コラム

松本山雅FCの激闘に触れる #3

2012年07月20日

7月19日に発売した『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン』(宇都宮徹壱著)。ジュニサカではプロローグを3週にわたってお届けしてきたが、今回で最終回。故・松田直樹さんが松本山雅FCのホームグランドであるアルウィンを見た後で、何を想い、入団に至ったかを紹介したい。

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山雅というクラブが持つ、圧倒的なまでの影響力

7月19日発売の宇都宮徹壱著の『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン』

7月19日発売の宇都宮徹壱著の『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン』

正式名称「松本平広域公園総合球技場(通称・アルウィン)」。収容人数2万を誇る、屋根付き球技専用スタジアムであり、山雅のホームグラウンドでもある。

「ピッチに一歩足を踏み入れた瞬間、松田くんの表情がガラっと変わったんです。そして『ここ、すごくいいですね』と。何がいいかというと、スタンドの近さだと言うんです。『ここはJFLだけど、これだけサポーターとの距離が近いスタジアムが、オレは好きです』と。さらに『自分がここに来れば、サポーターも増えると思う』とも言ってくれましたね。すごくいい笑顔で」

その後、寒さで冷え切った身体を温めるべく、一向はホテルのカフェに入る。大月はたたみかけるように、クラブとしての熱意をストレートに松田にぶつけた。

松本山雅には松田直樹が必要なんだ。松田直樹がいなければ、できないことがたくさんあるんだ。J2昇格の請負人として来てほしい。そしてサポーターをさらに増やすためにも、ぜひ松本の宝になってほしい――。

実はこの時の模様は、TBSのドキュメンタリー番組『バース・デイ』でもオンエアされている。この番組では、カタールのクラブからも松田に破格のオファーが届いていたことが紹介されており、当人が迷っている様子が描かれていた。果たして、実際にそのようなオファーはあったのだろうか。代理人の田邊によれば、真相はこのようなものであったようだ。

「確かにカタールから電話は来ましたけど、それは(具体的な)オファーではなかったんですね。相手はブラジル人の代理人でしたが、『興味があるならチームを探すぜ』程度のものでした。だいたいカタールって、年中センターバックを探していますから」
それでも松田の逡巡は、タイムリミットの大晦日まで続いていたようだ。夜になっても連絡はなく、大月は「やっぱりダメかな」と半ば諦めかけていたという。
新年まであと2時間足らず。少しほろ酔い気分になっていたとき、ふいに携帯が鳴った。

「今日を持ちまして、山雅のために自分は気持ちを込めて戦いたいって決めましたので――迷惑かけるかもしれないけれど、これからよろしくお願いします!」
声の主はもちろん、松田直樹本人だった。

(C)tete Utsunomiya

かくして松田は、松本山雅の一員となった。そして、この一見ミスマッチのようにも見える邂逅こそが、劇的な2011年シーズンのプロローグとなる。

何がどう劇的だったのか、ここで多くを語ることは控える。ただし、これだけは指摘しておきたい。すなわち、松本山雅と松田直樹の邂逅によって、「山雅劇場」と命名すべきムーブメントが醸成され、それまで松本という土地に縁のなかった人々までもが、このJFL所属のいち地方クラブに巻き込まれ、引きずり込まれていったという事実である。

2011年という年は、言うまでもなく「東日本大震災の年」であった。とはいえ日本サッカー界として見れば、この年は非常に明るい話題が多かったのも事実である。

日本代表では、アジアカップ優勝、U.17ワールドカップでのベスト8、そして女子はワールドカップ優勝を果たし、続くロンドン五輪アジア予選も突破して、空前のなでしこブームが沸き起こった。

Jリーグでは、J2から昇格したばかりの柏レイソルが初優勝を果たし、続くクラブワールドカップでも4位にまで上り詰める活躍を見せた。被災地のJ1クラブ、ベガルタ仙台も地元サポーターの強力な声援に後押しされて、クラブ史上最高となる4位でシーズンを終えた。

一方、ヨーロッパに目を転じれば、香川真司のボルシア・ドルトムントがブンデスリーガでマイスターシャーレ(優勝トロフィー)を掲げ、チャンピオンズリーグでは長友佑都のインテルと内田篤人のシャルケ04がベスト4進出を懸けて激突した。

これらの慶事に比べれば、松本山雅のJ2昇格というニュースは、極めて地域限定のものでしかない。実際、多くの中央メディアは山雅について「8月に亡くなった元日本代表、松田直樹さんが所属していたクラブ」として紹介することが多かった。

それでも私にとり、松田直樹がいた2011年の松本山雅は(彼の死後においても)、シーズンを通して追いかけるに十分値する、極めてエモーショナルな取材対象であった。そして、夢中になって追いかけているうちに、松本でのホームゲームのみならず、気が付けば沖縄や宮崎でのアウェイゲームにまで足を延ばしていた。

そこで折に触れて感じ入ったのが、ホームのアルウィンはもちろん、アウェイの会場においてもスタンドを一気に「劇場」化させてしまう、山雅サポーターの突出した参加意識と当事者意識の高さであった。そして、その源泉となっていたのが、山雅というクラブが持つ、圧倒的なまでの影響力である。

影響力のあるクラブと言えば、浦和レッズやアルビレックス新潟やFC東京といった、J1の人気クラブが真っ先に思い浮かぶことだろう。だが山雅の影響力は、これまで見てきたどのクラブとも明らかに異なる「何か」が内包されているような気がしてならない。否応なしに他者を巻き込み、さらには引きずり込んでしまう、ある種「魔力的」としか言いようのない、何かが。

本書『松本山雅劇場』では、松田直樹がいたJFL2011シーズンを追いかけながら、松本山雅というクラブに引きずり込まれてしまった人々を通して、このクラブが持つ不思議な魔力について追求してゆく。かく言う私も、取材を続けていくうちに、山雅の魔力に魅入られてしまったひとりである。
それではさっそく、あの熱く、激しく、そしてセンチメンタルなシーズンを振り返ることにしよう。
【付記】本書で登場する人物の年齢、所属、肩書き、そして団体名は、いずれも取材当時のものである。なお文中の敬称は略した。

※『松本山雅劇場』より一部抜粋(文・写真●宇都宮徹壱)
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VOL44

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