なぜ全日本少年サッカー大会は生まれたのか。大会の礎を築いた男の情熱と哲学

2017年12月22日

コラム
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仲間とお互いに相手を理解することを伝えたい

———あの時は順大の森山泰行がポスターになりましたね。駅で見て、ああ、こういう時代になったんだって思った記憶がありますね。

「だってあの時はJRだから、主要都市全部、車内広告までやってくれたんだから。あれを広告料に換算したら、すごいことになりますよ。あれで、2000から人が集まるようになったんだから。それまでは手弁当で、関係者5、6人しかいないんだから。それでもいいって、みんなやってきたんだけど、僕はだめだって言った。

 学生選手を集めてお客さんがいるのといないのとどっちがいい?って聞いたら、答えは簡単だよね。みんなに見てもらいたい。当り前のこと、これ本能ですよね。だけど、お前はとんでもないことを考えるって言われて。決してそうじゃなかった。それは大学の話だけど、コカ・コーラが付いた時に、お前は売るのかって言われた時に、いや協力はしてもらうけど、少年サッカーの精神は売っていないと言って、みんな何とか腹の中で我慢してくれてやりましたよ」

——行き過ぎは僕もどうなのかなってちょっと今のスポーツを取り巻く環境を見ていて思いますけど、それ以前に善意だけに頼ってというだけではなかなか成立しないと思うんですね。それはすごくいろいろな批判があったと思うんですけど、続けていこうという信念の礎になっていったものは?

「やっぱりね、日本が世界の一流チームであってほしいと。それからもうひとつはね、これちょっときれいごとになるんだろうけど、遊びの少ない子どもに、外で遊ばせて、仲間とお互いに相手を理解することを教えようとする、そういうことで言えば、サッカーは、こじつけに聞こえるかもしれないけども、足でボールを蹴って、不自由なことをみんなでもってやり合うというところに、協力が生まれるんだろうなと、そんなことをちょっと教育的に考えていました」

——少年大会で、非常に素晴らしい賞、フェアプレー賞を作られたきっかけというのは?

「これはね、日本サッカー協会で今でこそ、使われてるフェプレーの精神。ことの起こりは、ピンチになった時にファールで止めるということは、その場は逃れるかもしれないけれど、君は絶対に上達しないよと、これが原点です。だけど、それを育てていくためには、どっかで賞賛が必要なんです。だから、その賞を作った。最初は個人だったんですよ。個人で何人かを選んで、大会が終わって表彰したんですよ。

 だけど、考えていくとね、そういう個人が集まって機能したのがいいチームなんですよ。ということで、チームを表彰することにしたんですよ。これは正解だったと僕は今でも思ってるけどね」

——水本賞というのは?

「水本賞というのは、まさにピッチの面、生活の面、それから学習の時の態度、これを全部総合して讃える。水本賞というのは、水本勝彦という方がいて、僕らをずっと支えてきてくれていた人だったんです。僕より年長者で、東京の小学校の校長です。

 この方はサッカーそのものはあまり得意な人ではなかったんですけど、少年にそういった活動の場を与えるという考え方を、非常に理解してくれて、校庭の開放とかをしてくれました。いろんないくつかの学校にグラウンド貸してくださいって言ってもね、なかなか貸してくれないんですよ。

 その時に、水本さんは校長会のお偉方だったんですが、あなたの考えていることに協力するよと言ってくれてね。それから、その精神を引き継いでね。毎年、何人かのメンバーを選んで、水本賞というのを与えています。こういうのは誰も知らないんだよね」

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