理由もなく勝てる銀河系軍団。リーガ王者レアルに哲学はあるのか?
2020年07月20日
読んで学ぶ/観て学ぶ2019-20シーズンのラ・リーガを制覇したレアル・マドリー。豊富な資金力で多くのスター選手を擁するレアルは、銀河系軍団とも呼ばれる。個々人のスキルに頼って試合を制するイメージのあるチームだが、そんなスター集団のチームにフットボール哲学など存在するのだろうか。今回は、『フットボールクラブ哲学図鑑』より一部抜粋して紹介する。
『フットボールクラブ哲学図鑑』より一部転載
文●西部謙司 イラスト●大野文彰
【前回】プレミア王者リヴァプールの哲学とは。「ロングパス+ハイプレス」の裏の顔
全方位型のじゃんけん王者
UEFAチャンピオンズリーグ(前身のチャンピオンズカップ含む)優勝13回。この大会でのレアル・マドリーの強さは圧倒的だ。優勝回数で二番手のミランは7回、リヴァプールが6回。レアルのライバルであるバルセロナとバイエルン・ミュンヘンが5回。優勝13回は後続をぶっちぎる戦績である。
チャンピオンズカップがスタートした1955-56シーズンからの5連覇が効いているが、2015-16からの3連覇も歴史的快挙である。CLになってから3連覇はおろか、連覇を達成できたチームもなかった。FIFAが「世紀のクラブ」として表彰したレアルは、今のところ 21世紀を代表するクラブでもある。
2009-10からの10シーズンに限っても、レアルは4回もCLを制覇している。その間、バルセロナが2回、インテル、チェルシー、バイエルン・ミュンヘン、リヴァプールが1回優勝しているにすぎない。
ところがスペイン国内リーグに目を転じてみると、同じ10シーズンでの最多優勝はバルセロナで7回、レアルは2回とCLとは逆転現象が起きている。
「バルセロナが問題なくプレーできていればリーグ戦に優勝する確率は高い。ただし、一発勝負の大会は別だ」バルセロナの生え抜きでヨハン・クライフ監督の右腕を務め、自身も監督や育成部長などを歴任したカルレス・レシャックは、バルサのプレースタイルがリーグ戦向きだと話していた。それだけ彼らのプレースタイルには安定感があるわけだ。レアルのプレースタイルはバルサと似ているが、レアルの真骨頂は安定感よりも一発勝負での強さにある。16回のファイナルで負けたのは3回だけ。決勝の勝率は約81%だ。5回以上優勝しているチームで比較すると、リヴァプールが約67%、バルセロナ63%、バイエルン50%、ミラン36%と、レアルの決勝戦での強さは図抜けている。
いかにして当面の相手に勝つかという策に注目すると、レアルはこの部分で非常に優れている。
例えば、2017-18のファイナルで対戦したリヴァプールに対して、引き気味に構えてリヴァプール最大の武器であるカウンターアタックを消した。さらに、もう一つのリヴァプールの特徴である「ゲーゲンプレッシング」に対しては「ロンド」によって無力化した。トニ・クロース、マルセロ、 イスコ、ルカ・モドリッチが絡んだ近距離のパスワークが素晴らしく、リヴァプールはプレスをしてもボールを奪えなかった。カウンターを封じ、ストーミングをやり過ごしたレアルは、試合の主導権を握り3-1で快勝している。
2015-16のファイナルはアトレティコ・マドリーとの対戦。強固な守備のアトレティコが「盾」 なら、豪華な攻撃陣を擁するレアルは「矛」。この決勝は矛盾対決になるはずだった。ところが、レアルは互いの武器であるはずの矛と盾を強制交換する策を打つ。レアルはアトレティコにボールを持たせて攻めさせた。盾となったのはレアルの方で、アトレティコは矛にならざるをえなくなった。どちらの強みも発揮し切れないまま延長戦でも1-1と決着がつかず、PK戦での勝利という際どいものだったが、作戦としてはレアルの勝利といっていいだろう。当初予想された矛盾対決では、おそらくアトレティコに分があったのをドローに持ち込めた。臆面もなくこれをやる図々しさは、ライバルのバルセロナにはない。
一発勝負でのレアルの強さは、その全方位型の体質による。
フットボールには攻撃、守備、攻撃から守備、守備から攻撃の4つの局面がある。別の言い方をすると、ポゼッションと被ポゼッション、カウンターと被カウンター。バルセロナはポゼッション攻撃と被カウンター守備に優れていて、主にこの2つを組み合わせて循環させることで勝利へ近づいていこうとする。ボールを支配して押し込み、奪われた瞬間からハイプレスを仕掛けて相手のカウンターアタックを封じて早期のボール奪取を試みる。逆にアトレティコ・マドリーは被ポゼッションとカウンターの組み合わせで、堅守速攻の必勝スタイルを築いた。リヴァプールならカウンターと被カウンターの組み合わせが、彼らのリズムである。いずれも攻撃と守備の得意なところを組み合わせて強みを出していくわけだ。
レアルはポゼッションと被カウンターの組み合わせをメインにしている点でバルセロナと同型なの だが、バルサほど尖鋭化していない。相手にボールを保持されても、ある程度は守れる。カウンター アタックに関しては世界トップクラスのスピードと個の能力がある。ポゼッションはバルサほどではなく、堅守でアトレティコに劣り、カウンターではリヴァプールが上かもしれず、ハイプレスの威力 も世界一とはいえないだろう。しかし、それぞれの分野で世界二番目くらいの実力がある。つまり、 戦術的に特化した相手に対して常に優位に立つことができる。
強力なチームほどプレースタイルを尖鋭化させている。その分、不得意な戦い方もあるわけで、全方位型のレアルは相手が負けやすい流れに持っていくことができる。だから一発勝負に強い。じゃんけんでグー、チョキ、パーをとりあえず全部出せるのに似ていて、ある意味ズルい戦い方ができる分、優位なのだ。
ただし、レアルのプレースタイルは詰め切られておらず、いつもどこか「ぼんやり」しているので、 長期のリーグ戦になると好不調の波が若干出てくる。混乱した時は戻るべき場所を見出せず迷走することもある。理詰めのバルサのように敗因が明確にわかるわけではなく、従って的確な修正もないまま何となく調子が出ないということになりがちだ。レアルはリーガ・エスパニョーラでも最多優勝を誇るクラブではあるが、長期戦の安定感という点ではライバルのバルセロナに一歩譲るところがあるわけだ。
その代わり一発勝負の集中力は素晴らしい。不可能を可能にしてしまう強引な勝ち方ができる。理詰めのバルセロナにはそれがない。バルサの中心選手だったチャヴィは「レアルは理由なく勝つ」と言っているが、レアルやマンチェスター・ユナイテッドなど一部のチャンピオンチームは不思議とそういう勝ち方ができるものだ。
勝ち癖なのか、それとも単に諦めが悪いのか、最初から勝つものと決めてかかっている傲慢さなのか。ともあれ、レアルは時に理由なく勝ち、いまだに理由もわからず勝ち続けている。
PHILOSPHY
【21世紀のクラブ】
2001以降もCL制覇5回と20世紀同様に強い
【矛と盾の強制交換】
「矛」と「盾」どちらのスタイルにも対応できる
続きは『フットボールクラブ哲学図鑑』からご覧ください。
【商品名】『フットボールクラブ哲学図鑑』
【発行】株式会社カンゼン
2020年7月13日発売
本書では歴史の古いヨーロッパのフットボールクラブを「常勝」「“ザ哲学”」「港町」「ライバル」「成金」「小さな街の大きな」「名将」の7つのカテゴリーに分け、 それぞれのフィロソフィーがどうなっているのか見てみようと試みた。
例えばマンチェスター・ユナイテッドは「ミュンヘンの悲劇」によって、 「何があっても前進する」精神性を身に付けている。
レアル・マドリーはアルフレッド・ディ・ステファノの補強が大成功し、 「計画できないところは選手が補ってくれる」ことを現在も具現化している。
バルセロナはまさに哲学と呼ぶに相応しいものを持っているが、 負ける時は負けるべしくて負け、ユナイテッド、レアルのように奇跡を起こすことがあまりない……。
それぞれのクラブにはやはりDNA(遺伝子)があり、“香り”がある。
ヨーロッパの厳選20クラブの哲学を知れば、現在のフットボールシーンをより楽しむことができるはずだ。
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