「ガラスの天才」比嘉厚平。指導者になった今、何をおもうのか

2018年10月12日

育成を考える

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【比嘉は現在、モンテディオ山形でジュニアチームの監督を務めている】

子どもたちに自分と同じ思いをさせないために

 取材で山形を訪れた日、比嘉は取材前に山形県のサッカー指導者が一堂に会するカンファレンスに出席、親交を深めるなどしていた。2016年暮れに引退してからは、モンテディオ山形の庄内エリアのジュニアチームの監督に就任していた。現役時代から「育成の指導に携わり、自分のチームを持ちたい」と考えていた比嘉にとって自然の流れだった。

「ただ、何もわからないまま監督になったので、ずっとバタバタしています。選手が引退したら普通はスクールのコーチをやったり、誰かの下で3,4年指導を見たりしながらその後自分のチームを持つというイメージでした。僕の場合は希望も通って、いきなり監督をやることになったのですが、練習メニューも何もわからなかった。それこそ柏の練習を見させてもらったりしながら、山形の子どもたちにやらせるような日々でしたが、ただ、難しい言葉を使っても子どもには伝わらないし、こっちの思うようには動いてくれないんです。それは今でもかなり苦労しているし、試行錯誤の日々ですね」
 
 比嘉は困ったような顔を見せるが、 目はどこか活き活きしている。

 セカンドキャリアを歩み始めて1年。かつて比嘉が所属した柏レイソルU-18の同期でプロになった9選手のうち、7選手がまだ現役を続けている。彼らとは毎年、タイミングを合わせて会うという。

「いつも、お前はいいよな?という話になりますね(笑)。現役の彼らからすれば、僕はもう気が張っていませんから。自分が現役のときは悔しい気持ちが半分ぐらいはありました。俺も必ずあいつらのように、という対抗心がありました。でも、今は心の底から頑張ってほしいと思っています。少しでも長く現役を続けてほしい。どのカテゴリーでもいいからサッカーを続けてほしいんです」
 
 比嘉は、幸か不幸か、彼らよりも一足先に別の道を歩み始めた。現役生活で得た教訓をしっかりと心に留めながら。

「僕は現役時代にほとんど試合に出ていないし、満足のいく経験もできなかった。ただ、ケガの回数だけは他の誰よりも秀でていると思っているから、身体づくりやケアの重要性は子どもたちに伝えないといけないと思っています。当たり前のことでも口酸っぱく繰り返すんです。ストレッチをする。 ご飯はバランスよく食べる。そういう身体づくりから始まり、全身をバランスよく使えるような動きを意識する。もも前、もも裏、ふくらはぎ、腹筋、背筋、全部を満遍なくバランスよく使えるようにする。まあ、こんなことを子どもたちに伝えたところで難しいから意味がないんです。それを練習の ウォーミングアップの動きのなか、たとえば、馬跳びだったり、足車だったり、ほふく前進だったり、といった遊びの動きから、子どもたちが自然とできるように組み込んだりしています」
 
 子どもたちに自分と同じ思いをさせないために――。比嘉は現在、現役時代に得た、他の選手たちが味わえない深い経験を活かしながら、しっかりとした足取りで第二の人生を歩み始めている。


<プロフィール>
比嘉厚平(ひが こうへい)

1990年4月20日生まれ、埼玉県出身。柏レイソルU-12では全日本少年サッカー大会に2連続で出場。2006年大会でベスト4入りを果たした。ジュニア時代にはJFAナショナルトレセンU-12にも召集されている。中学年代以降も各年代の代表に選出され続け、AFCU-17選手権2006で優勝を経験。柏レイソルU-18では高3から二種登録でトップチームに帯同。しかし、高3の1月、カタールU-19国際親善トーナメントの中国戦で負傷、この靭帯損傷のケガがキャリアの明暗をわけた。2016年に引退し、現在はモンテディオ山形の庄内エリアのジュニアチーム監督を務める。


 

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