“生意気小僧”原口元気の少年時代。「試合中、僕に怒られて仲間は大変だったと思います」

2018年06月21日

コラム
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19日(火)に行われたロシアW杯初戦のコロンビア戦で右サイドで先発出場した原口元気選手(江南南サッカー少年団/浦和レッズジュニアユース/浦和レッズユース)は攻守ともに奔走し、気合溢れるプレーで日本代表の”大金星”に大きく貢献しました。小学生の時は埼玉県の江南南サッカー少年団に在籍していた原口選手。「試合中、僕に怒られて仲間は大変だったと思います」と当時を振り返ります。”生意気な性格”だったという原口選手の少年時代の秘話を紹介します。

再構成●ジュニサカ編集部 文●元川悦子 写真●GettyImages

『僕らがサッカーボーイズだった頃3 日本代表への道』より一部転載


SARANSK, RUSSIA - JUNE 19:  Genki Haraguchi of Japan is challenged by Oscar Murillo of Colombia during the 2018 FIFA World Cup Russia group H match between Colombia and Japan at Mordovia Arena on June 19, 2018 in Saransk, Russia.  (Photo by Jan Kruger/Getty Images)

父からのスパルタ指導

 年明け早々に湾岸戦争が勃発し、バブル崩壊がじわじわと表面化するなど、日本の世相が大きく変化しつつあった91年5月、埼玉県熊谷市の原口家に3800グラムの元気な次男が誕生。家族全員が喜びに包まれた。

「我が家にはすでに4つ上の長男・嵩玄(しゅうと)がいて、サッカー好きの私が長男の名前をつけました。次男は逆子で生まれたので、まず元気に育って、人に元気を与える人間になってほしいという願いを込めました。その下に94年生まれの妹・野恵瑠(のえる)がいるんですが、娘の名前は妻と長男・次男が考えたんです」と父・一さんは3人の子どもたちの命名の由来を打ち明ける。

 父方の祖父・富夫さん、祖母・幸子(ゆきこ)さんを含め、7人の大家族の中で育った元気少年は、幼い頃から活発そのものだった。近所の川へ出かけてザリガニを取ったり、野山を駆け回ったりと、外に出てイキイキと遊ぶ幼少期を送っていた。

 サッカーボールを蹴り始めたのは、保育園に通い始めた頃。きっかけを作ったのは、もちろん一さんだ。今も埼玉県のシニアリーグでプレーする現役FWの父は、奥寺康彦(現横浜FC会長)が活躍していた80年代後半にドイツ・ブンデスリーガを現地観戦しに出かけたこともあるほど、根っからのサッカー好きだったのだ。

「父親は足が速かったみたいなんで、前の方のポジションをやっていたようです。まあ、そんなにうまくなかったんじゃないかな(笑)。僕にはとにかく厳しくて、3~4歳の頃に『リフティングを30回できるようになるまで帰ってくるな』としょっちゅう言われました。家の前が公園だったんで、そこでガムシャラにやった記憶があります。そのおかげで、小学校に入る頃には何百回もできるようになっていました」と原口は父のスパルタ指導を懐かしそうに振り返る。

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