力任せに蹴ってもボールは飛ばない。ケガをしにくい身体の使い方とは?
2019年06月09日
フィジカル/メディカル強いボールを蹴るとき、脚を力いっぱい振っていませんか? しかし、脚を力任せに振る蹴り方は、大きな力がボールに伝わらないばかりか、怪我にもつながってしまうようです。今回は、理学療法士でスポーツトレーナーの樋口敦氏に、正しい身体の使い方と、そのメカニズムを聞きました。
『10代のための新しいトレーニング ヒグトレ 背中を柔らかく鍛えるとサッカーはうまくなる』より一部転載
著●樋口敦 構成●中村僚 イラスト●中山けーしょー
「背骨」のしなりが大きなパワーを生む
突然ですが、サッカーは身体のどの部分を使ってプレーするものだと思いますか? 多くの人は「足」と答えると思います。確かにサッカーは足でボールを扱い、ゴールを奪い合うスポーツです。ゴールキーパーは例外として、手を使うのはスローインの時くらいでしょう。
では、ドリブルやキックのパワーは、どこから生まれているのでしょうか? 足ではありません。
足は人の身体の「末端」に位置する部位で、身体の中心から離れた端にあります。もちろん、ふくらはぎなどの筋肉から生まれるパワーもありますが、身体の中心で作られる力に比べると大きくありません。
それだけでなく、末端だけに頼った力の使い方は、肉離れや関節の炎症など、怪我をしやすい身体になってしまう可能性もあります。
人間の身体でもっとも大きなパワーを生むのは、背骨です。解剖学では「脊柱」と呼ばれ、24もの骨が連結されて、ひとつの大きな骨を形成しています。いくつもの骨が連結しているということは、大きく曲げる、反る、丸める、伸ばす、といった動かし方ができるため、その反動で大きなパワーを生むことができるのです。
わかりやすいのは、チーターの動きでしょう。最高速度120km/hで走るとも言われているチーターは、身体を大きく丸めたり、伸ばしたりしながら走ります。その繰り返しがものすごいスピードを生んでいるのです。
また、魚も同じです。身体の中央にもっとも太く長い背骨が通っており、背骨をしならせて身体を左右に動かして、水中を移動していきます。マグロが泳いでいる動画を見るとわかりやすいでしょう。
人間も彼らと同じように、背骨を大きくしならせて、大きな力を生み出すことで、速く柔軟で強い動きができるだけでなく、怪我をしにくい身体にすることができます。
パワーを伝えるのは股関節と肩甲骨
脊柱のしなりが生み出した大きな力を、手足などの末端へ伝える役割を果たすのが、股関節と肩甲骨です。このふたつをどれくらい大きく動かせるか、つまり可動域をどれだけ広げられるかによって、力の伝わり方が変わっていきます。
振り子をイメージするとわかりやすいでしょう。振り幅が大きければ大きいほど、先端につけた球のスピードは速くなり、ぶつかったときの衝撃も大きくなります。振り子の球が手足などの末端、支点を肩甲骨や股関節に置き換えると、肩甲骨と股関節の可動域が広いほど、末端に伝わる力が大きくなる、ということです。肩甲骨と股関節の可動域がいかに大切なのかがわかると思います。
この可動域を広げるのは、年齢が低いほど易やさしく、高いほど難しくなります。加齢によって身についた生活習慣や運動の癖くせで、骨や筋肉が形成され、それを再びほぐすのは時間がかかるからです。
可動域を広げる運動は、子どものころから負担のない範囲で取り組んだ方がよいでしょう。とはいえ、成人してからでは意味がない、という極端なものではありません。例えば毎日PCの前に座って事務作業をする人でも、本書の運動を行うことで肩甲骨の可動域が広がり、肩こりが改善されることもあります。
股関節の運動方向は、前に折れ曲がる屈曲、後ろに伸ばす伸展、外に開く外転、内にたたむ内転、外側に回す外旋、内側に回す内旋の6方向があります。
例えばキックなら、後ろに大きく伸展した後、前に蹴り出して屈曲し、その過程でボールを蹴ります。走っている途中で急激なターンをする場合には、内旋や外旋が必要です。
これらの動きができるようになるトレーニングを、育成年代の早い段階から積むことで、大きなパワーを生むだけでなく、怪我をしにくい身体を作ることにもなるのです。
どの順番でトレーニングすればいいか
サッカーにおけるフィジカルトレーニングには、取り組むべき順番と段階があります。それがこの2つのピラミッドの図です。
上の図のように、まずサッカーという競技に特化したトレーニングをする前に、「基礎体力」を身につける必要があります。歩く、走る、跳とぶなどの、人間の基本的な運動能力です。それらの運動ができるようになると、キックやドリブルなどのサッカーに特化した「スポーツ技術」の幅が広がります。
また、「スポーツ技術」は競技特有の戦術にも影響されるので、「基礎体力」と並行して行うのがよいでしょう。
下の図のように、「基礎体力」は、さらに細かいピラミッドに分けることができます。「モビリティ(可動性)」、「スタビリティ(安定性)」、「ムーブメント(連動性)」の3つが土台として並び、その上に「パフォーマンス」、さらにその上に「スキル」が乗ります。股関節や肩甲骨の可動域を広げることは、「モビリティ」にあたります。
本書で行うトレーニングは「モビリティ」、「スタビリティ」、「ムーブメント」の向上を目的としたものです。つまり、土台の土台である多様な動きを身につけ、その上に乗るスポーツ技術や戦術能力をより大きくするためのものです。
土台がもろければ、その上にどんな高級な材質で家を建てたとしても、少しの地震で崩れてしまいます。同じように、優れたスポーツ技術や戦術を習得するためには、基礎体力のトレーニングが欠かせない、というわけです。
<プロフィール>
樋口 敦(ひぐち あつし)
1983年6月13日生まれ、岡山県出身。理学療法士、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー。大学卒業後、千葉県、神奈川県のスポーツ整形外科に勤務。スポーツ選手を中心に20,000人以上のリハビリを行う。2011年、ファジアーノ岡山(当時J2)の理学療法士に就任。プロサッカー選手のリハビリ、コンディショニング、トレーニングを2年間担当。現在はJリーガーやアマチュア選手のパーソナルトレーナーを務める。ツイッター:@1983physio
【書名】10代のための新しいトレーニング ヒグトレ 背中を柔らかく鍛えるとサッカーはうまくなる
【発行】株式会社カンゼン
【発売】2019年6月13日
【判型】A5版・160P
【価格】1700円(税別)
サッカーは足を使うスポーツですが、足の力だけでは、力強いボールを蹴ることはできません。脊柱(背骨)のしなりが生んだパワーを肩甲骨と股関節を介して腕や脚に伝えます。
そのためには、モビリティ(可動性)、スタビリティ(安定性)、ムーブメント(協調性)を高める必要があります。脊柱、肩甲骨、股関節のモビリティ、スタビリティ、ムーブメントを高め、怪我をしにくく、力強い動きを手に入れるための理論とトレーニング方法を紹介します。
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