なぜ、正しい「姿勢」や「体の使い方」がサッカー選手に必要なのか?
2018年12月24日
フィジカル/メディカルなぜ、正しい姿勢や体の使い方はサッカー選手に必要なのか?スポーツの基本は体を動かすこと。年代やカテゴリー、スポーツに限らず正しい姿勢や体の使い方は「ケガを防ぐ」ことや「パフォーマンスを向上させる」ことを期待される側面がある。しかし、重要なのは結果ではない。なぜ「正しい体の使い方を覚えれば、ケガ予防になり、パフォーマンスが向上するのか」を正しく理解する必要がある。RCDエスパニョールでトレーナーを務めた松井真弥氏のインタビュー第3回をお届けする。
取材・文●木之下潤 写真●ジュニサカ編集部
【第2回】「重心を落とせ」ではなく「重心を上げろ」。サッカーにおける“骨盤”の重要性 の続き
背骨を中心に「カラダ」を見る
――松井さんが思い描く体幹は背骨を中心に上から下までグルッと一周しているようなイメージです。一般的に言われる骨盤を中心としたイメージとは違うような気がします。
松井「そんなイメージに近いと思います。私は『ケガ予防』からの発想で考えているので、楽に体を動かせる状態で体のこと、動きのことを考えています。だから、一般的に言われる体幹、要するに筋肉をつけて固めるようなイメージは持っていません」
――プロなら筋肉をつけることも必要です。でも、子どもの頃は姿勢や動き方から覚えた方がプレーの土台づくりとしては先かもしれません。
松井「体幹のベースとなる部分は、日頃のトレーニングで最低限ついてきているはずです。ただ、より負担のない正しい姿勢や正しい動きを意識すれば、そのベースがより強固になるはず。それが結果として普段使わない背中の部分に刺激を与えられたら効率性も増します。『背骨の動きも良くなる』から『体の動きの連動性』が高まります」
――背骨は上半身と下半身のバランスをとる意味では、すごく重要なパーツです。
松井「『背骨がどう動くか』を意識してトレーニングした方がいいと考えています。それは腹筋であろうが、ベンチプレスであってもです。背中を反って肩甲骨を寄せては広げを繰り返し、背骨をしっかりと連動して動かすことができるかはスポーツをする選手にとっては非常に重要だからです。
背骨は基本的に六つの方向に動きます。
・前後
・左右
・右ひねり左ひねり
背骨が自由自在に動かせるようになれば、自分が思ったように体を動かせることにつながります。フィジカルトレーニングは特にここが必要不可欠になります」
――なるほど。六つの方向に対して、どの方向にもバランスよく押したり耐えられたりできるとサッカーのプレーにも生きます。
松井「その通りです。結果として、その力が手足に伝わっていきます。体の動力を先に手から足からと末端部分から何とかしようとするから無理が生じているのです。
背骨は胴体の後ろ側についています。
体の真ん中を通っているわけではありません。つまり、背骨を自由自在に使おうとすると背中側の筋肉を使う方が理に適っているのです。だから、背中の筋肉を意識することが必要だと考えているのです」
――冷静に考えると、背骨は後ろ側にあります。
松井「背骨を自由に動かせるようになれば、もっと動きが変わってきます。体幹トレーニングといっても前側を鍛えてしまうと背中が固まってしまうから上半身と下半身とが連動しなくなってしまいます。もっと背中を自由に扱えたら上半身と下半身が自由に連動し、手足への力も効率よくストレートにパワーが伝わるようになると思うのです。背中のS字カーブがきちんと機能するためには、いい姿勢を作らなければなりません。
先ほどは六つだと言いましたが、実はあと二つあります。それは『上下』です 。よく体操で上に伸ばす動きをしますが、姿勢が悪いと下につぶれる形になります。ただ基本的に六つの方向の動きが自由自在にできるようになると、体の力が滞りなく全体に連動して巡るようになります。背骨が動いて、手足が出て行く。これが本来の順番です」
――「背骨から」という意識を持つと、正しい動きができそうです。
松井「先に足から。先に手から。そう捉えると、体全体が連動しません。要するに、背中側が固まっているような状態になります。まずは背中を意識するようにしましょう」
――ボールを投げること、ボールを蹴ることを思い浮かべてみると、背中から手足の流れはつかみやすいかもしれません。
松井「野球ボールは肘を上げて背骨をひねったら、手は後から自然に出てきます。ボールを蹴る時も背中を反ってひねったら足が後からついてきます」
――体のつくりに合わせて捻転すれば自然に足がついてきます。ということは、どこ方向に動くかは六つの方向の組み合わせです。
松井「背骨を中心とした六つの方向の動きが三次元に組み合わさり、自分の思い描く動きへとたどり着きます。そうすると、体幹は背骨を自由自在に動かすために必要な部位であり、力の構造という捉え方もできます。昨今は体幹が筋肉ありきで考えられていますが、背骨の動きをどうスムーズに六つの方向を組み合わせるかだと思うと、筋肉ありきではありません」
【松井真弥氏の理論は『ケガ予防』の観点をベースに考えられている】
育成期のケガへの対応をどう考えるか
――今回、力を効率良く体全体に伝える動き方として「背骨」をキーワードにできたのは非常にわかりやすいです。
松井「体の使い方は昔から様々なフィジカルトレーナーの方がいろんな発言をしています。皆さん自分なりの解釈を持って様々な人たちに施術をしています。
動きをテーマにした場合、私がただ一つ言えるとすれば『腰を落とすと負担がかかる』ということです。
だから、最近は『腰を落とすな』と言い始めています。まだ多くの人たちに広まってはいませんが、腰を落とすと動き始めにものすごく負担がかかります。私は実技講習会でいろんな年代の人たちに腰を落とさない動き方をしてもらいますが、落とさない方が体が軽いと皆さん実感しています」
――ずいぶん前に、内田篤人選手がシャルケに所属していた頃、C・ロナウド選手と1対1をした時の姿勢が話題になりました。彼はC・ロナウド選手の顔だけを見ていました。
松井「内田選手の体に目を向けると、筋肉がムキムキの選手ではなく、スマートな選手です」
――サイドバックの選手は、よく腰を落としている選手も見かけます。お尻が完全に落ちてしまっています。
松井「お尻が落ちると、腰が大抵曲がってしまいます。もう少し背骨が反っていればいいと思うんですが、日本人は腰が丸まってしまいます。
そうなると、動き出しのタイミングで進みたい方向とは逆の足を一度踏ん張ってから地面を蹴り出します。この動きは足への負担がとてもかかります。それを子どもにやらせるのは相当なストレスです。骨盤を立てて、少しS字型を保てる姿勢が一番自然に重心を利用し動き出せます」
――筋力で何とかしようとしているわけですね。
松井「極端な話、足首と膝の曲げ伸ばしだけで、初速を作ろうとしています」
――少しスペインのことも知りたいです。スペインではケガをしたらどのような対応をするのでしょうか?
松井「私がいた当時のスペインの話ですが、スペインの各地域サッカー協会には提携するクリニックがありました。そこで働いているのは、スポーツを専門としているドクターです。ケガをしたらその病院に行けるのです。
私はエスパニョールにいましたが、プロクラブは自前のドクターが常駐しています。でも、町クラブにはまずいません。
その点に配慮し、地域のサッカー協会はスポーツドクターと契約し提携を結びます。選手証が診察券になっており、保険にさえ入っていれば治療費は基本的に無料だったと記憶しています。
選手が出場できないようなケガを負った場合、ドクターが選手証を預かる形をとります。つまり、ケガをすると選手は試合に出場できないのです」
――その仕組みは素晴らしい。でも、それくらいケガに対してデリケートに対応しているということです。
松井「日本人からすると驚きですよね。今はわかりませんが、当時のカタルーニャ地域は、そのような仕組みでした。試合への出場可否を選手本人任せにしてしまうと、プレーすることを選択する子どもが多いでしょう。地域のサッカー協会とクリニックの提携は、選手のためを思えばこその素晴らしい取り組みだったと思います」
――9月に指導者座談会を行いました。編集部内でも座談会をしたのですが、問題に思う部分が違っていて、それはフィジカルやメンタルなど様々な専門分野においても同じです。
松井「スペインでは試合でドクターが帯同することが当たり前だし、そこでケガをしたら試合の翌日にドクターのもとに行くことが当たり前です。本当に100年以上の歴史を単に重ねているわけではありません」
「良い姿勢」は良いサッカー選手に不可欠
――松井さんのもとを訪れる選手はどの競技が多いのですか?
松井「サッカーが多いです。他競技の方もいますが、中には自転車競技の選手もいます。自転車は腰を丸めて足を動かして漕ぎますから太ももに相当な負担がかかります。だから、背中を使って漕ぐ方法を指導しています。
するとその選手は「足の負担がすごく軽くなった」と言っていました。自転車競技の選手が行う筋トレはレッグプラスでどれだけ筋力を上げていくかというトレーニングです。
個人的には、足の筋肉を鍛えるだけでは限界があると考えています。なので、自転車の乗り方を考える必要があると思っています。足だけで漕ぐのではなく、背中側も使う。そうすると、最後のもがきで追い込むことができると感じています」
――記録は伸びていますか?
松井「先日は大会で優勝しました。三十半ばの選手ですが、自転車競技の選手寿命は四十歳くらいでも問題ないそうなので選手寿命は長くなるのかなと思います」
――最後の追い込みができるくらいまで力を温存できたわけですよね?
松井「その選手はウェイトを止めたそうです。様々な部位にアプローチすべく、足らない部分だけを狙ってスクワットするなど単なる筋力アップから体全体を連動させるアプローチに変えたそうです。すると落車しても受け身を取れるようになった、と」
――力の連動が意識できると、きちんとした受身(倒れ方)もできるんですかね?
松井「自転車競技にもぶつかり合いがあります。体が相手とコンタクトする際には、背骨を使ってしなやかにぶつかった方が強いんです。いずれにしろ、体を『ニュートラルな状態』に保っておけることが重要です。
細かく言えば、ハンドルの握り方も関係してきます。ギュッと握れば体全体が硬直しますが、卵を握るようにソフトにハンドルを握れば筋肉に極度の緊張感を与えることなく、状況にあわせて柔軟に対応することができます」
――以前の取材で言われていた屈筋伸筋が関わるわけですね?
松井「トレーニングをする時も筋肉を締めるだけではなく、少し『緩める意識』があるとぶつかり合いのショックにも、体がうまく受け流してくれます。やはり日本人は体のつくりが骨盤の立つ状態ではありませんから、意識することが大切です。日常生活の中で意識して骨盤を立たせるように座るとか、それだけで良い姿勢を習慣化できます。
私も自分の子どもに『姿勢』のことを話します。走る時も蹴る時も、ご飯のときも、子どもはマネをするので、まずは身近な私自身が正しい姿勢を意識して保つように心がけてます」
――3月の「キリンレモンカップ」で中井卓大選手のプレーを見て、湘南ベルマーレの曺貴裁監督が「いい姿勢でプレーしている」と指摘していました。
松井「周囲の選手たちが良い姿勢でプレーしたら自然にそうなります。正しい姿勢でぶつかり合いをしていないと身につかないし、レアル・マドリーのようなクラブでは戦っていけないです」
――中井選手の視野が広いのはそこにも通じているのかな、と。
松井「ボールを受けることが多い選手は正しい姿勢が大事です。周囲の状況を把握(認知)し、判断することが求められるからです。良い姿勢が『サッカーにおけるスピード』につながっていくと考えています」
――姿勢がいいということは目に入ってくる情報量も多い。
松井「その通りだと思います。体力の消耗の少ないですし、そこには判断も含まれます。今日本は少子化で親の子への期待は大きくなっています。ケガをしたり、あれっ?って思った時でも間に合います。キチンと治療して、今後のケアをしていけば、まだまだ間に合います」
――メディアとして伝えるべきことは、テレビゲームの制限はあるのに、どうしてサッカーの活動量は制限しないのかということ。そして、サッカーはボールを扱う前に体を使うスポーツだということ。頭を使うスポーツだからこそ正しい姿勢や正しい動きが必要だと発信しなければいけません。今日は長い時間ありがとうございました。
<プロフィール>
フィジカルコーディネーター
松井 真弥(まつい しんや)
スペインで10年、日本で3年、プロのサッカークラブでトレーナーを務める。帰国後は鍋島整形外科で体の使い方によるスポーツ障害の減少・パフォーマンスアップ、さらに健康維持等の指導、操体法による体のケアを行う。不定期で「足に負担をかけない動き方・体全体を使った動き方」などの講習会を開催。
▼経歴
2000〜2010年 RCDエスパニョール・トレーナー(スペイン1部リーグ)
2011〜2014年 ベガルタ仙台・トレーナー
2014年〜 鍋島整形外科(千葉市)
2018年〜 幅広い分野での活動を目指し、「EL CUERPO治療室」を設立。現在は順天堂大学サッカー部トレーナーとしても活動し、他にも2校のフィジカルアドバイザーを務める。動き作りの個人指導、チーム指導も行う。
▼ホームページ
https://elcuerpo.net/
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