難民でストリート育ちの苦労人モドリッチが”世界最高のMF”になれた理由

2018年06月22日

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ロシアW杯グループリーグ第2節のアルゼンチン戦で豪快なミドルシュートを決めたクロアチア代表のルカ・モドリッチ。前人未到のCL3連覇を成し遂げたレアル・マドリーでも不動のレギュラーとして活躍しています。幼少期から難民生活を送り、クロアチアの天才の陰に隠れた存在だったモドリッチは、なぜ世界最高峰MFにまで上り詰めることができたのでしょうか。

著●西部謙司 写真●GettyImages

『PERFECT SKILL パーフェクトスキル 世界トッププレーヤーの究極スキルを解説する』より一部転載


NIZHNY NOVGOROD, RUSSIA - JUNE 21:  Luka Modric of Croatia celebrates after scoring his team's second goal during the 2018 FIFA World Cup Russia group D match between Argentina and Croatia at Nizhny Novgorod Stadium on June 21, 2018 in Nizhny Novgorod, Russia.  (Photo by Maja Hitij - FIFA/FIFA via Getty Images)

モドリッチ村の難民

 クロアチアのザダルで生まれたルカ・モドリッチのファミリーネームは住んでいた森に由来するという。地名がそのまま名前に使われるのが風習なのだそうだ。幼少期は戦時下だった。二度住まいを変えていて、モドリッチ一家は難民だった。子どもの戦争体験は大人と違っている。本人はそれほど悲惨だとは思っていなかったという。

 避難先の中庭でボールを蹴っていたモドリッチはクロアチアでも最後のストリート育ちのプレーヤーだ。10歳のときにハイデュク・スプリトのテストを受けたが不合格だった。体が華奢すぎるというよくある理由である。NKザダルでプレーした後、16歳でディナモ・ザグレブのユースチームに加入した。18歳でトップチームに昇格、10年契約を結んだときの金で故郷にアパートを買い一家の難民生活にピリオドを打つ。

 ただ、ザグレブで順風満帆だったわけではない。すぐにボスニアのズリニスキ・モスタルに貸し出される。後にモドリッチは「ボスニアでプレーできれば、世界のどこでもやれる」と話している。フィールドの劣悪さをはじめ、かなり過酷な環境だった。

 クロアチア系協会とボシュニク系協会がそれぞれ主催していたリーグが統一されたプレミイェル・リーガで、モドリッチは18歳にしてキャプテンを務め、リーグのMVPに選ばれている。ところが、次のシーズンにもザグレブには戻れず、クロアチアリーグのNKザプレシッチへ貸し出された。ディナモ・ザグレブにはニコ・クラニチャールがいたからだといわれている。

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