外国人のほうが日本人を知っているという罠にはまっていないか。オシムは言う「普通に行動しろ」と

2019年08月03日

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イヴィツァ・オシムが日本代表監督時代に、“日本サッカーの日本化”を唱えたことはつとに有名である。いまだにその言葉にハッとさせられるのはジュニサカ編集部だけではあるまい。グラーツに戻って幾星霜を重ねた賢者は日本人に対し、ときには「普通に行動しろ」という。今、どこかのチームに追いつこうとあがくジュニア年代の指導者にこそ、“オシムティーブレイク”をしてほしい。
 
『フットボール批評issue25』より一部転載

取材・文●木村元彦 写真●ドラガナ・シュピッツァ


  
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日本人のことを私に聞く、そこに罠がある
  
――日本代表監督に就任(2006年)して日本サッカーの「日本化」を提唱されてから13年がたちました。あの意図をあらためて聞きたいです。志が半ばであったと思いますが、代表の現状をどう見ていますか。
 
「当然ながら、私が日本化を進めようとしたあの時期から大きな時間が経過しているので、世界のサッカーも変わっているが……。日本化に関して言えば、日本人の頭の中には、ブラジル、フランス、ドイツ、スペイン……、まず列強のコピーがあってオリジナルがある。その考えは止めるべきです。自分自身がコピーする必要が無いオリジナルなのだから。これはパラドックスだが、日本人はどういう性質を持っているかを日本人本人に私が説明するという事態があった。でもそれは日本人が一番よく知っていることではないのか? 間違った思い込みを避けるべきです。自分が自分を一番よく知っているのです。ときに思うのだ。私は日本人じゃないのに、なぜ私に日本人のことを聞くのだろう。そこに罠がある。外国人の方が日本人を知っているという罠が。日本人は真面目過ぎて視野狭窄になる部分がある。私はそんなときに目を覚ませと言いたくなる。普通に行動しろと。ファナティックになっているときがある。だからリラックスしなさいと。日本の歴史は鎖国が長かったからかもしれないが、他国に追いつこうとするきらいがある。別の固有なものを認めるという寛容さは大切だが、自分をしっかりと鏡で見て自信を持つことも重要だ」
 
――追いつかねばという余裕の無さはコンプレックスの裏返しなのでしょうか。時は経っていますが、日本が世界で勝つためのオリジナルの哲学というのは、まだはっきり言葉で定義されているとは思えません。
 
「残念ながら、言葉の前に日本はまだ哲学の域まで辿り着いてはいないと思う。ショートパスでのボールを失い過ぎている。チームもアグレッシブで士気が高いのにロストボールが多い。日本人は速く走っているし、パスも回しているが、その一方で、ボールを奪われることを仕方ないと思っているメンタリティが散見される。それは良くない。当たり前のことだが、ボールを奪われたら、点をとられるリスクがそこから始まる。リスクは冒さなくてはならないが、そのマネージメントに淡泊ではいけない」
 
――ベルギー戦のカウンターから哲学を導き出すというのはまさにそういうことでしょうか。日本では最近流行りの5レーン、ハーフスペース、ゲーゲンプレスなど戦術的な言葉が一人歩きする傾向にあります。指導者は言葉をどう扱うべきだと思いますか?
 
「言葉の問題で言えば、要は選手に監督の意志や意図が伝わっているかどうかだ。どんなにきらびやかでモダンな用語を用いても選手に届いていなければ、意味が無い。そんなときは監督は新しい用語を使っている自分に酔うのではなく、自身の言葉を変えるべきです。インタビューもそうだ。しっかりした問いが伝わっていなければ、どういう答えをもらってもだめだろう。選手に対する言葉というのは、ときに毒にも薬にもなる。批判をし過ぎるのは良くない、ほめ過ぎても良くない。建設的な批判と褒めることのバランスが大事だ。そして批判も称賛も前提として大事なのは、監督は試合という文脈の中でのプレーの指摘をすることだ」
  

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