育成事情の共有、指導者・クラブ同士の交流…才能ある選手を失わないために取り組むべき課題

2020年03月25日

育成/環境

昨夏、U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ(以下、ワーチャレ)ではタイ勢が質の高いプレーを披露した。また、U-14東京国際ユースサッカー大会においてもインドネシアのジャカルタ(選抜)がいいプレーを見せていた。昨今、東南アジアのサッカーはレベルが上がっており、ジュニアのトップ・トップを比較すると、すでに日本は追い抜かれつつあるのが現状だ。

そこで、3月は「タイ・サッカーの育成事情を知ろう」と題し、「True Bangkok United」(本文表記は「バンコク・ユナイテッド」)のアカデミーでU-13の監督を務めている保坂拓朗氏にインタビューを行った。最終回はタイの事情を話しつつ、育成をテーマにざっくばらんな意見交換を行ったので、それをそのままお届けしたい。

【3月特集】「タイ・サッカーの育成事情を知ろう」

取材・文●木之下潤 写真●ジュニサカ編集部


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クラブはあくまでコミュニケーションを生む手段

――逆に保坂さんのほうから日本に対して思うこと、聞きたいことはありますか?

保坂 個人的には、日本という大きな枠組みで括ること自体が難しいのではないかなと思っています。日本も地域ごと、都道府県ごと、市町村ごとに文化が違うので、そこはタイにも感じます。例えば、地域性を超えた日本らしいU-12年代の特徴とかって何かあるのでしょうか?

――正直、日本らしいサッカーは思いつきませんが、日本らしい理想的な指導なら思い当たることはあります。それは結果的に「もしかしたら世界共通なのかもしれません」が……。

 現在は核家族化が進み、家族単位が小さくなっています。私が思う日本の育成で理想的な形は「祖父母、父母、息子娘と三世代くらいの大きな家族単位で子育てを行う」ようなあり方です。そして、この単位が地域の中で隣の家族と当たり前に重なり合ってコミュニティ化するような環境形成です。

 昭和の時代はこれに近い環境がありました。多様な人たちが子どもを見て、子どもも多様な人たちと触れ合うなかで、子どもらしくいることができたし、子どもらしく育つことができたのではないかと思ったりします。子どもが多様な人を見て、いろんな意見を聞き、その環境の中で考えさせられる。個人的には、こういう考えを持って「スポーツの育成環境づくり」を行っていくことが大事なのではないか、とイメージしています。これが個別的な才能の育み方だとも思っています。

 最近はすべてをキレイに区分けして分離した考え方を持とうとしがちです。主義主張にしても、それこそサッカーで言えば戦術論にしても、育成論にしても、分離的でどこかに当てはめようとしているように感じています。しかし、そうしてしまうと子どもはその大人の考えのどこかに属さなければいけなくなる。でも、子どもの才能なんて一概に言えるものではありません。

 だとすると、「育成で何がいいのか?」と考えたときに「もっと大きな枠組みで俯瞰し、地域の環境の中に子どもを収めた(当てはめた)ほうがしっくりいくのではないか」と。

 子どもは全員が「ここまで学んでいますから、次はここからです」みたいに分けられるものではないし、例えば学年が上がっても学ぶ領域が重なり合っているから次のカテゴリー(学年)にバトンを渡す作業が大事になります。だから、大人側もその重なり合う部分を認識したり共有したりする必要があります。でも、その意識がみんな薄いような気がします。

 私は、「多様な人間が子どもの育成に関わる」環境を作ることが重要だと、現時点では考えています。それを具体的な現場指導に例えるとサッカーコーチであり、フィジカルコーチであり、コンディショニングコーチであり、メンタルコーチでありという感じです。だから、サッカーの指導にはいろんな要素が絡み合うわけです。

保坂 その考え方、おもしろいですね。その考えでいくと、木之下さんが最初に言われた世界的に変わらないという意見は当てはまっているかもしれません。僕がタイにいて感じるのは、日本の何十年か前の環境に近いのかもしれません。こちらの家族はすごく大人数ですし、家族の解釈として「隣の家も家族だよ」という人は多い気がします。なので、タイの子たちの応援を見ると、いろんな人が集まっています。

 多分、その理由は公共交通機関が整っていないので、結果的に家族が送迎しないといけない仕組みも絡んでいます。そうなると家族で一緒にいる時間が多いですし、子どもの行事ごとで何かあれば「祖父母までが手伝う」ような雰囲気がたくさんあります。ある意味、タイで当たり前にある小学校高学年くらいからの特待生制度は、子どもを寮に入れる環境でいうとメリットデメリットはあると思います。

 家族観で言えば、タイはある意味ヨーロッパに近い生活環境にあります。私がヨーロッパにいたときは家族で一緒にいるのが当たり前でした。特にスウェーデンはそうです。お世話になったクラブは祖父がゲートボールに来て、クラブハウスにのんびりしているとちょうど子どもたちが帰る頃と重なって、次にその子たちが練習に来て、帰る頃に今度は大人たちが仕事帰りに練習に来る。そうやって重なり合うようなクラブのあり方として、家族的な意味合いを含む環境にあります。お父さんもそのクラブでプレーするし、お母さんも別のスポーツを同じクラブでプレーしていたりします。

――例えば、それがクラブであったり、プログラムであったり、そういう媒介を通して多くの人たちが関わり合うことが日本の育成には重要ではないのかな、と。クラブはコミュニケーション・ツールとして機能するものみたいな感じです。そして、クラブを介しているから、そこでの哲学がその子の教育に反映されるわけです。一貫した指導が大事なのではなく、クラブやプログラムなどを通して多様なコミュニケーションを生んだり、それが選手の基準になったり、要するに「子どもが育つためにどう機能しているのか」というキッカケがたくさん起こる環境があることのほうが大切だと思います。

 日本でいうと、街クラブに育成プログラムがない。じゃあ、クラブを媒介として考える。そうすると、どうやったらクラブを通じて多くのコーチがコミュニケーションを取れるのかというアイディアを出したほうが環境づくりにつながる。1DAYマッチはまさにそうやって活用すべきだと思うんですけど、日本だとその考え方はなく、単なる子どもが試合をこなす場としてしか捉えられていません。すごくもったいない! 

 個人的には、月一くらいは隣り合う2、3クラブくらいが集まって練習してもいいのではないかと思います。そして、コーチたちは別のカテゴリーのチームを指導する。私は、そういうことのほうが才能を育む環境づくりになるのではないかとも考えています。サッカーを媒介にしてしまうとコーチたちはプレーでしか才能をはかれないけど、もっと広く環境を媒介にすればプレー以外のアプローチの仕方が思いつく。

 あくまで「街クラブで才能を育むにはどうすればいいのか」をテーマに話を展開していますが、私はJクラブで実行してもいいと思っています。レベルの高いコーチがレベルの低い選手を教えたり、レベルの低いコーチがレベルの高い選手を教えたりなど、日本はきちんと整理整頓された恵まれた環境だからこそ、そういったシャッフルするような環境にあえて置かれないと気づけないコーチがたくさんいます。

保坂 カテゴリーが一度別れてしまうと、なかなかシャッフルするような環境にならないですよね。あまり聞いたことがない意見です。うちはクラブ内で移動はあったりしますが、そこまで頻繁ではないですよね。確かにそういう試みがあると、子どもに関わる意識が変わるかもしれません。

カテゴリー間をまたぐ育成共有のあり方!

――純粋なプロ育成で見ると、U-13の監督がいかにU-12の練習を観戦しているかが重なり合う部分なので、それが多ければ多いほど一貫した指導につながるわけです。そうすると、その時間をいかに持つかが大事になります。それをミーティングだけでなく、月一でいいから実践指導で上のカテゴリーのコーチが一つ下のカテゴリーを指導すれば、かなり把握できることが増えます。

 それは吸い上げる側のコーチだから。

 そこには、他にもいろんな要素が潜んでいます。例えば、学ばせたいものの要望と教えなければいけないものの承認が指導現場の中でできるので、下のカテゴリーのコーチも具体的な課題ができます。そういう取り組みや工夫をクラブの中でシステム化する、構築することのほうがクラブのアカデミーとしては大事なのかな、と。

保坂 なるほど。うちもアカデミーダイレクターを交えた話ではそういうことが議題に上がるのですが、実現にまでは至っていません。でも、うちのダイレクターも似たようなアイディアを話します。日本でも、なかなかないですか?

――Jクラブでそういう話は聞いたことがないですね。私も質問したことないですし。ただ数年前にスペイン人コーチに取材したときに「いかにダイレクターと共有するかが課題の一つ」だと言っていました。そこが密接であるほどタレントを多く輩出できるような体系立てにはなるとも。結局、スペインのクラブとかってダイレクターも一人ではなく、例えばU-12~15に一人いて、U-16~19に一人いて、その上に統括するダイレクターが立っているような組織図になっているんですよね。

 少しうろ覚えなので、もし情報が間違っていたらごめんなさい。確かプロクラブや強豪街クラブくらいのレベルだったらそこまでの組織体系がしっかりしていたような気がします。統括ダイレクターが現場コーチから存在として遠くなるデメリットはあります。でも、今回の問題はそこが議題ではなく、スペインのような国でもそういう試行錯誤を繰り返している事実のほうを、私は日本のクラブが認識すべきだと感じます。

保坂 そういう内容も、先日うちのダイレクターが話をしていました。U-15までを統括する人材を作ろうか、と。タイ・サッカー協会はA代表とU-23代表を西野朗さんに任せて、U-19以下はエコノメソッドのグループが関わっていて、すごく共有しているような感じです。少なくともU-12~U-17までの大会は彼らが監督を務めていますから。

――これはずっと言い続けていることですが、日本のクラブは各カテゴリーのコーチが自分の担当チームのことしか知らないんです。特に多くの街クラブはのぞいているくらいの範囲でしか他のカテゴリーのことを把握していません。きっと、いきなり「指導して」と言われて把握できているレベルではないと思います。そこが一番の問題点です。それは何が原因かというと、いくつかありますが、単純に指導に自信がない、他のカテゴリーに興味がない。一貫した指導が大事だと言ってるのに…。

保坂 街クラブのコーチは専業で指導されているんですか?

――専業コーチは一人、もしくは二人程度です。あとのコーチはバイトのレベルの雇用だと思います。でも、もう少しコミュニケーションをとる工夫をしていかないと、コーチの視野や価値観が広がらない現状は本当に良くないなと思います。私もアドバイザーを務めるクラブが開催する1DAYマッチに参加しますが、他のクラブのコーチと長話をしているシーンもほとんど見たことがないです。

 その後に飲み会して交流するようなこともあまり目にしたことがありません。もちろんSNS上では、いろんな街クラブのコーチが交流している投稿を見たことがありますが、レベルの高いクラブ同士の交流ばかりの印象です。いずれにしろコーチが刺激を受けないような環境、組織形態なので、当然ですが、子どもは刺激をあまり受ける環境ではありません。とにかく交わりを持たない環境に日本の育成が変わらない原因があるのではないか、と。

子どもを地域全体で育むという考え方!

保坂 僕も、タイにいる今の環境で「前後のカテゴリーのコーチ間でコミュニケーションを取っているか」といえば密には行っていません。でも、おっしゃっていることはわかります。昨年リーグ戦で対戦したチームのコーチ、ともにライセンスを受講したコーチなのですが、試合が終わった後に「今日のうちはこのシステムで、そっちはこのシステムだったけど、その狙いは何だったの?」と聞かれました。そこから「うちのそこを抑えに来たんだ」と話が展開していきました。

 お互い違うクラブだけど、試合を通じて意見交換するだけでかなり刺激を受けますし、次の自分に生かされます。エコノメソッドのコーチとも交流がありますが、「この練習どう?」「スペインではこんなことが言われ始めている」などとオープンに話をします。彼らはスタッフ用の練習メニューを全部配って「こういうメニューです」「こういう狙いです」とすごくオープンに公開してくれます。そういう関係づくりをすると、子どもたちに対して見る目が変わりますし、とてもいい経験をさせてもらっています。

 スウェーデンでは「地域で才能を出しましょう」という感じでした。私が住んでいたヘルシンボリはヘンリク・ラーションを輩出した「ヘルシンボリIF」があって、みんなそこを目指します。毎シーズン、アカデミーは半分が入れ替わりますし、継続できない選手は元いたクラブに戻ります。そこではクラブ同士がしっかりと連絡を取り合います。地域としてヘルシンボリIFを起点にタレントを育む環境が形作られています。そのために地域があるという感じで、もちろん各クラブにライバル関係は存在しますが、最終的にはトップを目指す場所が一緒なので、その地域内で切磋琢磨している図式が成り立っています。「ヘルシンボリIF」に入りたいがはっきりしているから、クラブ間のコミュニケーションが簡単に行われています。

――比較的、ドイツも似たような印象です。才能があればトップにつながるようなシステムになっています。今のスウェーデンの話を聞いて思うのですが、クラブの垣根を越えて才能を共有しあっているということを見習うべきなのかな、と。日本にはまだそういう価値観がないですし、もっとそういう機運を高めていかないと選手の奪い合いに終わっていることが多いです。「みんなで子どもを育てましょう」を合言葉に、それをもとに意見交換をすることがポジティブに行われるような環境を生まない、と。

 下のカテゴリーのクラブからすると「引き抜かれた」という意識しかないですし、上のカテゴリーからすると「感謝を示すこと」を見える形でお返しするような仕組みになっていない。指導という知識で返すのか何なのか…。Jクラブとなら金銭的なものなのか、きちんとした等価交換の価値観を生み出していかないと、現状のシステムだと子どもの才能が途切れ途切れになってしまっていて、「本当はプロになれたのに」「プロで活躍できたのに」という心残りをする選手を発生させている事態を引き起こしていて、とても残念です。

保坂 タイはどこを向いているのかな。タイ・サッカー協会にはエコノメソッドのグループが入っていますが、クラブでどうかといえばそれぞれで違います。日本に対してポジティブな印象を持っていますが、より多くのクラブが日本よりもヨーロッパのほうを向いているのが本音です。それでも最近では、Jクラブとタイのクラブが提携して留学制度があったりします。うちもFC東京U-17に1か月間の短期留学を毎年2名させたりしています。それも地域で選手を育む一環としてとらえられるかもしれませんね。お互いがどういうメリットを持ってやっているかだと思います。

――考え方の話ですが、経験は何をもたらすものなのか。それは「人」がもたらしているものなので、経験を広く深く得るためには人に多く関わるしかありません。そう考えると、どれだけの人が一つのプロジェクト、一つのクラブ、一つのチームに関わっているかでそこにもたらす経験や刺激の絶対数は大きく変化します。正直、サッカーであっても、企業であっても、それは変わらないですから。

保坂 豊富な経験は豊富な人との関わりというのは一理ありますね。

>>以上で、今月の特集は終了!


【プロフィール】
保坂拓朗/「True Bangkok United」U-13監督
1982年生まれ。兵庫県西宮市出身。関西学院大学を卒業後、イングランド7部の「Harrow Borough FC」でプレー。その後、指導者としての道を歩む。イギリスで「ロンドンJFC」U-15、タイで「ブラジリアンサッカースクール・バンコク校」、スウェーデンで「Hittarp IK」U-15監督、「Kristianstad DFF」テクニカルコーチなどを経て、2017年よりタイの「True Bangkok United」U-13監督に就任。

木之下潤(文筆家/編集者)
1976年生まれ。福岡県出身。様々な媒体で企画からライティングまで幅広く制作を行い、「年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)、「グアルディオラ総論」(ソルメディア)などを編集・執筆。2013年より本格的にジュニアを中心に「スポーツ×教育×心身の成長」について取材研究し、1月からnoteにてジュニアサッカーマガジン「僕の仮説を公開します」をスタート。2019年より女子U-18のクラブカップ戦「XF CUP」(日本クラブユース女子サッカー大会U-18)のメディアディレクター ▼twitternote


 

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