップで旋風を巻き起こした「時計じかけのオレンジ」たちは、ほとんどの選手が長髪で、ネックレスなどをジャラジャラと身に纏い、ストッキングは足首までズリ下げ、シャツはパンツの外に出しっぱなし。現在では滅多にないことに、ヘラヘラと笑いながらプレーしていた。西ドイツとの決勝を前に、ホテルにコールガールを呼びつけてドンチャン騒ぎをやらかし地元の新聞にすっぱ抜かれ、奥さんやガールフレンドを激怒させる事態になったのも、まあそうかもしれないという雰囲気ではあったのだ。
できるだけボールを保持して攻撃し、失ったら最短時間で奪い返してまた攻撃。トータルフットボールのコンセプトは自由奔放な気質の選手たちに合っていたのだろう。無秩序にみえるぐらいDFは攻撃に加わり、広大な自陣スペースをカバーするためにGKも前に出てスイーパーの役割を果たした。グローブもつけず素手でプレーしていたヤン・ヨングブルートは、レネ・イギータ、ホルヘ・カンポス、今日のマヌエル・ノイアーらの先祖だった。トータルフットボールが戦術史の大変革だったのは間違いないけれども、どこか破天荒なエネルギーがその背骨になっていた気がしてならない。「フットボールは、まず楽しむべきだ」(クライフ)
既存の価値観や常識を蹴散らして勝ち進む豪放なチーム、恐れ知らずのオレンジの中心がクライフだった。実際、このときのオランダには負けて失うものなどなかったのだ。アヤックスやフェイエノールトは強かったけれども、代表はダークホースにすぎなかった。クライフが軽快にタクトを振っていたオランダに対して、西ドイツは開催国の重圧の中でフランツ・ベッケンバウアーが棍棒を振り回してチームを決勝へ押し上げている。下馬評を覆して西ドイツが優勝したのは、いってみればこのときのオランダには世界一になるだけの“重み”が足りなかったからだろう。
選手としても監督としても、クライフは無類にエレガントだ。洗練の極み、合理性と芸術性を一致させたシャープな感覚、何も恐れず先端を走る姿勢…エッジの効いた生き方は羨望の的だった。ただ、それゆえに安定感はなく何度か高転びに転ぶ。それでも何も変わらなかった。ワールドカップを逃しても、ミランに0-4で大敗しても。ヨハン・クライフほど「反省」が似合わない人もいない。
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