“生粋の負けず嫌い”南野拓実の少年時代。「なんで俺を交代さすんや。もっとやらせて。俺、サッカー好きやねん」

2018年10月17日

コラム
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忘れられない全少でのミス

 高学年のときに2人を教えた比嘉陽一コーチもこう語る。

「拓実はホンマに負けず嫌いで、自分がボールを奪われたら追いかけて取り返し、そのまま点を取ってしまうような子。ゴール前の一瞬の動きとひらめきは生粋のストライカーそのものでしたね。成のほうは運動量豊富で気の利く選手だったから、トップ下やボランチに彼がいることで、拓実もやりやすかったと思いますね」貪欲に上を目指す彼らは、個人技を磨くために、小学3年生からクーバーにも足を運んだ。拓実少年は兄についていったのが最初だったが、岸和田校の開校と同時に週1ペースで本格的に通始めた。

 クーバーでは1対1やフェイントを練習する際、回数を競ったり、タイムトライアルを盛り込むなど、競争の要素をふんだんに盛り込んでいる。負けん気の強い拓実少年にこの指導法はうってつけで、すべてのスキルが目に見えて上達していった。加えて、彼は覚えたテクニックを実戦で試す勇気と大胆さも併せ持っていた。こうした積極性も同年代では群を抜いていたようだ。

 現在の南野の看板プレーの一つに「シザーズ(またぎフェイント)」がある。それもクーバーで身につけたといっても過言ではない。

「当時の僕はロナウドになりきって、シザーズやダブルシザーズをよくやっていましたね。クーバーでは足元の技術がメッチャついた。自分の行きたいスクールにいっぱい通わせてくれた親に感謝したいです。毎日、送り迎えをしてくれたし、お金もかかっただろうけど、そういう大変さを僕に言うことは全くなかった。ホンマ、自分の力だけでサッカーできたんじゃないなと痛感させられます」

 これだけの努力をしたものの、ゼッセルでは全国大会に行くことはできなかった。6年生の全日本少年サッカー大会大阪府予選では、強豪のアバンティ関西と対戦し、1-2で敗れてしまう。拓実少年は自らが犯したミスを忘れられないという。

「僕の足に当たってオウンゴールしてしまったんです。その後0-2になって、自分の得点で1点を返したけど、最終的に負けた。キャプテンやったし、自分がチームを勝たせられなかったことがメッチャ悔しくて泣きました」

 より高いレベルを渇望する拓実少年は、卒業後は兄が通っていたセレッソ大阪U-15へ進むことを決断。スカウトからも誘いを受けて、迷うことなくプロ予備軍の門を叩くことにした。

※ジュニアユース以降のエピソードは『僕らがサッカーボーイズだった頃3』をご覧ください!

OSAKA, JAPAN - APRIL 16:  Takumi Minamino(R) of Cerezo Osaka and Kim Tae Su(L) of Pohang Steelers compete for the ball during the AFC Champions League Group E match between Cerezo Osaka and Pohang Steelers at Nagai Stadium on April 16, 2014 in Osaka, Japan.  (Photo by Atsushi Tomura/Getty Images)

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幼稚園時代に出会った南野拓実選手と室屋成選手。“幼馴染”のふたりが築いた最高のライバル関係

 

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