このままだと日本のジュニアサッカーは大きく後れをとる。“急激にレベルアップしている”東南アジアの育成事情に迫る
2020年03月04日
育成/環境ここ数年、東南アジアのサッカーレベルが上がってきた。ジュニアに目を向けても日本で開催されている国際大会で東南アジアのチームが日本以上に結果を残しており、昨夏のU-12ジュニアサッカーワールドチャレンジではタイ勢が質の高いプレーを披露した。また、U-14東京国際ユースサッカー大会においてもインドネシアのジャカルタ(選抜)はスペイン人コーチのもとで学んでおり、ジュニアのトップ・トップを比較すると、すでに日本は追い抜かれつつあるのが現実だ。そこで、3月は「タイ・サッカーの育成事情を知ろう」と題し、バンコク・ユナイテッドのアカデミーでU-13の監督を務めている保坂拓朗氏にインタビューを行った。来週の第二弾からは、その内容をお届けしたい。
取材・文●木之下潤 写真●ジュニサカ編集部、Getty Images
タイA代表・U-23代表を兼任している西野朗監督
日本が育成年代でもアジアトップというのは妄想
昨今、東南アジアのサッカーレベルは着実に向上しつつある。なかでも、タイは2019年に元日本代表監督の西野朗氏を招聘し、A代表とU-23代表の監督を兼任させる形でトップの強化をスタートした。
3月4日時点で、A代表はワールドカップ二次予選で3位。3試合を残し、そのうち2試合がホームと三次予選進出も十分に狙える位置にいる。また、U-23代表は1月に自国開催された「AFC U-23選手権」で下馬評を覆し、グループ予選を突破してベスト8に進んだ。惜しくもサウジアラビアに0対1と負けてしまったが、可能性を感じさせる戦いを見せた。
この結果を受け、タイ・サッカー協会は2026年のワールドカップ出場を見据えて西野監督と2年間の契約延長を行った。そして、近年のJリーグに目を向けると、北海道コンサドーレ札幌ではMFチャナティップが中心選手として活躍し、昨シーズンはベスト11に選出。横浜F・マリノスのDFティーラトンはリーグ制覇に大きく貢献した。確実に個のレベルは上がり、彼らは日本人選手にはない身体能力や技術の高さを武器にその地位を築き始めている。
突然、なぜ東南アジアのサッカー、またタイ・サッカーに触れたのか?
その理由は、昨夏目にしたU-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ(以下、ワーチャレ)のタイ勢の試合、そして、U-14東京国際ユースサッカー大会に出場したインドネシアのジャカルタ(選抜)の試合が忘れられないからだ。試合に関する内容は過去記事でも少し記しているので、下記を参考いただきたい。
・U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ
・U-14東京国際ユースサッカー大会
取材を通じて言えることは、東南アジアのクラブや協会はここ数年間「育成機関にヨーロッパのコーチを招聘」して強化を図っている。ワーチャレでFCバルセロナを撃破して準決勝に進んだトヨタ・タイランド(タイ代表U-12)、またジャカルタ(選抜)はスペインからコーチを呼び寄せ、先進国の指導を直接受けていた。
実際に、私が見た彼らのサッカーはチームとしてきちんとオーガナイズされ、明らかに日本のチームよりプレーメカニズムを理解し、そこに相互理解が伴っていた。最近は日本でもゲームモデルやプレー原則が導入されてきているが、彼らはそれらを自分のモノとしていた。
昨年の印象では、ジュニア年代においてトップ・トップのチームを比較すると、「もう日本はタイに追い越されている」といっても過言ではない。こういった意見は年代別代表を長年取材するカメラマンも同じだった。おそらく日本ではジュニア年代のアジア各国のサッカーを見たことがない人も多く、国内のサッカー関係者は「日本が上」との感覚を持っているだろうが、現実は「もっと切迫した状態」だと、私は分析している。
昨年夏に行われたU-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ2019で3位になったトヨタ・タイランド(タイ代表U-12)
育成コーチは「サッカーとは」から見直しては?
実は、アジアの国々のジュニアサッカーに対して、私が「すでに日本はヤバいのでは?」と危機感を抱いていたのは数年前からだった。
経済成長に伴い、彼らは豊富な資金を使ってスペインなどから優秀なコーチと育成メソッドを自国に持ち込み、アカデミックで理論的な指導を継続的に受ける環境を作っていた。特に中国やタイはそれが実を結ぶ形で結果に出つつある。
ちなみに昨年のワーチャレにおいては、日本のJクラブは一つもベスト4に残っていない。ベスト8を見渡すと、Jクラブ2チームに対して中国1チームとタイ2チーム。大阪トレセン1チームを加えても、日本とは同数。出場数は圧倒的に日本のチームが多いのにもかかわらず。「この数字が何を物語るのか?」はみなさんのご想像にお任せする。
この大会を通じて、何より危機感が募ったのは「プレーの質」の部分。ベスト8に残ったアジア3チームと日本3チームを見比べても、その時々の状況に応じた立ち位置にかなりの差があり、私は「どうしても日本のチームが基本システムを理解した立ち位置を取れないこと」に引っ掛かりを覚えている。
もしこれを日本のサッカー関係者が「8人制サッカー」を理由に述べるのなら、なおさら育成コーチが小さい頃から「サッカーとは、どんなスポーツか」という観点で積み重ねた指導をできていない証拠とも受け取れる。むしろ「他のアジアの国々に負けています」宣言をしているに等しい。
個人戦術の「2対1」の関係による立ち位置の取り方に始まり、試合のシステムに応じたポジションの理解とそれを実現する立ち位置の取り方は、日本でも小学校低学年から戦術的な観点で指導する必要があり、しっかりと積み重ねていれば、たとえワーチャレのようにいつもとは異なる「8人制サッカーから11人制サッカーに変更」されても、選手に大まかなことを伝えたら試合を重ねるごとに修正や調整が効くはずだ。
事実、欧州のクラブをはじめとする海外のクラブは、通常の9人制などから11人制のサッカーに対応している。私見だが、日本のチームは大会の最終日になっても8人制サッカーで見せているコンパクト感が抜け切れない。私は、その原因が「サッカーとは、どんなスポーツか」という根源的なことに向き合っていないその価値観にあると読んでいる。
海外に目を向けて指導をアップデートする時代
さて、本題を3月の特集テーマに戻す。この第一弾では、アジアにおける日本のジュニアの立ち位置と選手が置かれた指導環境を認識してもらいたくて、国内の育成コーチにとっては少し耳の痛い内容を書き綴った。もちろん日本の育成環境にも数多くいいところがあり、質の高いコーチもたくさんいる。
しかし、日本がアジアのトップランナーとしての意識があるのなら、サッカーピラミッドの土台を成すジュニア選手に対して質の高い指導をすることは必須条件だ。
それはトップ・トップではなく、「グラスルーツでサッカーをプレーする選手たちに対する指導」という意味である。裾野でプレーする子どもたちに向けた質の高い指導こそが、多くのタレントを引き出す唯一の方法であり、そのためには裾野で指導する育成コーチのレベルアップは必要不可欠である。そのために、私自身も一度アジアに目を向けてみようと思い、3月の特集テーマを「タイ・サッカーの育成事情を知ろう」とすることを決めた。偶然にも、SNSを通してバンコク・ユナイテッドのアカデミーでU-13の監督を務めている保坂拓朗氏と知り合い、少し情報交換をさせてもらっている。
今月の特集では、スウェーデンやイギリスでも指導経験があり、現在タイの現地でコーチとして働く保坂氏の協力のもと「タイ・サッカー」の育成について少し調べていこうと思う。私自身は、3月末をもって2年間続けてきたジュニサカ特集の担当を外れるため、最後にアジアの育成を伝えられることを幸運に思う。
それは選手だけでなく、「育成コーチも切磋琢磨する環境が大切」だからだ。
こういった言い方をすると快く思わない人もいるだろうが、日本はどうしても外の世界に直接触れる機会が少ないので、国内だけに意識が向きがちだ。しかし、コーチもグローバルに自分の価値を証明する時代に入っている。海外に視野を広げると、多くのコーチは様々な国の指導情報をダイレクトに得ながら自分をアップデートし、トレーニングの質を高めて国外へと指導の場を移している人たちも増えている。日本にも先進国でアカデミックに、そして文化として肌感覚で本場のサッカーを学び、帰国後サッカークラブで指導するコーチも少しずつ現れ始めている。
だからこそ最後に日本の育成コーチに叱咤激励するようなテーマを扱えることに感謝しかない。次回からは、タイ現地で指導する保坂コーチのインタビューをお届けしたい。
>>3月特集の第二弾は「3月11日(水)」に配信予定
【プロフィール】
木之下潤(文筆家/編集者)
1976年生まれ。福岡県出身。様々な媒体で企画からライティングまで幅広く制作を行い、「年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)、「グアルディオラ総論」(ソルメディア)などを編集・執筆。2013年より本格的にジュニアを中心に「スポーツ×教育×心身の成長」について取材研究し、1月からnoteにてジュニアサッカーマガジン「僕の仮説を公開します」をスタート。2019年より女子U-18のクラブカップ戦「XF CUP」(日本クラブユース女子サッカー大会U-18)のメディアディレクター ▼twitter/note
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