鎧のようなたくましい筋肉を付けると、逆に股関節の働きは鈍くなる

2020年01月27日

フィジカル/メディカル

昨年5月に『キレッキレ股関節でパフォーマンスは上がる!』を上梓した高岡英夫氏は、「運動科学」という分野の創始者であり、さまざまなアスリートの身体の動かし方や使い方を世界最先端の方法で研究・分析している。そんな高岡氏が日本サッカー界で最も注目を浴びる久保建英選手の才能と未来について、股関節を中心に詳細に分析してくれた。

著●高岡英夫 写真●Getty Images


【前回】久保建英の股関節の才能はメッシを超える――才能を本当の実力に変えるための課題


FC Barcelona v RCD Mallorca - Liga

筋トレが転子の邪魔をする

 前回の記事をお読みになった皆さんに伺います。

 では読者の、あるいはサッカーの専門家の皆さん、このように言われてどう考えられるでしょうか。そう言われたって困るよな、といったところでしょうか。つまり、選手本人自身が、誰に言われなくたって、どうしても自らたくましくなろうとするのですから。
 
 皆さんの子どもの頃を思い出してください。あるいは、いまちょうど中学3年生くらいから高校生くらいの皆さん、たくましくなろうとしていますよね。つまり大人になりたいのです。それは、様々な精神性と肉体性がごちゃまぜに絡み合いながら、同時一体的に進行しているのです。中学3年生くらいにもなると、あるいはもっと前からそういう子もいるかもしれませんが、太腿の太さを気にかけたり、裸になると鏡に自分の体を写してみたり、二の腕に力こぶを入れてみるなどの象徴的な行為から始まり、「オシッ!」といったような大人っぽい声を出して腿の付け根や腰横を押さえてみたり、さらには、父親に対して当たったり、逆らってみたり、実際に腕ずくでやってしまったぜ、と自慢してしまう子が出てきますよね。
 
 サッカー的に非常にわかりやすいことを言うと、やはり子どもっぽい細いままの体では頼りない。だから、当然たくましくなくてはいけません。高校になると、筋トレはある程度様子を見ながらやっていいというトレーニング常識もありますから、皆、これまた当然筋トレもやり出すわけです。
 
 実はまた、その筋トレが転子をゴチャゴチャにしていく恐れがあるのです。具体的には、転子の身体意識が薄くなって、本来は正しい転子の位置ではないところに強い硬縮的な身体意識が次々に形成されていってしまうのです。それは、筋トレが大きな原因になっているのです。そして一方ピッチ上では、やはり大人っぽく「倒されねーぞ、てめえ」というふうに当たりたくなってくるわけです。サッカーが、倒されないことが目的になってしまったら困りますよね。ラグビーやさらには相撲ではないのですから。もちろん正確には、ラグビーも倒されないことが目的ではなく、ボールを相手のゴールラインまで持ち込みトライすることが目的ですが。
 
 このように走る、ドリブル、当たり、ダッシュ、キック、そういったことでも太ももの前面である大腿直筋を中心に股関節の前面~側面から腿の前面~側面にかけての筋肉を強くしたがる傾向があるのです。その中には、相手選手に当たられて絡まってぶち倒れたりするような危険な倒れ方がありますが、そういったときにケガを防止するという大事な目的で行う筋トレもあります。実際多くのスポーツには、筋肉を鎧にするという考え方があります。それがないのは、接触プレーのない陸上競技や水泳などのスポーツです。サッカーやバスケットボール、ラグビーなどの球技では、特にラグビーが顕著ですが、筋肉を鎧として身に付けるという考え方があります。その考え方は間違っているのですかと尋ねられたら、必ずしも間違っているとは言えないところが非常に難しいところなのです。
 
 もし100%完全に間違っているのだったら、大きな声で「止めろー!!」と言って、何がなんでも止めさせればいいだけです。しかしながら、筋肉があることで助かったということは、当然起こり得ます。だからこのケガ防止という観点だけでも、筋トレを100%否定することはできません。実は、だからこそ、筋肉は上手に鍛えないといけないのです。

筋肉を付けることは大事だが……

 筋肉は体を守る鎧として、ある程度の量は必要です。しかし同時に量だけではなく、体のどこにどういう配分で付けていくかということも巧みに考えていかなくてはいけません。また筋肉にどういう性質を持たせるか、ということも大事です。鎧的なイメージだと、どうしても硬縮した固い筋肉を皆イメージしてしまうので、たとえトレーナーが筋肉の鎧を付けなくちゃいけないんだと直接言わなかったとしても、そういう意識で筋肉を付けようとしてしまいます。選手にも「筋肉がないとぶつかった時にケガするからな」とか「筋肉はケガを防止するんだから」「今日は当たった時、結構平気だったろう」「逆に相手がふっとんだだろう」とか、そういう感じの会話になってきます。そうすると潜在意識の中に「鎧だ、鎧だ、鎧だ」というイメージが生まれてきてしまうのです。
 
 そうすると、どうしても筋肉が固く張ってきます。実は筋肉の筋繊維や細胞というのは、神経を通して全部脳と密接に繋がっています。逆に言えば、そうでないと、人間はこれだけ自由には動けません。動物も同じです。たとえば、ツバメが空を飛ぶのを想像してみてください。脳と筋肉が詳細かつ密接に繋がっているのが分かるはずです。全て、脳直結の神経筋単位で行っているのです。だから、どういう意図をもって筋肉を付けているかということが、ものすごく大事になってくるのです。そうでないと、脱力してても脱力ができない、つまり、脱力している状態のはずなのに硬縮したままの筋肉が付いてしまうのです。

図5

図5 久保建英の股関節 ©2019 Hideo Takaoka 運動科学総合研究所

 それが実は、この久保選手の(図5)のように股関節の外側前面から太ももの前あたりに描かれている身体意識の正体なのです。この身体意識は、筋肉や骨がどういう性質で使われているかを絵に描いたものです。だからと言って「そうか、じゃ、止めてしまえばいいんだ」とか「筋肉なんかつけなければいいんだ」と言って済むような簡単な話ではありません。
 
 たとえば過去、小学校高学年とか中学生の時に素晴らしいプレーができていた天才少年が日本にも数多く存在しました。小野伸二選手は、そのような中でも典型的な天才少年でした。しかし大変残念なことに、大人になってからガチガチに筋肉が付いてしまって、まったくの別人になってしまいましたが、ああいうことが起こってしまうのです。だから、子どもの頃に素晴らしい才能を持っている選手は日本にもかなりいるのですが、これまではほぼ全員がこの難しい壁を乗り越えられずに、ガチガチの鎧型の筋肉が付いていってしまったのです。

筋トレ時から常に股関節への意識を

 その中で数少ない例外として、海外に行ってもそのような筋肉を付けずに、一時活躍できていたのが『サッカー球軸トレーニング』でも紹介した中田英寿選手です。セリエAのペルージャにいた時の彼は、大変に素晴らしかった。まだ鎧型の筋肉が付いておらず、良い筋肉、つまり脱力すればフワフワになって、股関節まわりにゴチャゴチャ描かれるような硬縮的な身体意識の少ない筋肉の付き方をしていました。同リーグの名門ASローマに移籍してからは、もっと筋肉を付けなければということで、ガチガチな身体意識の筋肉に取り囲まれてしまいましたが……。
 
 久保選手がメッシやC・ロナウドより先天的に優れた股関節を持っているとすでにお話をしました。股関節の中心が左右ともほぼ理想的にきちんと取れている、そのような身体意識が備わっているのです。だから、ぜひそれを活かして、今後は大人の選手として現実に最強の支配力を持った転子、身体意識を形成し、サッカー選手として最高の能力を育てていって欲しいと思います。
 
 そのためには、筋トレをしている時にも股関節の中心をいつも一所懸命意識することです。『キレッキレ股関節でパフォーマンスは上がる!』の中で紹介した「転子突擦法」や「転子揺解法」を常にやり続けて、筋肉を鍛えたら「筋肉擦法」で必ず擦る。筋肉を鍛える前にも擦る。さすってやると固い身体意識が取れてきて、筋肉も柔らかくなります。鍛えても常に柔らかくなるようにし、走っても、練習や実際の試合でピッチに立っても踏ん張ったり、また接触プレーでも絶対に頑張ったりするような当たり方はしない。脱力して自分のポジションが良くなった結果、相手のディフェンスを難なくスルーしたり、相手の選手が下手な当たり方をしてしまい、相手がふっ飛んだりひっくり返っているということを大事にしていく。ますます力が抜けていったら「今のいいな」と、一方、ガーッと踏ん張って動いたり、当たったりしたら「今のじゃダメだな、俺は」と、気がつくことが非常に大事です。踏ん張る動きをすると必ずワンテンポ、ツーテンポ、時にはスリーテンポ遅れますから、プレーが繋がりません。久保選手レベルの才能であれば、その辺りの違いはすぐに分かります。ぜひ、そうなって欲しいなと思っています。

 久保選手の今後の進化と活躍を期待しています。ぜひメッシを超える選手になってください。


【プロフィール】
高岡英夫(たかおか・ひでお)
運動科学者、高度能力学者、「サッカーゆるトレ」「球軸トレ」開発者。運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長。東京大学卒業後、同大学院教育学研究科を修了。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、人間の高度能力と身体意識の研究にたずさわる。オリンピック選手、企業経営者、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」をはじめ「身体意識開発法」「総合呼吸法」「ゆるケアサイズ」など、多くの「YURUPRACTICE(ゆるプラクティス)」を開発。多くの人々に支持されている。


【書籍紹介】

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『キレッキレ股関節でパフォーマンスは上がる! 』
股関節を三次元に使いこなすことが、超一流選手への最短距離
最も鈍感な関節がフル稼働! トップアスリートは爆発力が違う
『股関節脳』理論に基づく「走る」「打つ」「投げる」「蹴る」の力を引き出す最先端のメソッドを紹介。


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